08話.[覚悟しなさいよ]
学校が始まった。
今年から、この1月からあのふたりには甘えないと決めた。
そうしたら誰もいてくれないことになるけど、家に帰れば大切な姉と両親がいてくれるのだからいい。
というか、会おうと思えば姉には学校内で会えるのだからそう難しく考えなくてもいいだろうと片付けられる。
いつも通り、始業式とHRを終え学校から帰る――ということはせずに教室にいた。
自分の席に座って本を読んでいく。
ただそれだけでなんだか幸せだった。
「深雨、帰らないの?」
「珍しいね、お姉ちゃんが来るなんて」
「まあね、ほら、あんたにとって友達は由乃と縞のふたりだけだったからさ、あたしがいてあげないと寂しいかなって」
「うん、ありがと」
姉は私の前の席に座って天井を見上げていた。
一緒にいてくれるみたいだから読書はやめてそんな姉を見ていた。
あの女の人に余計なことを言ってしまったこと、それをいまも後悔している。
好きな人がいるんだ、あんなことを言われても困るだけだろうに。
でも、気になったんだ、彼女がいると知ってどうしてあそこまで知ろうとしたのか。
私にはわざとそういう風に言って試したように思えた。
「あんたさ、初詣のときにあの子になんか言ったんでしょ」
「やたらと彼女がいることに引っかかっていたみたいだったから好きな子がいるというのが嘘ならもっと素直になった方がいいですよって偉そうに言っちゃったんだ。私にはあの人がお姉ちゃんのことを気にしているようにしか思えなかった、でも、いまは凄く反省しているよ」
間違いなく余計なことをするなって怒られる。
だから本を読んでいるふりをして耐えようとしたら頭を撫でられた。
「ありがと」
「……怒らないの?」
「怒らないわよ。それどころかひとりで帰らせることになってあたしが反省しているんだから、ごめん」
「いいよ、家まで離れていなかったんだし」
「はぁ、怒りなさいよ……、家族である姉にさえ遠慮してどうすんの」
多分、この様子だと違かったのかもしれない。
姉は上手くいかなかったのかもしれない。
だから意味はあるのかは分からないけど、
「な、なによ……」
「お姉ちゃんがいてくれて良かった」
頭を撫でさせてもらった。
こんなことをしたら普段なら絶対に怒っているところ。
なのに今日はとにかく違かった、……私のせいでより傷つけてしまった。
「……帰るわよ」
「うん……」
基本的になんだかんだ前に進めるようになっている人生。
それでもこういうことに関しては上手くいくようにはなってくれていない。
当たり前だと言われてしまうかもしれないけど、自分で頑張らないとどうにもならないのだ。
そして、頑張ったところで願いが叶う可能性はほとんどない、ということになる。
0ではないからと頑張ろうと行動できる人たちは格好いい。
「お母さんはいないみたいね」
「お買い物かも」
「それならご飯は後でいいか」
姉はソファに座ってまた同じように上を見ていた。
あのときから増えたこの行為、ぼけーっとすることで逃避しているのかもしれない。
それなら邪魔しても悪いからと部屋に行って着替えてくることにした。
今日は1度もあのふたりが話しかけてこなかった。
縞がなにかを言ったのだろう、それかもしくはそれを聞いて由乃が縞を止めたのか。
どっちにしろ申し訳無さしかなかったからこれでいいのかもしれない。
「ふぅ」
姉がいればいい、両親がいてくれればいいだなんて考えたけど、欲張りな脳と心がどうしても望んでしまう。
「よっこいしょっと」
「なんかおばちゃんみたいだね」
「余計なお世話」
せっかく空気を読んだのに姉が来てしまった。
それだというのに制服を脱ごうとしないのが本調子ではない証明だろう。
「深雨、あんたは恋愛に興味あんの?」
「あるよ、でも、誰も求めてくれないけど」
成長していなくて、本ばかり読んで、愛想がなくて、可愛げもない人間だから仕方がないことだった。
由乃みたいな明るい子だったら縞とか他の子が求めてくれる。
別にそのことが嫌なわけではない。
が、最低でも身長は160センチぐらいにはなってほしかった。
すらりとしていて出るところは出ていて、美人で男の子も女の子も放っておかない感じ、とか……はありえないけど多少はマシになったかもしれない。
「じゃ、あたしで……どう?」
「え」
「ほ、ほらっ、あたしたちなら仮に付き合ったところで変化もあまりないじゃないっ? あとは……そう! これから相手に慣れる必要がないじゃないっ。だってあたしはあんたのこと大切に思っているし、あんただってあたしのこと……」
「あ……、お姉ちゃんは大切だよ」
「そ、そうよね、だから……いいかなって」
だからって、いいのだろうか?
