04話.[考えてしまった]

 どうやら寝てしまったみたいだ。

 部屋はいつの間にか真っ暗になっている。

 私の足の上には依然として彼女が頭を乗っけてすーすーと静かな寝息を立てていた。

 眩しくならないよう頑張って上半身を反らして携帯を確認。

 現在は19時45分みたいだ。

 約束の時間を大幅に超えたわけでもなくて安心した。

 でも、自分で決めた条件があったから彼女を起こさせてもらうことに。


「縞、縞起きて」

「んん……」

「私はもう帰るよ、あんまり遅くまでいると縞やご家族に迷惑を、あ――」

「……帰らないでくれ」


 これは多分、寝ぼけているだけだ。

 それか由乃と勘違いしている可能性もある。

 本当はこうして本命にぶつけたいのではないだろうか。

 その練習をしたいということならいくらでも抱きしめさせてあげるけど。


「由乃と勘違いしているの?」

「違う……」


 勘違いしてしまったけど素直になりたくないだけなのか、そのまま言葉通りに受け取っていいのか。


「21時まではいいって言われたんだろ?」

「でも、20時までに私は帰ろうとしてて……」

「いい、余計なことを気にするな」


 そんな時間までいたら非常識な人間だとは思われないだろうか。

 例え海崎家の娘さん、つまり縞が許可をしてくれたとしてもご家族は不快に感じるかもしれないのに。


「風呂入るか、いつまでも制服なのは疲れるだろ」

「帰ってからで……」

「まあまあ、洗面所で待っていてやるから入っちゃえよ」


 負けて入らせてもらうことになってしまった。

 人の家のお風呂場を借りるなんて緊張しかしない。

 姉となら入れてもさすがに縞や由乃と入るということはできない。


「ゆっくりでいいからちゃんと洗えよー」

「……そんなに臭かった?」

「違う違うっ、焦らなくてもいいってことだ」


 開けてから瞬間的に湯船につかる。


「やっぱり顔が見れた方がいいから」

「そうかい」


 ……どうして私の体は成長してくれなかったのだろう。

 見せつけたいわけではないけど、まだ見られても恥ずかしくはない体型が良かった。


「誘っておきながら寝て悪かったな」

「私も寝ちゃったから」

「さっきは小学生の妹ができたみたいなんて言ったけど、やっぱり高校生って感じがする」


 高校生なんだから少しは高校生だと感じてもらえるような感じでないと寂しい。

 長く入っていても迷惑をかけるだけだから5分ぐらいつかって出させてもらった。

 縞の大きい服とズボンを借りていいよと声をかける。

 下着は……帰ったら履き替えればいいだろう。

 さすがにノーブラノーパンで着させてもらうわけにはいかないから。

 上の方は……正直いらないぐらいなんだけど。


「でかすぎたな、少し捲くるから立っていてくれ」

「うん」


 その後はひとりで彼女の部屋で待つことになった。

 ご家族の誰かが様子を見に来るということもなく、平和的に待機時間が終わる。


「もう20時半か、早いな」

「うん、そろそろ帰らなくちゃ」

「待てよ、すぐに帰ろうとするな、それとも嫌なのか?」


 違う、そんなわけがない。

 でも、母との約束と、由乃の気持ちと、彼女の気持ちと。

 色々あって純粋に楽しむということができていなかった。


「というかさ、もう泊まればいいだろ? 風呂だって入ったんだし」

「ご飯も食べたから?」

「そうだ、あとは送るために出たくないんだよ」

「ひとりで帰れるよ?」

「馬鹿か、ひとりで帰らせられるわけがないだろ、でも寒いのは嫌なんだ」


 とりあえず母に聞いてみることにした。

 そうしたら、『相手の子がいいと言ってくれているならいいじゃない』と送ってきてくれて泊まることになった。

 気にしなければならないのは後はトイレだけだ。

 大声を出すタイプではないから静かにしていれば問題もないだろうと片付けて。


「ほら、もう洗ったんだから気にせずにカーペットの方に座れ」

「うん」

「あと、飲み物を持ってきてやるから待ってろ」


 いいのだろうか。

 由乃からは聞いていない。

 けど、いま聞いて冷たいメッセージが返ってきたらと考えると怖い。


「はぁ、まだなにか不安なことがあるのか?」

「だって、好きな人が裏で違う子とこんなことをしていたら……」

「由乃の気持ちを考えてやれるのはいいと思う、でも、私の気持ちも考えてくれよ。私は深雨といたい、たまにはこうして泊まってほしかったりするんだよ。由乃とはもう何十回ってぐらいしたことがあるけど深雨とはないんだからさ」


