異世界大河ドラマ《うつけが盗む》 ~うつけモノと呼ばれた王子様は、夜な夜な義賊をやりながら、民主主義革命の同志を探していた~

秋山機竜

オルトラン王国時代

リネシス幼少期~少年期 冒険と戦争 彼が民主主義革命を志すようになった理由

プロローグ1 うつけモノは、パンツ一丁で、首都を徘徊していた

 リネシス・ヴェイバル・オルトラン。十歳。王位継承権・第三位。


 俗っぽい言葉で言い表せば、オルトラン王国の王子様である。


 王子様だけあって、非凡な見た目であった。


 滝のように艶やかな銀髪。遠くの風景を見通すような赤い瞳。自信の中に迷いをふくんだ輪郭。ぼーっとした口元。


 統合的にいえば、狩りの得意な猛禽類と、睡眠が趣味のクマを混ぜ合わせたような男児だった。


 そんなリネシスには、二人の兄がいて、どちらも優秀だった。


 国内の定番の話題が『長男と次男、どちらが王位を継ぐのか?』になるぐらい、二人の兄は期待されていた。


 だが三男であるリネシスは、いっさい期待されていなかった。国内のあらゆる人間が、リネシスが王位を継ぐなんて絶対にありえないと思っていた。


 リネシス自身だって、王位に興味はなかった。 


 だから、剣術や魔法の修行をサボっては、あらゆる本を読んでいた。


 貧民街で読んでいることもあるし、パン屋の前で読んでいることもあるし、馬小屋で読んでいることもあった。


 わざわざ城の外で本を読むのは、好きな本を読めるからだ。


 もし城内で本を読もうとすれば、家臣たちが自分の趣味を押しつけてくる。


『王子様、その本は低俗だから、こちらの本を読みましょう』


 うるさい、読書の邪魔だ、とリネシスは反発。城を抜け出すと、首都のあちこちで本を読んだ。


 リネシスは、心の底から読書が好きだった。だから将来の夢は、小説家だった。


 だが王族に生まれてしまったばかりに、公の責任が生じてくる。


 首都の人々は、いつもリネシスの悪口をいっていた。


「またリネシス王子が、パンツ一丁で馬に乗ってる」「やだねぇ、なんでパンツ一丁で動き回るんだろ」「だから《うつけもの》なんて呼ばれるんだ」


 そう、リネシスは、パンツ一丁で、馬に乗っていた。


 しかも王族用の派手な馬だから、パンツ一丁という奇怪な見た目が際立っていた。


 だが、リネシスは露出狂ではないし、また悪ふざけをしているわけでもない。


 貧民街の人々に、生活物資を支給するために、王族用の高価な服と装飾品を売り払っただけだ。


 しかし首都の人々は、リネシスに期待していないから、真意を確かめようとしなかった。


 リネシス自身も、首都の人々に期待されないほうが、自由に歩けることを知っているから、あえて真意を説明しなかった。


 ● ● ● ● ● ●


 リネシスが、いつから貧民街に生活物資を補給するようになったかというと、半年前からだった。


 貧民街に智者がいた。彼から学問を学ぼうとしたら、その対価に貧民街への施しを求められたわけだ。


 だからリネシスは、洋服と装飾品を売り払って、パンツ一丁になり、貧民街に通い詰めた。


「学長。ケルサ学長。今日もきたぞ」


 リネシスが呼びかけたら、粗末な掘っ立て小屋から、初老の男性が出てきた。


 いかにも好々爺という感じのご老人だ。しかし、皮膚の内側から魔力の風が漏れてくることから、熟達した魔法使いだとわかる。


「リネシス王子。わたくしは、学長をクビになったと、何度も教えたではありませんか」


 ケルサ元学長。かつて魔法大学で学長をやっていた。だが、とある書籍を執筆したことにより、王様を激怒させてしまい、貧民街に追放された。


 普通の市民であれば、王様の怒りに巻き込まれることを恐れて、ケルサ元学長に近づこうとしないだろう。


 だが、リネシスは、うつけものだった。


「俺にとっては、あなたが学長だ。今の学長は、父上の言いなりになるばかりで、まったくおもしろくない」


 リネシスは馬から降りると、掘っ立て小屋に入って、やけに難しい本を読んだ。


 題名は[民主主義という新しい政治形態]、著者はケルサ元学長だった。


 本の内容は、明らかに王制と反するものである。


 だから王様は激怒して、ケルサ元学長を魔法大学から追放すると、この本を発禁処分にした。


 もしこの本を所有していたら、それだけで逮捕されるだろう。


 だがリネシスは、普通に持ち歩いていたし、普通に読んでいた。


 良くも悪くも、彼は恐れることを知らなかった。


