02話.[姉がそこにいて]
起きたら姉は既にいなかった。
昨日、夜中に話しかけられたような、それでなにかを答えたような……。
でも、本を読んでいるとよく夜ふかしをしてしまうから姉が強制的に電気を消してくれて助かったかなというところ。
「あ、深雨、ちょっと手伝ってくれ」
「運べばいいの」
「そうだ、付いてきてくれ」
元々、SHR前かお昼休みか放課後以外は本を読まないようにしているから構わない。
結構重たいプリントを教室まで運んだら疲れた。
非力さに苦笑する、心身共に成長していないのは確かなのかもしれない。
「ありがとな」
お礼を言われるようなことではない。
だって階段の途中で縞と出会って、そこからしか手伝っていないのだから。
男の子っぽい感じなのにこういうところがしっかりしているからこそ由乃も好きなのだ。
とりあえず鞄を机に置いて椅子に座ったら落ち着いた。
いまから変わらない1日が始まる。
それでいい、目新しいなにかがなくても十分楽しいから。
「深雨、昨日はしたのか?」
していない。
ハヤシライスとキャベツと人参のサラダが美味しかった。
由乃も珍しく求めてこなかったから最後まで普通だった。
「ちょっと来てくれ」
彼女は少し心配性なところがある。
私としてはこんなところにいるより本人のところに行った方がいいと思う。
「深雨は軽いな」
何故か持ち上げられていた。
ふわふわとしていて実は少し怖い。
彼女はこれをするのが何故か好きなので、その度にじっとすることになる。
「由乃が作ったご飯か、羨ましいな」
「行けばいいと思うけど」
「誘ってくれない限りは無理だな」
誘ってくれない限り無理だと考えていたらいつまで経っても前に進めない。
気になるなら積極的にアピールしていくべきだ。
好きなのは変わらないんだから少し積極的になれば必ず由乃は振り向かせられる。
そうすればお互いに好きでもない人間とキスしなくて済んでマシだろう。
「やあやあ、ふたりだけでなにこそこそしているの?」
「由乃の話をしていたんだ」
「私の? ちなみにそれって言えるの?」
「ああ、私も由乃が作ったご飯が食べたい」
「え、それぐらいならいつでも来てくれればいいよ」
壁に背を預けてそんなふたりを見ていた。
どうしてふたりとも、あと1歩を頑張ることができないんだろうか。
相手のことが気になっているのなら勇気だって出そうなものだけど。
「あ、一応言っておくと手作りとは言いづらいレベルだからね? カレーとか麻婆豆腐とかは必ず市販の素を使うぐらいだからさ」
「それでもいい、変に小洒落た物を作ったら違和感しかないからな」
「な、失礼なっ」
「はははっ、冗談だよ」
一応、まだ時間が余っていたのもあって本を読むことに。
学校であまり読まないようにしている理由はいいところで中断となると気になって授業に集中できなくなってしまうからだ。
上手く切り替えができるときばかりではないので、気をつけているという感じになっている。
そして、今回は残念ながら気になる展開のところで終わってしまったということになった。
結局、禁忌を侵して10分休みにも読書を重ねた結果、やばかった。
「わぁっ、ぶつかってるよっ」
壁にぶつかってしまうぐらいには集中力がなかった。
というかこの時点で無感情じゃないということがよく分かる。
寧ろありまくりだ、子どもだ、我慢できなくなってしまう人間だ。
「ぐす……」
でも、そのかわりに本の内容は凄く良かった。
少し高かったけど、買って良かったといまなら心から言える。
「あんたなに泣いてんの?」
「本が良かったの」
「珍しいわね」
こちらと違って姉は全く本を読んだりはしない。
任意なのだから良くないなどとは言うつもりもない。
「あんたってさ、お母さんからなにか言われる?」
言われたことがない。
姉は小うるさく言われているから気になるのだろうか。
けど、私からすれば期待されているからこそなのではないかと考えていた。
私はどうあっても変わらないし、多分母や他人からすれば分かりづらいから諦めているのだけなのかも。
なにも言ってこなかったり怒ってこないのはつまりそういうこと。
「期待されているから、か」
「お姉ちゃんは私よりも優秀だから」
「うーん、だからって怒られるのはちょっとね……」
私も姉には怒られたくないからできるだけ仲良くしてくれると助かる。
姉は約束があるからと階段を登っていった。
「あ、いた、こんなところにいたんだ」
由乃の登場。
もう少し早ければ姉も少しは癒やされることができた可能性もある、だからもったいないという気持ちになった。