好きな人と上手くいかなかったからって焦る必要はないのでは?
いや、私だって興味はある、これだって決めた人とずっと仲良くしていたい。
でも、姉はいま冷静ではないだけなんだ。
私なんかを求めなくても姉を求めてくれる人はいっぱいいるし、姉だってその人たちの中から好きな人を見つけられるはず。
「落ち着いて、私なんかじゃだめだよ」
「なんでよ、それとも……嫌なの?」
「嫌じゃないけどさ、私なんかよりももっと合う人が、ん……」
言う気がなくなってしまった。
姉は私から離し、離れると「あんたと違って色々な人間とこんなことはしないわ」と言った。
「……後悔しない?」
「しないわ、誰よりもあんたを大切にしてみせる」
「冷静じゃないだけなんじゃ……?」
「元々、あたしはクリスマスの時点で振られていたようなものよ、ま、告白すらできていないんだけどね」
受け入れたらもっと来てくれるかもしれない。
寂しさも感じなくて済むのかもしれない。
他の子を選んだときよりもリスクは低いかもしれない。
いや、そもそも私を求めてくれるような人はいてくれないから。
「……お姉ちゃんがいいなら、いいよ」
「うん、ありがと。でも、どうせなら名前で……呼びなさいよ」
「じゅ、純華って?」
「そ、そうよ、だってあんたはあたしの……か、彼女なんだから」
ほぼ強制だったようなものだけど、……まあいいか。
なにより元気じゃない姉なんてらしくないから。
いつもの声が大きくて元気であんまり由乃のことを言えない感じのお姉ちゃんが好き。
「いつもの元気なじゅ、純華に戻って」
「あーまあ、最近のあたしはらしくなかったわよね」
「うるさい感じなのが1番だから」
「はあ!? あんた覚悟しなさいよ!」
「え? あ――」
……めちゃくちゃくすぐられて物凄く疲労することになった。
が、その私よりもさらに疲労していた姉がいたから面白かった。
「学校でも行ってあげるから」
「うん、来てくれないとひとりだから」
「あいつらも無責任よね、散々キスをしておいて結局は他の子と、なんて」
「私が好きになっていたわけじゃないから構わないよ」
もしそうだったら多分、それこそ泣いてしまっていたと思う。
けど現実は違う、そうはならずにほとんどフラットな状態でいられた。
その点は色々なことに疎くて良かったのかもしれない。
好きになったところでどうにもならなかったんだから。
「あんたね、違う人間にさせるんじゃないわよ?」
「もうないよ」
「よし、ご飯を作って食べるわよっ」
「うん」
とにかく、学校生活を楽しむ努力をしようと決めた。
今年したいことはそれ、あまり大きなことはいらないから。
「よう」
「うん」
縞が来てくれても読書はやめない。
前みたいに気にする必要がなくなったからだ。
別に来なくて拗ねているとかではなくてと内で言い訳をしていたら本を取られてしまった。
適当に数ページめくって「よくこんな文字ぎっしりなの読めるな」と彼女が言う。
「意地悪がしたいの?」
「違う、純華から聞いたぞ、どうして言ってくれなかったんだ?」
「縞や由乃にとっては興味ないことだろうから」
私が誰とどうなろうがどうでもいいだろう。
そもそも来なかったくせに急に来てはこういうことを言うから嫌なんだ。
「酷いな、私たちは友達だろ?」
「……どうせ私のことなんかどうでもいい」
「あんまり行かないからか?」
うなずいたらこちらの頭を撫でつつ「深雨が望んでいたことだからな」と。
「でも、その様子だと行かない方が問題みたいだな」
「ゆ、由乃と仲良くしていればいいよっ」
「落ち着け、由乃ー」
ふたりといるのが嫌じゃない。
支えてもらったのは事実だから避けるつもりもない。
ただ、この自分の中にある複雑さをどうするか、ということ。
「やっほー」
「深雨がひとりで寂しいんだってさ、あと、純華と付き合い始めたんだってよ」
