05話.[まだ諦めないわ]
集中できない。
自分の唇をなぞってなにがいいのかを考える。
思わずしたくなるような魅力があるとは思えないけど。
「深雨、おはよ――なんでいまびくっとしたんだ?」
「お、おはよ、ちょっとトイレに――だめなの?」
「気になる、まずはいまびくっとした理由を教えてくれ」
逃げることはできなかった。
ある程度の力で腕を掴まれているのもあって余計に。
隠し通すことも不可能だからと昨日のことを吐くことにした。
「最後だったんじゃないのか? おかしなことじゃなかったのか?」
「……ごめん」
決して自分からしたわけではないのに申し訳なかった。
私がもっと強気な対応をしていれば由乃も重ねなくて済んだのだ。
「やっほー……お?」
「座れ」
「はい……」
そりゃこうなるに決まっている。
彼女は多分、いまから言うつもりだったんだろうけど、残念ながらもう手遅れだ。
「どういうことだ?」
「……深雨を見たらまたしたくなっちゃって」
「はぁ……」
昨日と理由が変わっているということもなくそのままだった。
求められて嬉しいという気持ちと、姉と縞から指摘されたことによって良くないことをしているという気持ちと。
嫌ではないというのが問題で、いまのところ私に言えることはなかった。
「で、でもさっ、縞だって何回かはしたことがあるんでしょっ?」
「まあそうだけど……、私も由乃も深雨のことなにも考えられてないな」
「だって、したくなっちゃったんだもん……」
私ならいいよ、なんて言ったら縞に怒られるだろう。
どうしようもないからふたりを見ておくことにした。
縞は、由乃が約束を破ったことに怒っている。
由乃は、したい欲が溜まってしまったから仕方がないと開き直っている。
「見てよっ、このピンク色の唇をっ」
「だから?」
「こう……、くっつけたいって思うでしょ?」
なにもお手入れをしていないのが申し訳ない。
リップクリームなんかも塗ったことがないから本当に大したことないと思うけど。
由乃は少しお化粧をしているからそれこそ綺麗な唇をしている。
自分の指にでも口づけをしてそのまま唇に当てておけば永久機関の完成だなんて考えてもみたけどすぐに捨てた。
「相手が同性だろうが異性だろうが関係ない、好き同士なら関係ないんだ。でも、由乃は違うだろ? 私が好きなんだろ?」
「って、原因は縞にもあるんだよ? 受け入れてくれないから」
「だからって深雨にするなよ……」
好きな相手にしないからこそ満足できなくてまたとなってしまうのではないだろうか。
「由乃、縞、ふたりがキスをしたらいいと思う」
「と言われてもなあ」
「あっ、なんか私とするのが嫌みたいじゃんっ」
「じゃあするか。ただし、深雨にもう2度とするなよ?」
「元々、最後だってつもりだったし」
ふたりはここで――とはならず、教室から出ていった。
こちらは本を開いて文字を目で追っていく。
読了済みの本だから新鮮さがないなんてことにもならず、楽しい時間を過ごせた。
「み、深雨」
「良かったね」
「うん……、良かった」
縞の方にしたのかと確認したら「したぞ」と答えてくれた。
あれだけ由乃の顔が赤いのだから嘘をついているわけがないか。
ちなみに、あの要求も受け入れたらしい。
つまり、彼女たちはたったいまから恋人同士、というわけだ。
お祝いしてあげたいけど、ご飯を作ったりすることは不可能な自分。
なにかを贈ろうにも、お金はあっても彼女たちの好みが分からないから難しい。
「迷惑をかけたな」
「ううん、おめでとう」
「おう、ありがとな」
まさかそっちまで受け入れるとは考えていなかった。
ふたりともなにをしていたんだろう、ちょっと頑張るだけでこうなれたのに。
いいや、読書でもしよう。
「深雨ー」
「どうしたの?」
母のお手伝いをし終えたときに帰ってきた姉が話しかけてきた。
いつもは速攻で制服を脱ぐ人だから珍しい。
「ちょい来なさい」
連れて行かれたのは私たちの部屋。
姉的にはひとり部屋が欲しいのかもしれない。
ただ、客間などがないからいつまで経っても叶うことはないけど。
「由乃に聞いたわ、縞と付き合い始めたって」
「うん」
「同性同士って、ありなの?」
それは本人たちが好き同士ならありなのではないだろうか。
とはいえ、不倫や浮気などは好き同士だからってしてはならない。
その点、あの子たちはお互いにフリー、しかも自分に好意を抱いていることを知っていたのだからなにもおかしくはない。
