07話.[そういうつもり]

「はぁ……」


 頬にかかった毛をどかしつつ彼女の顔を見ていた。

 本当に無垢な感じだ、こんな子に私も由乃もしていたなんてな。


「ふぅ、さっみ――ぎゃ!?」

「黙ってくれ、深雨を起こしたくない」

「んんっ」


 やって来た純華の口から両手を離して謝った。

 そりゃ真っ暗な部屋に戻ってきた際に座っている人間がいたら驚く。


「あんたいつ来たの?」

「深雨がひとりで帰っていたときに会った」

「あー、それはあたしが原因なのよ、友達と盛り上がっちゃったから」

「気をつけてくれよ、また危ない目に遭ってほしくないんだ」

「ふぅん、由乃の彼女のくせにやけに気にするじゃない」


 当たり前だ、私たちだって友達なんだから。

 そう言ったら「友達でもそこまで不安がるのはおかしいわ」と彼女にぶつけられてしまった。


「まあいいわ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 ……負担でしかないのだろうか。

 確かに深雨が気にしているように私は由乃の彼女だ。

 それなのにこうして深雨の家にいるのは単純に心配だから――なはずなんだが……。


「深雨の布団に入って寝なさい、新年早々風邪を引くことになるわよ」

「いや、私は由乃と……」

「だったら帰りなさい、説得力がないかもしれないけどあたしが見ておくから大丈夫よ。つか、あんたはなにがしたいわけ? 深雨はいつも言っているわ、ふたりだけで仲良くすればいいのにって」


 いや違う、寂しいって本人から聞いた。

 寂しいと直接は言っていなかったが、あれは寂しい――妬いているのと同じだ。

 私が深雨のせいだとか言ったからか。


「あんたがしているのは逆効果よ、それで由乃から深雨が怒られたらどうするの?」

「友達といたいと思うのは駄目なのかっ?」

「うるさいわよ、あんたが彼女を作っていなければそれでも良かったけどね」


 純華は「心配している人間が自分のせいであんまり傷つかないようにするのが友達でしょ」と口にして黙ってしまった。

 ……窮屈だ、どうして友達とすら一緒にいられないんだ。

 由乃からもまだなにか不満をぶつけられたわけでもない。

 勝手に深雨が恐れて遠慮しているだけじゃないかと文句を言いたくなったが我慢。


「縞、入って」

「い、いいのか?」

「私がお姉ちゃんの方に入れば問題もないでしょ」


 私がなにかを言う前に深雨は純華の方に行ってしまった。

 純華はなんだかんだ言いつつも受け入れて、それどころか寧ろ抱きしめていた。

 意地を張っても仕方がないから深雨の布団に入らせてもらう。

 これまで寝ていたのもあって暖かい、そして深雨の匂いがする。

 ……一緒でもいいじゃねえか。

 別に抱きしめたりキスをしたりするわけではないんだから。

 それなのにあんな逃げるようにして……。

 由乃と付き合っているからなのか?

 それなら逆に、由乃と別れたらこれまで通りでいてくれるのか?

 ……駄目だ、いまは寝ることだけに集中しよう。




「縞、起きて」


 朝からなんだか懐かしい気持ちになった。

 とはいえ、あの泊まってもらったのだって12月だったんだけどと内で呟きつつ体を起こす。

 ああ、深雨を見ているとなんか無性に、抱きしめたくなる。


「そろそろ帰らないと」


 だが、深雨はずっとこんな感じだ。

 先程まであった懐かしい気持ちから一転、最悪な気持ちに。

 むかついたから深雨のではなく気持ち良さそうな顔で寝ている純華を無理やり起こした。


「いったっ!? な、なによっ」

「起きろ、姉なんだから妹よりしゃっきりしろ」

「もうちょっと優しく起こしなさいよ……」


 内にあるものをなんとかして深雨以外の物、者で発散させたかったんだから仕方がない。

 3人で洗面所に移動したら、爆発している純華の髪を深雨が梳いてやっていた。

 姉妹だから当然とは言えるが、どうしてもその差を感じてしまい駄目になる。


「縞もやってほしいの?」

「やってほしい」

「いいよ、でも、ちょっとしゃがんでね」


 しゃがむのは疲れるから座らせてもらった。

 これなら深雨が床に膝をついたところで届かないということはない。


「あんた深雨に甘え過ぎじゃない?」

「……すぐに帰らせようとするから嫌なんだ」

「あたしでもそうするわよ、あんたが彼氏を作っていたのならしないけどね」


 自分が男みたいな感じだから異性には興味がない。

 と言うより、求められない、故に求めたところで意味もない。

 でも、意外と同性がアピールしてくれて、私はその中から由乃を選んだことになる。


「縞? 終わったよ?」

「……おう、ありがとな」


 ……確かに私は邪魔者か。

 深雨には私と由乃しかいないと分かっておきながら由乃と付き合い始めたんだから。


「帰る」

「うん、じゃあね」


 当然、引き止められることなんてなかった。

 私は歩きながら由乃を呼んであの公園に集まった。

 そのまま彼女が肩を叩いてくるまでキスをして。


「はぁ……、はぁ……、ど、どうしたの?」

「由乃は私の彼女だよな?」

「ふぅ、そ、そうだよ?」

「だからしたんだ」


 それ以上でもそれ以下でもない。

 私の彼女は由乃だ、友達と仲良くしたいために別れられるわけがないだろう。

 考えてみろ、どっちが大切かと言ったら由乃の方としか言えない。

 関わっている年数が違いすぎる、話にならないんだ。

 しかも深雨がそれを望んでいる、だったら叶えてやればいい。


「深雨となにかあったの?」

「泊まった」

「うん、それは連絡してくれたから知ってるよ?」

「でも、私が由乃と付き合っているからってすぐに帰らせようとしてきてさ」

「深雨は優しいんだね、結局自由にしていたことだって怒られたことないし」


 こっちもない。

 そんなことをして嬉しいのって目で見てくるだけだった。

 実は喋りたがりだったり寂しがり屋だったり甘えん坊だったりも知っているが。


「私を受け入れた縞も、怒らない深雨もおかしいよ」


 私たちが深雨にしたことは許されることじゃない。

 そのくせこれ、そういうのもあったのかもしれない。

 ただ、なにかをしたところで消えるわけではないし、同様の価値のある物を用意できるわけがない。

 だからって、なにもできないからって開き直ってなにもしないのは明らかにおかしい。


「私は由乃が好きだ、だからそんなこと言ってくれるなよ。由乃が深雨に近づくな、優しくするなって言うならもうしない、それぐらいの覚悟でいまはいるつもりだ」

「そんな極端なことをしなくていいよ、必ず私のところに帰ってきてくれればそれで」

「そうか」


 まあ、私にその気がなくても深雨はそういうつもりでいる。

 それほど虚しいことってないよな、そんな風に自分が悪いくせにあの子を悪者にしようとしている。

 だったら近づかない方がいいのかもしれない。

 なんて、弱い心が、脳が囁いてくるんだ。

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