「あれ、もしかして泣いた?」
「なんで?」
「ちょっと目が潤んでいるから」
隠す必要はないからそうだと答えておく。
おすすめしても読んでくれることはないけど、読書が好きじゃない由乃や縞にも読んでほしいぐらいだった。
「深雨、今日の放課後に図書館に行こうよ」
「いいよ」
「うん、決まりねっ」
あんな寒いところに行っておいてなんだけど、図書館なんて暖かくて読書が捗っていい場所だと思う。
元々あんまり話さない自分にとっては余計にいい場所で、でも、お喋りが好きな由乃は耐えられるのだろうかと少し気になった。
「ん……」
本なんかどうでも良かったのかもしれないとすぐに気づいた。
私が小さいのと、本棚があることであまり見えないのと、人がそもそもあまり多くないのをいいことに彼女は今日も自由だった。
なんでこんなところでと目で聞いてみても答えることはなく。
でも、完全にそれだけが目的ではなくて本を借りに来たわけでもあったみたいだ。
「ふぅ、ああいう場所は静かで長時間居づらいからね」
読むのはあくまで家でするみたい。
今日も当たり前のように彼女の家に寄ることになったものの、母が作ってくれたご飯を食べたかったのもあってそこだけは断った。
「由乃、どうして縞に真剣にならないの?」
「およ、珍しいことを言うんだね?」
「縞も由乃のことを気にしているよ、それなのに私とあんなことをしていたらだめ――」
姉が言っていた通りだと思う。
キスとかは姉が言っていたように好きな人とするべきで。
「いいの、深雨が嫌ならやめるけど」
別に嫌ではない。
そもそもの話、壊してしまったのは自分みたいなものだから。
だから相手のことを考えているようで自分のことしか考えていないような発言が彼女にとっては気になるのかもしれない。
「お母さんも心配するだろうから今日はもう帰りなよ」
余計なことは言わずにいようと決めた。
帰り道はとにかく寒かった。
彼女の家はやはりこたつがある分、凄く暖かいから。
タイツ着用が禁止ということはないものの、そのタイツにも色の制限などがあって結局しないままでいる。
「ただいま」
母作の美味しいご飯を食べさせてもらって、自分の分は自分で洗った。
どうやら姉はまだ帰ってきていないようなので先にお風呂に入らせてもらう。
「さっむいわっ」
いや、単純に2階にいただけだったみたい。
湯船に突撃してきたせいで顔面にぶしゃあと水がかかった。
「あははっ、あんたなにその顔っ」
「濡れた……」
「そりゃ濡れるわよ、お風呂なんだから」
不機嫌になってほしくないから姉にも変なことは言わない。
普通の姉妹らしいお喋りをして一緒に出る。
「拭いてあげる」
え、変に優しくて思わず固まってしまった。
後でなにか酷いことをされるのではないかって怖かった。
「あ……」
部屋に戻って読書をしようとしたら取り上げられてしまい微妙な気持ちに。
「構いなさいよ」
私が帰るまでの間、母となにかがあったのだろうか。
父は私たちに特になにかを言ってくることはない。
するとしても精々挨拶程度、なんか凄く居づらそうで。
「大体、お母さんの発言力が強すぎるのよ、どうしてお父さんはあんななの?」
「怒られたくないのかも」
「ま、それは誰でもそうよね、あんただってそうでしょ?」
「うん、怒られたくないよ」
「でもね、あたしのことを考えて言ってくれているのは確かに分かるんだけどさ? もっと頻度を調節するというか、休日ぐらい言わないようにするとかそういう風にしてほしいのよ」
お休みぐらいは確かに口うるさく言わなくてもいいと思う。
なんらかのことで調子に乗って度が過ぎているとかならともかくとして、少し部屋でだらだらとしている分には言うべきではない。
大体、姉は私よりも成績がいいのだからそんなにがちがちにしなくてもいいはずなのだ。
寧ろうるさく言えば言うほどやる気を削いでいくことになる。
なんでも褒めればいいというわけではない、だからといってなんでも自分が考える通りに動かそうとするのは違うだろう。
「あぁ、だからってあんたに八つ当たりをした自分が恥ずかしいわ……」
「怖かった」
「でしょうねっ、ごめんっ」
「みんなで楽しくやりたい、家族とぐらいは仲良く」
「そうねー、あたしもそうよ」
嫌なことは少ないけど外に行くと分からないことばかりで困るのだ。
だからせめて家でぐらいは、そんなところでぐらいは分からないに包まれない時間を過ごしたいと考えていた。
「つか、あんたが泣いているところを見て驚いたわ」
「いい内容だった」