結局、知らない人と付き合い始めました、男の子と付き合い始めましたとなる方が違和感しか感じないだろう。
「お姉ちゃんも気になる人がいるの?」
「仲いい女子はいるわね、ま、その中で一際仲いいのもいるけど……」
凄く言いづらそう。
その子がその気になってくれれば嬉しいということだろうか。
「ほら、あたしは男子からモテないからね。でも、恋愛には興味がある。だから、同性でもって、あの子とならって由乃から報告されたときから考えているんだけど」
なんでも上手くいくわけではないか。
そもそも、相手が男の子を好きでいたり、彼氏が既にいるとかだったら不可能。
なかなかそういう意味で向き合ってくれる人はいない、男性でも女性でも変わらず。
「大丈夫、私よりも可能性が高いから」
「あんたより高くてもそれは1パーセントとかそれぐらいでしょ?」
「でも、0じゃない」
大切な友達ふたりが付き合い始めた。
当然、相手のことを優先して行動することだろう。
そうなったとき、本を読めればいいからと片付けようとすると思う。
だが、いつまでそうやって耐えられるのかと不安になっていた。
だからって友達作りを自分でできるとは自惚れてはいない。
由乃や縞とだってたまたま関われたようなものだからだ。
「頑張って」
「簡単に言ってくれるわねえ、こんのっ」
「あははっ、くすぐったいよっ」
こういう何気ない姉妹のやり取りが好きだ。
家族さえいてくれれば問題もないかもしれない。
元々、ほとんどひとりだったわけなんだから耐えられるだろう。
読書、お勉強、お手伝い。
たったこの3つをしっかりやっておけばいいのだ。
「でも、あんがとね」
「うん」
姉はお風呂に入ってくると言って部屋から出ていった。
まだ食事も入浴も終えてはいないものの、ベッドに寝転がる。
「おめでとう」
これまでがおかしかったのだと考えておこう。
それが1番、この先を上手く生きていけるような気がした。
終業式が終わり体育館から教室に向かって歩いていた。
特になにもない、いつも通りの終業式って感じ。
この後のHRも多分なにも目新しいことはないのだろう。
「深雨ー」
「今日はクリスマスだね」
「そそっ、クリスマスだねっ」
起床したらラッピングされたなにかがあったからその方が気になっている。
が、24日がメインとなっているので今日は特別豪華というわけではなさそうだ。
HRはやはりあまり変わらないもので終わり、解散となった。
「ちょいちょい、なんでもう帰ろうとしているの?」
「本屋さんに寄ってから帰ろうと思って、私の家は昨日で終わったみたいなものだから」
これはこの場しのぎのためではない。
冬休み用に複数冊買っていこうと考えているのだ。
この前みたいにならないように読みやすそうな物を買っていこう。
「じゃあ3人で集まればいいでしょ?」
「え、そこまで空気の読めない人間じゃないよ。ふたりきりでいたいんでしょ? そこでキスでもなんでもすればいいよ」
「え、なんか冷たくない?」
クリスマスに空気を読まず参加するなんてとてもとても。
いいのだ、放っておいてくれれば。
「待ってよ」
「……どうせ私なんかおまけだもん」
「拗ねてるっ、最初から縞と話し合って誘うつもりだったんだからっ」
彼女はこっちの腕を掴んで離そうとしなかった。
遥かに非力な自分には引っ張りながら歩くことなど不可能。
「そうだぞ深雨、変な遠慮をするなよ」
「だって、恋人同士なら今日が本番でしょ?」
「確かに昨日は集まらなかったからな、だからってふたりきりがいいなんて考えないぞ」
縞は右腕を、由乃は左腕を掴んでいる状態。
行かないなどと言ったところで離してくれることはないだろう。
「私の家で集まろう、文句を言われることはないから安心していいぞ」
「食べ物はいまから買いに行けばいいよねっ」
「そうだな、私は5千円ぐらいなら出せるぞ」
「中途半端なことはしたくないからね、諭吉さんぐらいは出せるよ!」
「そんなに大金じゃなくていい、集まることの方が目的なんだからな」
私は本を数冊買うつもりだから払えないなどと言ったら怒られるだろうか。
そんなことになったら確実に空気を悪くするわけで、やはり行かないのが1番かもしれない。
「私は悪いけど――」
「だーめ、それとも純華さんとでも約束しているの?」
ない、姉はこの前言っていた気になる女の子と過ごすらしいから。
とはいえ、母とふたりでゆっくりするクリスマスというのもいいはず。
