第11話雪乃
放課後、明日から試験ということで私はクラスメイト数人と図書室で勉強をすることにした。
「さっき五つのタイプを説明しましたけど、この場合はどれに当てはまると思いますか?」
「えっと・・・あっ、等比数列だから」
「そう。二番目のタイプに当てはまるわね。じゃあ解いてみて?」
「はい!」
千早さんがクラスメイトの子に教えていた。
「で、ですね伊澄ちゃん」
「なんでしょうか、エリカさん」
「あたしもあれくらい丁寧に教えていただいたら嬉しいんですけど・・・」
「ですからね、そのためにはまずはエリカさんがどのくらいできるのかを見せていただかないと」
エリカの前には、教科書の練習問題のページが開いている。
「うう・・・」
「もしかして、一問も解けないとかそんなことはありませんよね?」
一瞬、エリカがぎくぅっとなったのがわかった。
「実は・・・若干どの問題にも意味がわからないところがあったりなかったり・・・」
「なるほど。少し安心しました」
「えっ?」
「問題の意味そのものが分からないと言われたら流石に困るところでしたけど、授業はちゃんと聞いているみたいですね」
「あ、うん・・・。でも、分からないまま先に進んじゃったから」
「じゃあ落ち着いて一つずつ問題を解いていくことにしましょう。意味がわからないところが出てきたら教えてください」
「や、やってみる」
そしてーーー
「うぅ・・・」
エリカが机に突っ伏していた。
「大丈夫ですか、エリカさん?」
「ちょ、ちょっとでも伊澄ちゃんが優しいと思った私が莫迦でした・・・」
いや、そんなこと言われても・・・。
「試験は明日ですから必要な範囲は身につけなきゃ駄目でしょう。いわば愛の鞭です」
「だからって、こんな似たような問題いくつもいくつもやらせなくてもさぁ」
こういうものは教わってすぐは覚えられるけど、しばらくすると忘れてしまうものだ。
だから、身につけたらすぐに類題をたくさん解いて刻み込むのが一番なんだけど。
「試験で点数が取れなかったら、そのときは文句を聞きますから今は頑張ってください」
「ん、もう・・・」
そう言って渋々問題を解き始めるエリカ。
覚えは悪いけど、頑張り屋であることは確かだ。
「分からないところがあったらいつでも聞いてください」
エリカにそう言い置いて、私は自分の勉強用に本棚を物色しようと席を立った。
「それにしても大きいなぁ」
学校の図書室としてはかなりの広さと貯蔵数だ。
種類も豊富で、小難しい本から若者向けの文庫まで揃っている。
「あら・・・」
そんな書棚の向こうに見覚えのある金髪の女の子がいた。
学習机に向かっているツインテールに結ばれた黄金の髪が小さく揺れていた。
先日部活の勧誘で声をかけてきた華道部の子だ。確か雪乃さん。
試験勉強・・・と思ったけど、ただ読者をしているだけのようだ。
「ん・・・んんっ・・・・!」
読み終えたのか、一区切りついたのか腕を上げると、ゆっくりと伸びをした。
・・・ちょっと声をかけてみようか?