「ひとりで寂しいなら来てくれればいいの……え?」
「私たちが付き合い出したことで寂しかったんだろ、純華とキスもしただってよ」
あ、もう、余計なことまで言わなくてもいいのに。
由乃は変な顔のまま固まってしまったので、少しむかついていたところもあった自分はその頬を引っ張ってみた。
「いたたっ、なんか私に冷たくないっ?」
「由乃にはむかついたから」
「ごめんっ、だから許してぇ……」
縞にはできないのに由乃にはできるのは何故だろうか。
実は縞が好きだったとか? ……すぐに来てくれたりして嬉しかったけどさ。
まあ、もう考えても仕方がないことだから忘れておこう。
「由乃、縞、なにあたしの妹を苛めてんのよ」
「あ、純華さん! すっかり元気になりましたねっ」
「うん、まあね、深雨がいてくれたおかげよ。ま、そのせいで2回振られることになったんだけどさ」
なんであのときあんなに気にしてきたのだろうか。
どう考えても気になっているようにしか見えなかったのに。
あれか、恋愛物も読んだりするから思考がそういう風になっていたのかもしれない。
……申し訳ないことをしてしまった。
「振られただけマシだろ、焦れったい時間を過ごさなくて済んだんだから」
「そうね、確かにそれはその通りね」
「私の好きな人間なんて他の深雨と裏でキスをしていたからな」
「あはは、他の深雨ってなによ」
「実際、その通りだろ?」
そんなのは分からない。
由乃は他の子にも求めていたかもしれない。
だから見られてもうなずくことはできなかった。
「縞、ちゃんと由乃を管理しておきなさいよ」
「ああ、絶対にもうさせない」
「でも、深雨を見ているとうずうずするんだよね……」
「「うずうずすんな」」
大丈夫、もうあんなことはさせない。
お互いにとっていいことがなにもないから。
「でーも、変な遠慮はいらないからね? 私はいつでもウエルカムだよ?」
「……あれから由乃は来てくれなくなった」
「あー、それはだからいまのに繋がっているんだよ。縞は絶対に自由にさせてくれないからさ、私が優位な立場でいたいんだよね」
「そうなの? さすが、豊富な人は違うね」
「う゛、やっぱり……怒ってる?」
自分からするなんてできないからそう言ったまでのこと。
責めるつもりはなかった、それに自分が優位な立場でいたいというのは散々されたときに分かっていたことだから。
「だって由乃に自由にさせておくと止まらないからな」
「好きな人としたいんだから仕方がないじゃん」
「ま、そうだな」
今日は平和に終わったとほのぼのとした気分でいたら姉――純華に連れ出された。
「どうしたの?」
「あんたしていないでしょうね?」
「してないよ?」
「ならい――良くないわっ」
何故か物凄く強く抱きしめられてしまった。
意外と、独占欲が強いのかもしれない。
頑固な方ではあるから、他人に負けているというのが納得できないのだろう。
にしても、こうして抱きしめられていても周りの子は一切気にしないんだなと。
風紀委員の子はいないものの、もっと場所を考えるべきとか言われそうなのに。
「帰ったら……す、するから」
「いいよ? 純華がしたいなら」
「今度はあんたからしなさいよっ」
「え、無理」
「なんでよ!」
得手不得手があるのだ、自分からなんて恥ずかしくて無理。
あとは母に言おうと考えているのでそれの緊張でそこそこやばかった。
意識し始めたら終わりなのは恋と同じだけど。
姉はなんでなんでと大きな声で文句を言っていた。
うん、やっぱり姉はこれぐらい元気でうるさいぐらいが1番だ。
そして私がその元気でいられる理由のひとつになれていたのなら。
もしそうなら嬉しいなって、姉の頭を撫でつつそう思ったのだった。
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