「お母さんと過ごしたいから、ひとりにさせるのは可哀相」
「うーん、あっ、それなら深雨の家で集まろうよっ」
「いいな、私は正直どこでもいいぞ」
残念、結局私の家で集まることになってしまった。
お買い物に行ってくると言っていたので家で待つことになった。
母に事情を説明して許可を貰う、脅迫みたいになってごめんなさい。
だってもう買いに行ってしまっているから仕方がなかったのだ。
ちなみに、荷物運びだけでもすると言ったら危ないからと断られたことになる。
そんなにふたりきりでいたいなら完全にふたりきりで過ごせばいいのに、そう思ったのはふたりには内緒だ。
「お邪魔します!」
「お邪魔します」
ふたりが楽しめないだろうからと母は部屋に行ってしまった。
逆効果になってしまっている。
父が今日だけは早く帰ることができたりすればいいのに。
「ほら深雨、もっと食べろ」
「そんなに一気に食べられない……」
「深雨、ジュースも飲んでよ?」
「うん、ありがと」
ああ、分かってしまう。
本を読んでいるからだろうか、それとも、縞の次にそこそこの成績だからだろうか。
ふたりとも、付き合い始めてから初めてのクリスマスで緊張しているのだと。
私にばかり構ってくるのがその証拠。
つまりはふたりきりになりたいのだ、本当は。
「ね、お母さんと過ごしたいからふたりはふたりで過ごしなよ、そわそわしているの分かっているよ?」
「え、えー? そんなことないよ、クリスマスだから浮かれているんだよ」
「キス」
揺らすなら由乃だ。
縞は結構勇気がないところがあるからこれである程度の積極性を由乃に出させる。
そうすれば仕方がない的な雰囲気を出しながらも受け入れる縞の完成、そういう風になるはずだった。
「し、したいのっ?」
「由乃が縞に」
「そ、そんなことは考えていないからっ」
これは素直になっていないだけ。
結局、後か先かという話でしかないのだから焦らせる必要はないのかもしれないけど。
「確かにこれじゃ深雨のお母さんに悪いか」
「あ……、私たちのために部屋に行ってくれているんだもんね」
「でも、帰る気はないぞ。深雨、由乃、私、この3人で過ごすつもりだったからな」
どうしてそれぐらいの強気な感じを由乃に対してできないのだろうか。
嬉しさはない、それどころか私がいたせいでふたりきりで過ごすのを諦めざるを得ない感じみたいになってしまって申し訳がない。
「それなら自由に行動できるように場所を変えようか」
「えー、寒いのは嫌だなー、それに家は無理だし」
「公園に行こう」
「まぁ、しょうがないかー」
お母さんに説明するついでに居残ろうとしたら強制移送させられてしまう。
寒い、暗い、ちょっと怖い、寂しい、いちゃいちゃを見たくない。
こんな感情を抱いている私を他所にふたりは盛り上がっていた。
寒いのは嫌だと言っていた由乃が1番楽しそうだった。
寧ろテンションが上がっていると思う。
「ほら、紙コップはあるからジュースも飲めちゃうよー」
「美味しいけど冷えるな」
「うん」
ゴミさえしっかりすれば怒られることもないはず。
家がすぐ近くにあるというわけではないからある程度は盛り上がっても問題はない。
と、考えていないと由乃がうるさくて不安になってしまうから仕方がない。
「ちょっと深雨ー、ぎゅー」
「い、いいの?」
「いいんだよー、ぎゅーってさせろー、あったかーい」
縞を見たら「悪い」と真顔で謝られてしまった。
お酒でも買ってきていたのだろうか、これは間違いなく酔っているようにしか見えないけど。
「縞は可愛げがないんだよー、なんでふたりきりじゃだめなんだー」
「仲間外れにしたくないからだ」
「それならせめて昨日集ませてくれれば良かったのによー」
雨でも降ってきたのかと思って見上げてみたら彼女の涙だった。
これは縞がおかしいとしか言えない。
初めてのクリスマスぐらい一緒に過ごしてあげれば良かったのに。
「縞」
「はぁ、分かったよ、深雨がそう言うなら従うしかないな」
縞は由乃をおんぶした状態でこっちの頭を撫でてから歩いて行った。
ゴミは持って帰るからいいと言ったものの、断られてしまったのでなにも持たずに帰ることになった。
「ただいま」
リビングの電気が点いているということは母がいる。
「お母さんごめ――あ、寝てる」
起こすよりもブランケットでもかけた方がいいと考えてかけておいた。
それからはお風呂を溜めて入って、クリスマスらしくない1日を過ごした。