 何十回ってすごいな。

 ……決めた、もう余計なことは気にせずに泊まる。

 そもそも、こんなことを実際に来てから、母に泊まると言ってから口に出すのは偽善者だし。


「ごめん、余計なこと気にした」

「おう、自由にしてくれればいいんだ、なにか言われても私が頼んだって言ってやるから」


 余計なことを考えないとか考えた後に言うのもあれだけど、例えその場は切り抜けられたとしてもふたりきになった瞬間に怖いところを見る羽目になるかもしれないのだ。

 

「縞は優しいね」

「優しい、のかねえ、深雨が由乃としたからって深雨の唇に無理やり自分のを重ねる女が優しいのかね」

「上書きするなら由乃のを奪えば良かったと思う」

「できるわけないだろ、それができたらいま頃私は由乃の彼女だ」


 明らかに好意を抱いているって既に分かっている状態。

 なら後は自分が少し積極的になってあげれば前進することができるのに、なにをやっているんだろう。

 仲間外れにしないでくれるのはありがたいけど、この時間だって本当は由乃と過ごしたいはずなのに。


「なにを臆しているの? もう由乃は好きだって言ってくれたんだよ?」

「んー、臆しているわけじゃないんだよな、つか、勝手に聞くなよ」

「廊下で話されたら聞こえるよ、声も大きかったし」


 だからこそ放課後にあんなことになったわけだし。

 きっかけは由乃で、由乃が縞と向き合うと決めたのならひとりになってしまうとそう考えてしまったのだ。

 実は自分がひとりになるのは嫌だったとあのとき初めて気づいた。

 最終的には家族と、本さえそこにあってくれればいいなどと考えていたはずなのに。

 事件をきっかけに関わり始めた私たちだけど、家族ではない誰かが側にいてくれることの喜びというやつを知ってしまったのだと思う。


「あーもうこの話は終わりな、来いっ」

「えっ――もう、抱き枕じゃないんだけど」

「似たようなものだ、もう寝ようぜ」


 あ、そういえば眠たかったんだっけ。

 私としてはまだまだ本を読んだりしたかったけど、部屋主がそう言うなら仕方がない。

 ……明日からはあまり喋らない生活に戻ろう。

 これは結構疲れる、多分、私に合っていない。


「私が動けないのは深雨のせいだぞ」

「私?」


 あ、寝たふりを始めてしまった。

 仕方がないからこちらも寝ることにした。

 彼女の息が首に当たってくすぐったかった。




 この時期は早朝に起きるとまだ真っ暗だ。

 抱かれたままの自分にはどうにもできない。

 というか、右半身側に通している腕は痛くないのだろうか。

 拘束が緩いのを利用して、敢えて彼女の方を向いてみた。

 やっぱり可愛いや綺麗と言うよりも、格好いいと言う方が合っているかもしれない。

 あの喋り方は装っているものではなく、素なのかもしれない。

 でも、自分で似合わない判定をしている可能性もあるから、余計なことを言わないことが1番なようだ。


「縞、縞ー」


 私のせいってどういうことだろう。

 私が小さく見ていないと不安になるということだろうか。

 本さえ読んでいれば時間なんてあっという間に過ぎるからいいんだけど。

 本当にしたいことを我慢させてまで近くにいてほしくはないし。


「この唇と」


 指でなぞると曖昧な柔らかさのそれ。

 それと由乃ともしたことがあるって考えると、いまさらながらに普通じゃないって言いたくなって。


「……キスしたいのか?」

「ううん、したことがあるって考えていただけ、普通じゃないなって」

「まあ……、そうだな」


 変な体勢になっているだろうから一旦座った。

 そうすれば縞だって腕を伸ばしたりして少しは良くなるだろう。


「いまは……まだ5時か、早く起きるんだな」

「うん、いつもはもうちょっと遅く寝るから」

「ねみい……」

「寝てていいよ、私はあの勉強机のライトを借りることにするけど」

「ああ、自由に使ってくれ」


 とてつもなく本を読みたい気分だった。

 彼女は先程よりも大きな寝息を立て始めてしまったので、これしかやることがないのだ。

 でも、今日は初めて読むのが大変だとそう思った。

 ひらがなばかりのページや、逆に漢字ばかりのページがある。

 あとは難しい言い回しが使われていたりしていて、なんか集中できない。

 結局、数分もしない内に読むのをやめてライトを消した。

 腕を組みながら寝ている彼女のところに移動して寝転がる。


「縞……」


