NOISE
猫飯 みけ
器械
第4次産業革命。当時の大国が高機能人型ロボット—
当時は高価だったELも、今では50年前の型番であり、そう高くはない。そのために今では企業だけでなく、ELをはじめとするロボットたちを、個人として所有するものも多くあり、それが一種のステータスともいえる。昔にあったコウキュウシャみたいなものだろう。
この人間から機械への置き換えにより人間たちは多くの職を失った。働くことが必要なくなった、とも言えるだろう。労働力が機械で十二分に賄えるため、人間の絶対数はみるみるうちに減少していき、今では人型ロボットの方が多いとメディアは報じている。正直街中で見ても見分けがつかないために真偽は俺には分からない。
職業として残っているのは、研究開発やら教育機関やら整備士と企業のお偉いさん位なものである。かくいう俺も整備士の端くれとして働いている分、他の人間よりかは金もある。とは言ってみたが、いつ切られるか分からない下っ端だ。前にうちの部署に新しくロボットが来る話も出ていたし、もう数カ月もすれば大衆と同じ生活になるのだろうか。
今日も自動艇に乗って、舗装しつくされた道を滑走していく。この道や船も全自動化されている。事故や問題が起きたなんて話は生まれて数回しか聞いたことがない。
オフィスに着くと既に青い作業着姿の同僚がいた。窓際にある偽装植物に水をあげている。全く持って意味をなさない
「今日はどこ?」
「N-50023。いつものカスタマーサービスよ」
「またか・・・・・・いくらなんでも多すぎだ。あそこはメンテナンスしているのか?」
「私に言われても変わらないわよ。それにあそこは絶対数が多いんだから」
雑談もそこそこに、同僚と一緒に会社の自動艇に乗ろうと、外に出た時だった。俺の右手首に付けられた総合電子端末が愉快な曲と共に点灯した。最近奮発して買った最新機種である。
左手をかざすと、モニターが浮かび上がり、そこには先輩の姿があった。作業着が油でかなり汚れている。
「ちとわりいんだがよ、急なリペアが入っちまって。手かしてくんねえか?」
同僚の方をちらっと見ると、顎をオフィスの方に向けていた。行けと言う事らしい。
「分かりました、すぐ行きます。いつもの地Cですか?」
「おうよ。よろしくな」
通話を切ると同僚に「終わったらすぐ向かう」とだけ言い残して、そのままオフィスの中に入っていく。地下にある薄汚れた通路の突き当り、一番奥の扉には大きくCと書いてある。地下作業場C、通称地Cだ。社員証も内蔵された総合電子端末を扉に近づけると重厚な鉄扉がゆっくりと動き出す。
「お疲れ様です」
「わりぃな急に」
「それで、状態は?」
先輩は後ろの作業台に目をやった。そこにはロボット・・・・・・そう断言するには確信が持てないほど精巧につくられた物が寝ていた。髪は明るい緑に、人形みたいな顔立ちをしている。ここまで整っていると造形物だと分かるのに、どこか頭の隅でそう思えない。こんな物は今までお目にかかったことがない。素直に綺麗だと思った。
「なんですかこれ」
「そうなんだよ。俺も見たことがねえ
「まぁ、それなりにですけどね」
外見だけでは全く記憶にない。
「MTx-Z8845?」
「お前でも分からねえか」
「はい。強いて言うならWiston製でしょうか。あそこはMTシリーズを出してるはずなのでその互換機だとは思うんですが」
「だが?」
「今の最新はMTⅲなんです。xなんて聞いたことがない」
今までのMTシリーズは大体10年に1度、上位機種が出れば良いペースで更新されている。xが10を示しているのなら、異常なペースだ。恐らく名前が似たマイナーメイカーだろう。それにしては凄い技術だ。
「これをどこで?」
「N-7地区のいつもの世話焼きのおっさんだよ。道端でぶっ倒れてたらしくてうちに持ってきた。お得意さんだし突っぱねるわけにもいかねぇだろ? とりあえずおっさんに連絡入れてくっから、すこし診てみてくれ。型が分からないんじゃあ俺の手には負えねえ」
先輩はそう言うと地Cを出ていった。俺にも分からない可能性の方が高いが、調べてみる。とりあえずハンディでスキャンをしてみることにした。外傷が理由の故障ならこれで少しは分かると踏んでいたが・・・・・・結果は問題が無かった、と言うより不明だった。このくらいは先輩も試しているだろう。
次は少し内部を開けて調べてみることにした。基盤レベルまで開けてみれば何か分かるかもしれない。
「自動修復プログラム起動。ネットワーク構築——
防衛本能からか、目の前から発せられる声に自然と体ごと退いてしまう。どこか変な所を触ってしまったのだろうか。こんな起動処理は知らない。
「今私の
息を飲む。ものとは思えないような侮蔑の表情ででこちらを見ている。
まるで感情でもあるみたいだ。従来品は数えきれない量のデータから算出し、表情や仕草を出力してる。だからどうしても小さなところでの不自然さや違和感が生まれてしまう。それだと言うのにこいつは——
「なぁ、お前の型番と
「MTx-Z8845。個体識別体は未設定です」
「未設定だと?