「ん……?」
目を開ければ真っ暗な部屋。
それは時間的にも当たり前だからどうでもいい。
けど、姉が泣いていることに気づいてこっちまで不安になった。
「お姉ちゃん……?」
「……ごめん」
出ていくまではあんなに楽しそうだったのにどうしたのだろうか。
複数人いたとはいえ、気になる人とも一緒に過ごせたはずなのにどうして。
でも、いまどうしたのとは聞かれたくはないだろうから1階に移動した。
リビングの机には綺麗に畳まれたブランケットが置いてあった。
母がここでまだ寝ているわけではなくて良かったと思う。
「深雨……」
充血した目、擦り過ぎたのか腫れた目元。
見ているだけで痛々しい、私にできることはないだろうかと考えていたら抱きしめられて少し固まった。
「……好きな子がいるんだって、しかも女の子で」
「そうなんだ」
なんか私みたいな状況になっている。
もっとも、友達として好きなだけだったからダメージは少なかったけど。
泣けてしまうぐらい誰かのことを想えるって素晴らしいな。
「あんたにとって由乃に縞という好きな子がいたようなものね」
「私は一緒にいれたことが奇跡みたいなものだから」
1年生の10月まで友達が0だったのだから。
なら、一緒にいてくれている子たちの邪魔をしたくないと考えるのが普通だ。
だから先程の選択はなにも間違っていなかった。
「泣けるのはすごいよ、私はそうなっても泣けなかったから」
「馬鹿にすんな……」
「してないよ、誰かを好きになれるのはいいことだよね?」
まさか姉がそんなことで泣くとは思わなかったけど。
さすがにこれは言わなかった、今度こそ怒られるから。
「途中で帰ってきたって聞いたけど、どうしたの?」
「由乃がふたりきりでいたいって泣き出して縞に頼んで連れて行ってもらった。私はそもそも、学校が終わった時点でそんな空気の読めないことをしたくないって言っておいたんだけどね」
「縞は優しいわね」
「うん、だけど今回ので私が悪者みたいになっていたら嫌だなって」
「ならないわよ、寧ろあのふたりのことを考えて行動できたじゃない。完全に理解するのは不可能だけど、考えようとして、実際にそう行動できることは素晴らしいことだと思うわ」
どうしてもいまは姉が本調子だとは思えない。
基本的に優しいけど、なんか違うというか。
「無理しないで、甘えてもいいんだよ?」
「じゃあ……、こうしているわ」
「うん、ブランケットをかけてあげるね」
最近は早寝しすぎていて意図的に遅らせようとしていた。
まだ残念ながら午後22時30分、もっと起きていても問題はないはずだ。
その間にいかに姉を癒せるのか、それが気になるところ。
「キス……ってどんな感じなの?」
「嫌じゃないよ」
「もっと教えなさいよ、未体験の私にも」
「うーん、由乃はよくちょっとえっちな顔になる、縞は真顔のまま真っ直ぐにかな」
もっとも、縞の目的は由乃との間接キスみたいなものだから相手が誰であろうと由乃としたらするだろうけど。
それにしても未体験は嘘だろう、私よりもモテる姉がそれだけは絶対にない。
「じゃなくて、あんたは? ふ、ふわふわするとかないの?」
「うん、ないよ」
「つまんないわねー、いまいち伝わってこないわ」
その好きな人に振り向いてもらえるように頑張る、は難しいか。
好きな子がいるのならなおさらのこと、なかなかできることじゃない。
なるほど、つまり由乃も縞も相手の側に女の子がいたから素直になれなかったということなのかと気づけた。
「あ、そうださせなさいよ」
「やめた方がいい、好きな人に好きな子がいたからって」
「なっ、ば、馬鹿にするんじゃないわよっ、そのためにするわけではないわっ」
「落ち着いて、勢いだけで行動すると絶対に後悔するから……」
「いいからっ」
ソファに押さえつけられたらどうにもできない。
後悔するだろうからと顔を反らしても限界がある。
「だめ、後悔するから」
「……なんであたしは駄目なのよ」
「あれからは由乃や縞ともしていない、絶対にやめた方がいい」
姉は普通に座り直した。
解放されたのもあってこちらも座り直す。
「まだ諦めないわ」
「うん、頑張って」
こうしてクリスマスは終わった。
喧嘩や悪い空気になるということもなくて良かった。
明日は本を買いに行こうと決めたのだった。
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