第8話 落語って面白いよね?全て人に平等なところが



 この行軍こうぐんは正解だったのだろうか?

昼間ほどの暑さは無いが風が酷い、巻き上がった砂が風で叩き突く。

まるでサンドブラストでみがかれてるみたいだ。

足元の具合は砂山よりはマシだが踏み込む為に、

体を前に倒さなければ進めない、体よりも気が滅入る。

ミシンさんは両腕で顔を隠し腕の隙間から先を見ている。

足運びは俺と変わらない歩調ほちょうだが、

体重差だろうか風に巻き上げられそうだ。


 出発しておよそ、三時間が経った所で周囲が明るくなってきた。

彼の世こっちでの初日の出だが、砂塵さじんでよく見えない。


 二度の休憩を挟んだが二度目の休憩でカヨウの実が尽きた。

二時間ほど進み大きな|岩が何本も突き出た場所に出た。

まるで水平線を守る壁のような存在感。

空からそこに落としたかのようにずらりと行く手をはばんでいる。

この強風はあの岩の集まりから流れてきてるようだ。

ミシンさんがその岩の方を指差し、俺に一度うなずいた。

あそこに向かうって事か?風けになりそうだし、

太陽との方角さえ合えば日除けにも使えそうだな。

岩の下まで辿たどり着き、その巨大さに恐れを感じた。

見上げると岩の天辺てっぺんが分からない、ゆうに十階建てのビル程ありそうだ。

もしこの岩がこちら側へ倒れてきたら、、そう考えるとゾクっとした。

岩を背に風をしのぐかと思ったがミシンさんは口元のスカーフを下げ。


「岩の間を抜けて、向こう側に行く!

 キンは私の腰をつかんで付いてきて!」


 ゴゥっと吹き荒れる風で彼女の声が消え入りそうだ、

それをき消されないよう必死に伝えてきた。

岩壁を抜ける風は狭い川を濁流だくりゅうが流れるかの様で、

身を預けているその岩さえけずり取りそうな荒れ方だ。

スカーフを直し進もうとするミシンさんの目を捉え、

指で"L"字を作り二回ひねって見せた。

あきれた眼差しだが理解してくれたようだ。

俺の方が重いし壁役ぐらいには成れるだろう。


 すんなりとはいかないが岩壁の間を一歩また一歩と進む。

上半身が水平になってはいるが風をけるには合ってるだろう。

ミシンさんは腰を掴むというよりは腕で巻き着いている。

役得やくとくかと感じたがそんな余裕よゆうが無い。

岩壁の間を進んだ中程なかほどだろうか巻き付いた腕が、

右に行けと言わんばかりに腰にを掛けてきた。

さらに姿勢を低くし指示に従い右手で岩をつかんだ。


 一瞬前に影ができ何かが左を通った?

植物の枝か? 巨大な木か? 横を吹き飛んで行く。

左の岩壁に激しく衝突しその勢いのまま後方へ過ぎていった。

それを最後まで見る余裕がない早く次の一歩を進まないと、

次にあんな物がここに飛んで来たら一溜ひとたまりもない。

膝を上げ爪先で地面を蹴って足を前に出せ。

ようやく岩壁を抜けた瞬間。


 ピタッと風がんだ、、、音がしない静かすぎて耳鳴りがする。

今しがた岩壁の間だったがここはいでいる。

あの風の脅威きょういはまだ続くと思い気合を入れたところだったが、

拍子ひょうし抜けした、が今はやり切った感がある。

ミシンさんは俺の腰から離れない。


「ミシンさん、ミシンさん? 抜けましたよ」


 反応が無い、思った以上に強く抱き付いてる。

このままだと座る事も出来ないし進むか?と

足を進めようとしたが、グッと後ろに引かれた。


「、待って、、アレ、見た?」


背中に張り付いたミシンさんは震えている。


「アレって? 風でぜんぜん見えなかったから、、」


 そう言うとミシンさんの腕がスルっとほどけた。

腕は緩んだがベルトのバックルを両手で握っている。

そして頭だけは背中から離れない、らしくない。


「左を何か通って行ったでしょ?」


背中しの話しに振り向こうとしたが


「アレ、、、たぶん化け物、、」


 耳の後ろから腰までを氷塊ひょうかいが流れたように寒気さむけを感じた。

岩壁を左手に進んでいたらと思うと生きた心地ここちがしない。

巨木か枝のかたまりみたいだったが、アレが化け物なのか?。


「人がからんでた、というか人をくわえてた、、、たぶん私と同じ種族、

 でも、、もう生きた目してなかった、、」


「助けよう、、まだ、まだ助かるかも、」


ミシンさんは両手で腰を掴み直し、後ろは振り向かせない。


「ダメ、あの風の勢い、、追い付かない

 それに風のせいで、アレは戻れない、、」


体を前に押された、、、後戻りは無しか、


「聖者って、なにか出来ないかな、、」


背中にひたいをコツンと一度当て、俺と接地点アースし無くなった。


「行こっか、、」


俺を追い抜いた横顔はけわしかった。


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 俺たちはしばらく無言だった、ピリピリしていたと思う。

岩壁の先は穏やかな砂丘さきゅうが続いていたが視界が悪い。

点在てんざいする数メートル級の岩影から化け物アレが出てくる想像をしてしまう。

先行するミシンさんの回数がより多くなっていた。

軍隊の斥候任務せっこうにんむみたいで、もうプレーリードッグの可愛さはなかった。

"何かあれば腕輪で呼んで"とそれ以上は言わなかった。

30分で戻るを繰り返しているが、俺よりミシンさんの体力の方が心配だ。


 ミシンさんがいないと考えてしまう。

あんな化け物どうやって倒すんだ。

枝に植物に思考しこうがあるのか?それとも植物をまとった何かなのか、、

人を、生き物を捕食ほしょくしてるって事か?