 そんなうつけものの将来を、ケルサ元学長は心配していた。


「リネシス王子。たしかに、学問を教える対価として、貧民街への施しを求めたのは、わたくしです。しかし、服を着ましょう。王族には威厳が必要なのですから」


 リネシスは、発禁処分された本を読みながら、つまらなさそうに答えた。


「威厳? 自分より立場の弱い相手を、へこへこさせる力のことだろう。まったく下品な概念だ。どうしても誰かをへこへこさせたいなら、実力のみで圧倒できなければ、意味がない」


「王子は、まだ幼いから、極端なことばかりいうのです。もっと大人になったら、この年老いた魔法使いのいうこともわかるようになります」


「ならば、わら束の服を着るか。学長と同じ服だから、さぞ賢くなれるに違いない」


 リネシスは、わら束で編んだ服を着た。


 そこらの貧民と同じ服であった。


 だがリネシスは、まったく気にしていなかった。どうせ服なんて保温のために使う布だと思っているからだ。


 この手の思考方法は、リネシスの生き様と知性をあらわしていた。


 まだ科学が発展していない中世時代に、十歳の子供が、洋服の保温性を理解しているからだ。


 そう、リネシスには、学問の才能があった。


 だが、表立った行動が、あまりにも突拍子ないから、せっかくの才能に誰も気づいていなかった。


 いや、正確には、少々違う。リネシスの才能に、誰も気づいていなかったのは、つい最近までの話だ。


 いまこのとき、ケルサ元学長という追放された智者が、リネシスという輝かしい未来の可能性に気づいていた。


「リネシス王子。あなたは、賢さを突き詰めたいのですかな?」


 ケルサ元学長が優しくたずねれば、リネシスは楽しそうに答えた。


「そうだな。もっともっと賢くなりたいな。この本を書いたケルサ学長のように」


 危うい発言であった。ケルサ元学長は、民主主義という新しい政治形態を生み出したからこそ、魔法大学を追放された。


 そんな相手のように賢くなりたいというのは、父親である王様に対する反逆であった。


「王子。あなたも、王族なのですよ」


 ケルサ元学長による、遠回しに諫める言葉であった。


 だがリネシスは、けろっと本音を言ってしまう。


「たとえ俺が王族であっても、王制よりも、民主制のほうが、優れてると思うぞ」


 ついに王制を否定してしまった。もし一般人が、公の場でこの発言をしたら、王族批判の罪で逮捕されるだろう。


 もちろんリネシスは王位継承者だから、王族批判の罪とは遠いわけだが、それでも危険思想の持ち主であることには違いない。


 ケルサ元学長は、リネシスの身を案じて、こんなアドバイスをした。


「王子。あなたには、たくさんの知識があります。しかし、それを実生活で役立てるためには、肉体を伴った経験が必要なのです。だから、国内だけではなく、世界中を冒険しましょう」


 うかつな発言によって、立場を危うくする前に、リネシスの成長をうながすことにしたわけだ。


 リネシスも、このあたりの事情を、なんとなく察した。


「だが、どうやって自由の身になればいい? いくら俺がうつけものだったとしても、王族が首都を出るためには、特別な許可が必要だぞ」


「放蕩三昧を繰り返して、人々の信用を失えばいいのです。そうすれば、民衆だけではなく、王様や兄上たちも、あなたが旅行先で野垂れ死んでも構わないと思うようになる」


「なるほど。王位継承権第三位など、どこで死んでも構わないと思われるようになれば、旅行による道楽と見せかけて、冒険できるわけか。さすが学長だ、賢いな」


「決まりですね。では冒険に備えて、剣術と魔法を習得しましょう。魔法はわたくしが教えられます。剣術はゴルゾバ公爵に頼みましょう。彼なら、影でこそこそ教えるのだって得意ですから」


 こうしてリネシスは、放蕩三昧のうつけものを演じつつ、影でこそこそ剣術と魔法の修行を始めた。


 ずっと本ばかり読んでいたナマクラにとって、剣術と魔法の修行は、本当に大変だった。


 だがリネシスは、へこたれなかった。


 冒険の旅が、楽しみだったからだ。


 聖ハリマニ歴1866年。嵐の夜。わずか十歳のリネシスが、オルトラン王国における最重要人物になった日である。


 後世の歴史書によれば『この日から、オルトランは激動の時代を迎えることになった』と記されていた。

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