第2話 裏切りの応報
その音と同時に、俺はチョキを出した。
「⁉……」
会場内を静寂が支配する。
俺は目の前の光景に、言葉にならない驚嘆をしていた。
チョキと…………グー。
俺の…負け……?
青年は、右手を前に出し、顔を驚愕に染めながら、呆然と立っていた。
目の前の光景が信じられない、いや、信じたくないとでも言いたげな表情を浮かべている。
「ど、どうして…グーを……」
眼を見開きながらその答えに縋るように母親に聞く。
すると彼女は
「ごめんね……分かっちゃったんだ。君のウソ」
言いずらそうに言った。
「……」
青年は無言で続きを求める。
それを読み取り、彼女は口を開いた。
「いろいろおかしな所はあったんだけどね……あなたの傍聴者が誰も来てないところとか——君の身に色々あったんだろうってのは私も同じような立場だからわかるけど——親御さんとか一人も来ないのは流石におかしいかなって……あと」
苦しそうにそういい終えた後、彼女は見るものを安心させるような笑みを浮かべた。不安を包み込むような、偉大なる母親のような笑み。
「私、カウンセラーやってたのよ……このゲームで残り続けるまではなんだけど。だから分かったのよ。あなたの寄り添うような笑みが、家族を心配してくれた言葉が、最後直前に私に向かっていった事が全部偽りだってことが……偽りの笑みは本物と違って目元が笑ってないのよ」
歯切れ悪そうに、そして申し訳なさそうに彼女はそう言った。
「でも……あなたが優しい人だっていうのは伝わってきた。あなたがどんな気持ちでこんな事をしたのか。最初の深呼吸はじゃんけんに対してじゃなくて、『騙す』ことに対してのものだったんでしょ」
「……」
「あなたの相手をしたくなかったわ……この場に居たくなかった」
青年はそこに目印があるかのように虚空を、ただ一点を見つめている。
彼女は、そこから何の感情の起伏も読み取れなかった。
「ごめんなさいね……」
消えそうなほどの音量だが、そこに入りきらないほど膨大な悲しみが入っていた呟きだった。
カーン カーン カーン
鐘の音が会場内に鳴り響く。
すると鎧の男は青年の方へ向かって歩き出した。青年も決して体躯が小さいわけではないのだが、鎧の男が隣に並ぶと、小柄に見えた。
青年はなお無表情のまま、機械のように何も感じていない瞳で、何処かを見つめている。
『敗者 夏目
スピーカーから機械音が鳴ると、鎧の男が消沈している青年の首にロープをまいた。
そして巻き終わると、ロープを引き、鎧の男はこの会場の
青年も特に抵抗の様子を見せず、意思もなく鎧の男の後ろに続く。
眼に光はなく、足元もおぼつかない。生きた屍のような若者。
母親はその様子に顔を背ける。そして「ごめんなさい…ごめんなさい…」と、ぶつぶつとお経を唱えるように呟いている。
会場の隅にいる父親は抱えていた子供の顔を自分のほうに向けて、青年から目を離すようにする。
重苦しい、息もしづらい様な空気が会場を跋扈する中、扉の閉まる「がたん」という音が妙に耳にへばり付いた。
変わらない敗北が確かにそこにあった。
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