「ごきげんよう」
「え・・・あ、はい、ごきげんよう」
突然声をかけられてきょとんとしたが、すぐに私のことを思い出したようだ。
「伊澄お姉さまですね」
「あら、よく覚えてらっしゃったわね」
「エルダーのお姉さまを忘れるわけがありませんわ。でも、何故私に声をかけてくださったんですか?やっぱりこの髪を覚えていらっしゃったから?」
「貴女だと気づいたのは髪のおかげが大きいですが、声をかけようと思ったのは独りだけ読書をなさっていたからです」
周囲の試験勉強をしている生徒と同じくらい熱心に本を読んでいた。
「ああ・・・試験期間は部活がありませんからなんとなくここで読書をするのが習慣になっているんです」
習慣か・・・そんな場当たり的な集中力ではなかった気がするけど、それが雪乃さんの資質というものかもしれない。
「雪乃さんは、試験勉強はしないの?」
「してもいいんですけどね・・・そんなに成績よくないんです。ですがまぁ、今更感が強いといいますか・・・既済の勉強で獲得した分で勝負しようかと」
「・・・今更試験勉強なんて潔しとしない、という意味?」
「いえいえ、しない方が自分の純粋な学力を測ることができるのではないか・・・と、プラスに考えていただけないものですか」
・・・つまり、『今の学力でも試験は乗り切れるから勉強しなくていいかな』と云うことだろうか。
「なるほど、解りました・・・そうそう、雪乃さん。楓子に伝えていただける?『試験が終わったら久しぶりに部室にお邪魔します』と」
「えっ?お姉さまは、かえちゃ・・・いえ、御前とお知り合いなんですか?しかも呼び捨てになさるような」
「ええ・・・ちょっとした偶然の引き合わせなのですが」
しまった、ちょっと無神経だったかな。
「あっ!伊澄ちゃん、こんなとこにいた!」
背後から声が上がる・・・エリカだった。
「エリカさん」
「もう、人にさんざん苦労させておいて自分は可愛い後輩とお喋りなんて」
エリカがぶーたれている。でもそれはエリカのためなんだけどね。
「ふふ、申し訳ありません。ですがここは図書室ですからもう少しお静かに・・・」
「うわっと・・・」
口の前に人差し指を当てると、エリカも慌てて口を手で塞いだ。
「では、雪乃さん。これで失礼しますね」
「はい。御前には伝えておきますね。ごきげんよう、お姉さま方」
私はエリカと一緒に自分の席に戻ることにした。
そして、帰り道。
「はあぁ、疲れたぁ」
「エリカ大丈夫?今夜も勉強するんでしょう?」
「まあね。でも、後は数学以外に注力すればいいみたいだし、そんなにきつくはないかな」
そう言いつつ、エリカはあくびを噛み殺している。
「さっきの子、茶道部の子だっけ?『謎の金髪ちゃん』だよね」
「なぞの、きんぱつ?」
どういうことだろう。金髪に謎もへったくれもないような・・・。
「あの子、家族全員が見た目普通に日本人なんだって。だから何世代か前に外国人が居たんじゃないかって話みたい」
「・・・そうなんだ」
それは恐ろしいほど低い確率だけど、ゼロではない以上起こり得るのだろう。
「それは、結構大変だったんだろうね」
「大変って何が?」
「この国は見た目がみんな同じだから。人と違うと、それなりに苦労することがあるということだよ」
「ああ、なるほど」
そして、深夜。
「うーっ、美味しい!」
「そうですか?」
どういったわけか、私はエリカの試験勉強の夜食を作らされていた。
前に作ったサンドイッチが好評だったらしく、どうしてもとエリカに頭を提げられたからなんだけど。
「この前作ってもらったのがすごく美味しかったから、他のレパートリーも気になっちゃって。この卵サンド何が入ってるの?見た目は何の変哲もない卵サンドなのに味が全然ちがう・・・」
「少しだけスイートチリソースを入れてるんです」
「たったそれだけなの!?びっくりするぐらい味が違うわ」
「隠し味ってそういうものですから」
そして、匂いを嗅ぎつけてラウンジに来た愛花さんにも振る舞う。
「これは美味しいですね、かなり美味しい!」
「ふふ、お褒めいただいて光栄です」
「これ・・・生ハム?」
「ええ、生ハムに薄くスライスした洋梨にカッテージチーズを添えて。クセ付けも兼ねて野菜はルッコラにしました」
「チーズ入りでコクがあるけど、野菜の辛味でさっぱりと食べられるわ」
「さて、こんな時間に間食しちゃったし、私も試験勉強頑張ろうかな」
「ええ、頑張ってください、愛花さん」
こうして、試験前夜は更けていった。
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