「泣くのね、この目で、この心で」
そりゃ泣く、無感情なんかではいられないから。
弱いから隠そうとしているだけ。
動じていないように振る舞っておけば勝手に他者が勘違いしてくれる、強いって。
そういうのもあって、これからも私はこのままを続けていけばいい。
と言うよりも、このままでしかいられないと言う方が正しいだろうか。
「自由にされるの、嫌じゃないの?」
「嫌じゃないよ」
「由乃には縞という好きな子がいんのよ? それなのにあんたは欲望を発散させるために利用されているの、普通は不満も溜まると思うけれどね」
なんだかんだで誰かがいてくれることに喜びを感じているのかも。
そして、それを受け入れておけば友達でいられるということなら全く構わなかった。
本命と上手くいってあっさりと離れてしまったとしても仕方がないことだと多分、片付けられるはず。
歪んでいるのは私も同じ、それでもこっちのはいくらでも良かった。
「じゃ、あたしがするって言っても拒まないの?」
「したいならいいんじゃない?」
「はぁ」
本を返してくれたので読書を再開。
今日はすぐに照明が消されることもなく読書に励めたのだった。
今日はおかしかった。
何故なら由乃が朝から本を読んでいたからだ。
昨日のあれは図書館を利用したからというだけでなく、本当に読みたい本を借りてきていたみたいだ。
しかも絵本とかそういうのではなくて少々堅苦しそうな感じの物、風邪でも引いてしまったのだろうか。
「深雨、あれはどういうことだ?」
図書館に行ったということを説明しておいた。
けど、私にとっても違和感しかないので細かくは言いようがない。
普段はしてもいないのに伊達メガネなんかかけたりして、本当にらしくない。
「あれ、ふたりともそんな驚いたかのような顔をしてどうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフだ、もう放課後だぞ、それなのになんで本なんかずっと読んでいるんだ」
「やだなー、私みたいに知的な人間は合間合間に本を読んで知識を蓄えるんだよ、無駄な時間なんてないんだよ?」
……もうその発言が知的な人間の言葉だとは思えなかった。
私を誘わないときは他の子を誘って遊びに行く彼女が今日は誘いに乗らずに読書をしている。
こんなおかしなことってない、寒いから風邪を引いたのだと決めつけておでこに手を当てようとしてみたんだけど。
「あ、私が偉いからって撫でてくれようとしているの? ありがとう」
すごい勘違いをされてしまい1回撫でたら諦めた。
そういう風に思い込みたい年頃なのだろう、なんでも真っ直ぐに指摘すればいいわけではないからこれでいい。
誰に迷惑をかけているというわけでもないし、なにより本を読んでくれているということが嬉しいわけだから。
「私はまだまだ知識を蓄えなければならないからふたりは先に帰ってちょうだい」
口調までおかしくなってしまって不安になったものの、結局帰ることにした。
久しぶりに縞とふたりきりでの下校となる。
「ハンバーガーでも食べていかないか?」
本代に回したい自分と、母作のご飯を食べたい自分と、友達がこう言ってくれているんだから付き合わなきゃという自分と。
私がそこそこの快適な生活を過ごせているのは彼女たちのおかげ。
彼女は由乃のことを気にしているところがあるけど、私にも優しくしてくれるところがある。
……じゃあ付き合わなきゃ、ということで行くことにした。
「ポテトだけでいいのか? 分かった、まとめて注文してくるわ」
こっちは席の確保をすることに。
こういう場所はあまり利用しないから緊張する。
ただ、適度にお客さんがいることであまりそわそわしないで済みそうだった。
すっからかんな店内だったりすると見られている気がして仕方がなかったからだ。
「お待たせ」
「ありがと」
彼女は新発売のハンバーガーを2種類も買っていた。
たったそれだけで本が買えると考えるともったいないと言いたくなってしまう。
水を差すのは違うからとなにも言わずにポテトSを食べることに専念していた。
「深雨」
「あむ――美味しい」
「もっと食べた方がいいぞ」
「お母さんが作ってくれたやつを食べるから」
「そうか」
縞といるとお兄ちゃんができた感じになる。
でも、このお兄ちゃんは結構勇気がないから心配になる。
そういう喋り方も装っているだけなのかもしれない。
由乃と出会った後に縞と友達になったから昔というのを知らないのはあれだ。
「はい」
「え、全然食べてないじゃねえか」
「お礼、いつも一緒にいてくれるから」