 ここから出ればまた仲良さそうにしているふたりを見ることになるだろう。

 他の友達と盛り上がっているところだって意識しなくても直視することになる。

 いまはこうしていてくれているものの、気になる子がいたらそっちを優先するのが人間で。

 ……それならいまぐらいは相手をしてほしかった。

 というか、格好いいのにいびきがすごいというか、あまり寝られなかったのだろうか。


「縞っ」

「……もう6時半とかか?」

「まだ5時半」


 多分、今日の夜は夜ふかしとか無理だと思う。

 自分が考えている以上に早起きしたときなんかは影響が出るのだ。

 それならそれで早寝早起きができるわけだからいいんだけど。


「なんだよ……、構ってほしいのか?」

「構ってほしい、どうせ学校に行ったら相手をしてくれなくなるんだから」

「相手をしてくれないのは深雨だろ、本ばっかり読みやがって」


 それは仕方のないことだ。

 ふたりが来てくれなければひとりなのだからなんらかの手段で時間をつぶすしかない。

 読書は好きだけど、たまに寂しい気持ちにはなる。

 私だってみんなとわいわい盛り上がりたいのだ。




「え、新発売のもう食べたの?」

「おう、普通に美味しかったぞ」

「いいなー」


 ふたりが仲良さそうに話しているのを見て、言うべきかどうかを迷っていた。

 あの様子だと縞が言ったような感じはない、気になる子に少しでも引っかかるようなことを言いたくないというところだろうか。

 

「なーに? そんなに私たちのことを見て」


 首を振ってなんでもないと示しておく。

 好きな子に好きだと伝えて、その好きな子もその子のことを意識している状態なのにどうして進展しないんだろう。

 普通なら仲良くなって、付き合って、さらに仲を深めるところなのに。

 小説とかだったら引っ張って引っ張って、焦れったい時間を過ごすことも多いけど、ここは現実だ。

 変な駆け引きなんかいらない、そもそもぶつけた時点で彼女はいま足を止めている状態というわけで。


「由乃が本を読むのをやめたから怒っているんじゃないか?」

「ああ、なんかごちゃごちゃしててね……」


 自分も今朝、集中できなかったから気持ちは分かる。

 ただ、せっかく伊達メガネを引っ張り出してきてまで知的な私というやつを演じていたのだから続けてみたらいいのにと思う。

 なんでもそうだ、始めは上手くいかないもの。

 続けなければずっと上手くなったり得意になったりはしてくれない。

 いつかそうなるから頑張ろうとしている限りは多分、苦痛だと感じてしまうだろうけど。

 後からじゃないと分からないから難しいところだった。


「なんかずっと見られちゃってる」

「昨日、縞の家に泊まった」

「あ、そうなの? じゃ、ハンバーガーも一緒に食べたのかな?」

「うん、そういうことになるね、私が寂しいからって無理やり頼んだんだ」


 今度は3人で行きたいとか言ったくせに結局これかと。

 彼女はいま呆れていることだろう、あとは……警戒、しているかな?


「あー、確かに私たちだけで盛り上がっちゃうと深雨はひとりぼっちになっちゃうからね、ごめんね」


 暗にひとりだと言われている気分になったけど、そうだって認めておいた。


「というか、今度は3人で行くんじゃなかったの?」

「ごめん……」

「ちょ、そういう感じに謝られるとなんか傷つく……」


 その分、彼女はいつも縞を独占できているでしょって言いたくなった。

 縞は逆に由乃を独占しているでしょって言いたくなる。

 そもそも私がいまさら入れるようなスペースはないのだ。

 それなら求めてしまわないようによりいっそう、読書などに励むしかない。

 昨日のは夢かなにかだと考えておけばいいだろう。

 弱い私の心や脳が見せた甘々な時間。

 ただ、この前みたいなことになっても嫌だから自宅と学校以外では本を読むのはやめることにした。




「もう19時か」


 とっくの昔にここから生徒は去った。

 部活か帰宅か、大体はそのふたつしか選択しようがないのが影響しているのだと思う。

 でも、こうして居残る人間がいてもいいはずなんだけどな。


「ばあ!」

「ひぅっ」


 急に目の前に現れれば誰だって驚く。

 いまのは間違いなく私の寿命を削ってくれた。

 ひゅっと心臓が縮むような感覚、なんなら止まってしまいそうだった。


「あははっ、私だよー」


 か、帰ったんじゃなかったの?