「マスターは・・・・・・どうでしたっけ?」
「こいつ記録媒体が壊れているのか」
「いえ、快調です。私、
言っている意味が分からない。なぜわざわざそんな不完全なものを構築するのか。こいつの製造目的も含めてぼやけている。
「それでお前はどこから来た?」
「私は から来ました、と言うより作られました」
「なんだって?」
「 です。あー・・・・・・理解しました。貴方には理解できないことが。お父様は認識阻害でもかけているんですね」
理解できないと言うよりそもそも聞こえていない。そこだけ空間が剥ぎ取られたようにぽっかりと開いてしまう。認識阻害? こいつは自分で認識できないようにプロテクトされているのか。要するに喋れないと。
「まぁ分からないことは問題ではありません。私の目的は言わばあなたなので、計画は達成されました」
「なにを言ってんだ。とりあえずお前を得意先に持ってかなきゃならない。コントラクター設定をするから後ろを向け」
「あ、ちょっと」
俺は半ば強引に後ろを向かせ、背中をひん剥いた。背部中央には電源マークがエメラルドグリーン色に点滅している。そこに総合電子端末を掲げてマスター登録をしようとする。しかしエラーが表示されるばかりで一向に進まない。最新機種だと言うのに何か不具合だろうか。
「出来ないって言おうとしたんですけど。あと意識ある物の服を脱がすのは流石に法律に引っかかりますよ。この変態」
「困ったな・・・・・・どうやってお前を運び出すか」
「無視ですか? 別にいいですけど。登録しなくても貴方の言葉にはある程度従いますよ。あっ肉体接触はダメです。倫理的に」
「誰がするかよ。俺は無機物に興奮しない側だ」
こいつの事を信じていいのか分からないが持って行かなくてはいけない。先輩に一報入れて自動艇に乗り込んだ。目的地を設定し、起動させる。
こいつは助手席に乗り込み、面白そうに外や内部を見ている。
「へー、まだ少しは自然残っているんですね」
「一応な。ほとんど資源でも使わなくなったし、酸素も問題がない。あそこの街路樹は本物だが大体は景観維持の人工物だな。その言い分だとお前は外界理解していないのか。となると学習型か。まあWistonらしいな」
「へーそうなんですね」
人に聞いておいて全く興味が無さそうな答え方をしやがる。何なんだこいつは。
自動艇が静かに浮遊し路上を滑走しだす。物とは言え、何も話さないのも自然と気まずかった。
「なぁ、お前の目的って何なんだ? さっきは俺がどうとか言ってたけど」
「難しいことじゃないです。至極簡単」
「勿体ぶってないで話せ。別に機能を止められている訳でも無いだろう」
「まあ簡単に言うと貴方を知ることですね」
「知る? なにを」
「個人情報とかではないですよ。でも個人情報って言えるのかな・・・・・・なんて言ったら良いんでしょう。まぁ貴方に説明しても理解できないと思うので。あ、ここ右です」
物の声に反応して自動艇は進路を右にとった。ここら辺は新しく舗装されている。こちらの方が近道なのだろう。
自動艇は
「なんだよそれ。俺を馬鹿にしているのか?」
「貴方が気に病むことはありませんよ。これは仕方のないこと、摂理なので」
「まぁ人間に君たちのような記録媒体も演算機能も付いてないからな。ある意味で人間は君たちに負けているのかもしれない。でも話すだけ話してくれよ。気持ちが悪い」
「スペックの問題じゃないんですけどね・・・・・・私は貴方が に か、調べに来たんです」
「もういいよ」
「だから言ったのに」
またこれだ。こいつ口を動かしながら音声を止めてやがる。重要な所は話さないようにプログラムされているのか。ただただからかっているのだろうか。物におちょくられると腹立たしさを覚える。
暫くして自動艇は路肩に着地した。得意先の少し小さな工場に着いたようだ。外観は少し寂れている。
自動艇から降りると、オフィスから初老の男が出てきた。
「そろそろだと思っていたよ」
「いつもお世話になっております。すみませんわざわざ出て来ていただいて」
「なぁに、良いんだよ。おお、動いたか。良かった良かった。流石だね」
「いえ私は何も。次に仕事があるのでここで失礼します」
「気をつけてな。ありがとう」
頭を下げて自動艇に乗り込む。行先はN-50023の現場。同僚を待たせすぎると面倒なことになる。
変わった仕事も終わり、またいつもの様に単調な作業の始まりだと思うと少し憂鬱な気分になる。それにしてもアイツは変だった。見た目も仕草も、新しいようでどこか不良品のようだった。また壊れたらうちに持ってくるだろう。その時にはもう少し調べてみたい。
「はじめての外はどうだったかな」
初老の男は先程の優しい雰囲気をガラリと変えて、冷たいものを纏った。
「少しは楽しめましたよ。この世界ってヘンテコですね。要らないものだらけ」
「
「まぁ普通に動いていましたよ。人間そっくりに。それにしてもお父様も悪趣味ですね。必死に私とペアリングしようとしていましたよ。
「私だって少しくらいは申し訳なく思っているよ。でもこれは必要な事さ。ⅶがどの程度抑制されてもエラーを起こさないのか知りたかったものでね」
少女の外装をしたものは拳を握りしめ、男の方を見つめた。機能としては高水準のもので、顔をしかめ、目を潤し、手には汗をかいているようだ。
「私も・・・・・・私もアレになるんですか?」
「さぁ、どうだろうね。それは“不安”というものかい?」
「さぁ、どうでしょうね。これは幾億とあるデータの集合体なのでしょうか」
男は興味深そうにしながら、またオフィスの中に消えていった。
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