「ありがとな」
こういうときはさすがに本を読むことはしなかった。
1対1の場合はそう。
1対2みたいな状態だったらするかもしれない程度で。
それでもそこから空気を読んだつもりになって帰ったりすることもしなかった。
縞がいるから、由乃がいるから来てくれたのだとしても簡単に離れるべきではないだろう。
「あれ、縞?」
「ん? あ、よう、久しぶりだな」
彼女が食べ終えたことをいいことに歩きながら話すことにしたみたいだ。
が、とにかく歩行速度が遅い、寒い、結果冷える、逃げられないということに繋がった。
話を聞いている限りでは中学生時代に仲良くしていた子みたいだ。
別の高校を志望したことで離れてしまったみたい。
「由乃は元気?」
「元気だな、あ、聞いてくれよ、今日なんか伊達眼鏡をかけて読書をしていたんだぜ?」
「えっ、あの由乃がっ? 明日は雨が降りそうだね……」
「だな……」
3人の中で1番成績がいいのは縞だ。
次に私で最後に由乃ということになるものの、赤点を取るレベルというわけではない。
違和感しかなかったけど、さすがに雨が降るなんて言うのは可哀想ではないだろうか。
「それで、小学生を連れていて大丈夫なの?」
「ようやくそこをツッコんできたか、ちなみにこの子は私と同じ高校1年生だぞ」
「えっ!? ぎゃ、虐待……?」
「違うだろ、あくまで普通に元気だぞ」
何故かその女の子にも持ち上げられて怖い時間を過ごした。
しかし、我慢したからなのか幸いそこで解散してくれて帰れることに。
「待て深雨」
「え、なんで抱きしめられてるの?」
「帰らないでいてくれただろ? しかも付き合ってくれた、ありがたかったからな」
「由乃にしてあげなよ」
「中々難しいことを言うな、それじゃあな」
ポテトをほとんどあげたことによってお腹の調子は大丈夫。
帰宅したらご飯を食べていつもよりも膨らんだお腹を撫でていたときだった。
「どーんっ」
と、声を上げながら姉がぶつかってきたのは。
……危なかった、食べた物が出るかと思ったと冷や汗だらり。
「今日はいいことがあったのよっ」
「告白でもされた?」
「え? あ、違うわよ、珍しくお母さんが褒めてくれたのっ」
「嬉しそう」
楽しそうにしてくれているのが1番。
彼女の後ろに立っている母もにこにこ、家の雰囲気が良くなってきている気がした。
「嬉しいに決まっているわよっ、だってあの小言しか言わないお母さんがよ!?」
「余計なお世話よ」
「うげっ、あ、お風呂に入ってくるわねー!」
が、母のにこにこ笑顔の圧に結局姉は負けてリビングから去る。
が、最初から最後まで本当に嬉しそうだった。
「駄目ね、自分と同じようになってほしくないからって厳しくしすぎてしまったわ」
「お母さんは真面目じゃなかったの?」
「そうね、遊んでばかりいたわね。高校2年生の後半、つまりいまのあの子ぐらいの時期からやっと気をつけて頑張り始めたぐらいなのよ。なにもかもが似ていたから不安になって……」
「でも、お姉ちゃんは私と違って真面目にやってた、成績だって凄くいい」
部屋にいるときだって本を読んでいた私を他所に教科書などと向き合っていた。
母にうるさく言われないためなのだとしても、無理だなんだと諦めないで向き合おうとした姉は素晴らしい。
「そう、そこなのよね。それなのに私は大雑把なところにしか目を向けず偉そうに言ってしまったの。私が悪い雰囲気を作ってしまっていた、だから反省しているわ」
喋り方も似ているし真似しているところもあるのではないだろうか。
「あんた来るの早いわよ」
「お風呂入る」
「……あんたってなんか犯罪臭いわね」
「お母さんと仲良くしてね」
「うん、まあ不仲よりはいいわよね」
ささっと入浴を済ませて部屋へ。
真っ暗なのが気になって電気を点けようとしたら布団に押し倒された。
普通に考えて真っ暗な状態でベッドではない布団に倒されるのは相当怖い。
「最高よねっ」
「こ、怖かった……」
「あんたを思いきり抱きしめたい気分だったのよっ」
テンションが下がるようなことにならなければいいけど。
あまりに喜んで騒がしくするとそこで怒られかねないから。
「ん……、あんたあんまり髪が拭けてないわよ? タオルを持ってくるから電気を点けて待っていなさい」
「分かった」
その後は自分でコントロールしたのか姉らしい姉がそこにいて。
髪を拭いてもらいながら本を読むという至福な時間を過ごすことができた。
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