 放課後になった瞬間に複数の友達、もちろん縞も含めてまとめて出ていったはずだったのに。

 いまはもう19時、やっぱり戻ってきたとはなりづらい時間帯。

 ああ、それをしたくなるほどの不満が溜まっているということかと納得。

 由乃の気持ちを知っておきながら泊まってしまったのは自分だから文句は言えない。


「深雨は読書が本当に好きだね」


 1度だけ深呼吸。

 動揺を表に出すのは私らしくない。

 あくまで淡々と、それがいままで彼女たちが見てきた私というもの。


「文字を目で追うのが好きだから」

「えぇ、続けていると疲れるでしょ?」

「たまにあるかも、読むのをやめたいってときが」

「でしょっ? 小難しい話になると一気にあ、いいです……ってなっちゃってさっ」


 いまだって集中できていたのか分からない。

 ふたりに甘えないために本を利用していただけだから。

 彼女はあくまで普通の彼女って感じだった。

 笑っているけど目が笑っていない、なんてこともなく、凄く楽しそうだった。

 私にこれから自由に言えるから? なんてネガティブになりつつも、相手をしていく。


「あ、縞のことなんだけどさ」


 きた、これは間違いなく文句を言われる流れ。

 でも、仕方がないことだ、気持ちを知っておきながらあんなことをしたんだから。

 ただ泊まるだけではなく抱きしめられたりしていたんだから。


「いちいち気にしなくていいからね、あと、報告もしなくていいから」

「それは複雑だからだよね? ごめん、考えなしだった、自分が責められないようにって口にしてた」

「違うよ、変な遠慮をしてほしくないってこと」


 まあ、彼女が実際にちくりと言葉で刺してきたわけでもないのに勝手に恐れていたのは私だ。

 だからってこれが遠慮かといえば、そうではない気がする。

 寧ろ全く遠慮をしていないことになるのではないだろうか。


「大体、さ」


 彼女はこっちの両頬を冷たい両手で挟んでくる。

 留まっているだけで冷えるのは冬らしいけど、それだけではない気がした。


「私は散々深雨に自由にしていたんだよ? それなのに深雨には自由にするななんて言えるわけないでしょ」

「ちゃんと言って、もうあんなことをしないってことも重ねれば縞は分かってくれるよ」


 その手に手を重ねて暖かくしてあげたかった。

 が、残念ながら私の手も冷たかったらしく「冷たいね」なんて言われてしまい微妙な気持ちにしかならなかった。


「深雨の手は小さくて可愛いね」

「物を持ちづらいからいいことばかりでもないよ」


 あとはこうやって励ましたりするときに説得力というやつが足りないからあれかもしれない。


「縞が好きなの?」

「縞も由乃も好きだよ。だから一緒にいてほしいんだけど、邪魔をしたくないなって」

「邪魔なんかじゃないよ」


 とはいっても、それを鵜呑みにしてふたりのところに行ってしまったら空気の読めない人間になってしまう。


「私はふたりきりの方が話しやすくていいんだ、昨日の縞とのように、いまの由乃とのように」


 ふたりと同時に上手く話すことができない。

 私はそうでもふたりがいてくれればふたりだけで盛り上がれるわけだからいいんだけど。

 いいんだけど、ふたりだけで盛り上がっているところを見るのも複雑と難しいのだ。


「本当は私に対して不満があるんだろうけどさ、こうして由乃といられるのは嬉しいよ」

「不満なんかないって、あるとすれば」


 あるとすればなんだろうか。

 彼女は複雑そうな表情を浮かべながら「またしたくなっちゃったんだよね」と言ってきた。

 途中からは癖になってしまっていたのかな。

 最初はむしゃくしゃとしてしたって本人から聞いたけど。


「……いい?」

「え、もうしないって縞に言ったんじゃ」

「ごめん、我慢できない……」


 今度は罪悪感しかなかった。

 フェロモンが出ているのかな、そんな風にふざけて考えた私だけどさ。


「ごめん……」

「縞に隠すのはだめだよ」

「うん……、分かってる」


 しかも場所が悪い。

 ここはまだ普通に学校の教室内だ。

 それなのにキスなんて……、普通じゃないとしか言いようがなく。


「帰ろ、これ以上残っていても仕方がないから」

「うん……」


 我慢できないのなら縞としておけばいいのに。

 こっちの袖を掴んでうつむいている彼女を見たら強くも言えなくなってしまったけど。


「私は嫌じゃないけど、縞のことが本当に好きならするべきじゃないよ」

「ごめん……」

「じゃ、気をつけてね」

「うん、深雨もね」


 少し離れてから石の壁に優しく頭をぶつけた。

 ……求めてもらえて嬉しいって考えてしまった自分も相当あれだと。

 昨日は泊まってしまったから大人しくすぐに家に帰ったけど。


「ただいま」

「あんたって不良よね」

「そうかも……」

「否定しろっ、どうしたの? なんか元気がないみたいだけど」


 大切な姉を抱きしめて自分を落ち着かせる。

 こんなことは言えないから結局は黙ったままだった。

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