それは植物としての形態すがたから逸脱いつだつしてないか?

食虫しょくちゅう植物しょくぶつは罠でえさとなる生き物を捕獲するが、、人は餌なのか、

化け物はこの世界の脅威きょういで異世界の理不尽りふじんさを感じた。


三度目になるだろうか、ミシンさんが戻ってきた。


「ここから15分ぐらいのところに村が見える、

 もう少しで休めるから」


表情が少し明るくなっていた。


「りょーかい! 頑張るよ!」


 明るい時は、明るく返さないとな。

ここから先行はせずに、村まで同じペースで行くらしい。

二人だけどたのもしい。


 でもお約束ってのは、どこかに必ずある。

村の入り口付近で道をふさがれた、あの枝に。

もうそこに水があるかも知れないのに、助かるかも知れないのに。

ミシンさんは構えた、獲物えものを狩るイタチみたいだ。

態勢を低くして耳はいつもに増して尖っている。

しかし俺たちには武器が無い、何か無いかと思ったが。

例の消臭剤はカヨウの実を持ち歩くのが手一杯ていっぱいで、

あの場所に置いてきた、あれ自体に攻撃性はないが。

ズボンに通しているベルトは? と思ったが、

それはかなり近づかないとダメだ。


 枝がうねった、なんとなく形が分かる。

アレだワームだ、デカいミミズみたいな形をしている。

差し詰め"ブランチ branch・枝ワームworm・ミミズ"って感じか。

体長もかなり大きい、電車二両よりも長いんじゃないか?

それが枝の集合体で形成されていた。

よく見ると乾燥かんそうしてしなやかさは無さそうに見え、

動く度に木の粉が舞い上がっている。

こいつ動植物どうしょくぶつだ、意味が違うが動物と植物ハイブリッドだ。

ブランチワームは鎌首かまくびをもたげ、こっちに気づいた、、!?


汝等なむぢら!! とみに逃げよ! 引きやられるぞ!!」

-お前ら!! 急いで逃げろ! まともに食らうぞ!!-


 村の方から男の叫び声がした、ミシンさんと顔を合わせると

右の方にある少し大きな岩へ走った。


 俺たちが数メートル走った所で、シュッヒュンッ! と風を切る音が聞こえ、

村と化け物の間に白いひものような光がつながった。

同時に俺たちの後ろで光線がむちのように暴れはじめた。

光がまぶしく直視できない、あたりには木の焦げる匂い。

白い光は幾度いくどとなく化け物を叩き続けている。

その勢いは地面ごとえぐるように強く鋭く、

化け物の体を何等分かにいていった。

そのうちバチバチッと火が回り炎が化け物全体をおおいいつくした、

化け物はたましいを抜かれたように動きを止める。

その様子を隠れた岩から垣間かいま見ていた。


われくばゆゑ ちかづきそ!」

―俺が行くまで近づくなよ!―


 先ほどの男の声だ、得体えたいの知れない化け物なんだ、

まかり間違ってもそんなことはしない。

往生際おうじょうぎわが悪くて襲ってくるかも知れない、、

、そういや言葉が分かる? 少し理解できる? が時代劇みたいだ。

敵意てきいしめさないため、なんとなく両手を挙げてしまったが

このジェスチャーに意味あるのか?


 俺よりも頭一つ分は大きい男が、村の方から近づいてきた。

年の頃は30代半ばぐらい、外国人の様なりの深い端正たんせいな顔立ち。

いや説明はそこじゃないな、、やっぱり耳が尖っている。

がっちりと言うほどの体躯たいくではないが、引き締まった体をしている。

世が世<斯の地>なら俳優になれそうな風体ふうていだ。


汝等なむぢら、このの者ではあららぬな?

 ようせずは防人奴さきもりめかへりこしかと、思ひけれど、」

―お前ら、ここら辺のもんじゃないな?

 もしかしたら尖兵せんぺいが帰って来たかと、思ったんだが、―


 しかし話し方が古いな、ちょっと理解しがたい。

俺の言葉は通用するだろうか? 現代語? で話せるか?

そう思った俺よりも先にミシンさんが口を開いた。


「助けて頂いて感謝します、我々は風の吹き荒れる砂漠から来ました

 その防人の方はおそらく、化け物によって命を落とされた

 風のとても強い石壁の辺りで、化け物と一緒に亡骸なきがらを見ました」


 ムゥと言った感じだろうか?

片耳を横に引っ張るような仕草を見せ村の方へ歩き出した。

背中越し空に向けた人差し指をクィっと曲げ

着いて来いとばかりの手振りをした。

ミシンさんはこの男を警戒をしているようだが、その後ろを着いていく。

俺も素直にしたがう、ここもまだ安心できないし。


 化け物の死骸しがいはパチパチと焼け焦げ、ガソリンをかけられた

大きな焚火の後にしか、もう見えなかった。


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