第9話新エルダー誕生
そして、ついにエルダー選挙当日を迎えた。
「何だかすごい熱気ですね・・・」
「そうね・・・さしずめアイドルのコンサート会場といったところですわね」
私は千早さんと講堂内でそんな会話をしていた。
楽しそうに千早さんは笑っていたが、私はとてもじゃないがそんな落ち着いた気分にはなれなかった。
私は、朝からクラスメイトたちや移動教室ですれ違う他クラスの生徒や下級生たちから激励の言葉や、支援の確約などを受け続け・・・。
嵐の渦中にいる中で、放課後を迎えてしまっていた。
「うは、うへ。うふふふ・・・」
列の前の方でエリカが不気味な笑いを浮かべている。
私は、背中に何やら良くないものを感じていた。
「こほん・・・えー・・」
舞台壇上で奈緒美先生が咳払いをすると、聞こえていたひそひそ声がぴたりと止んだ。
学校行事とはいえ、本来は生徒主導で行われるエルダー選出。
「選出委員会の生徒や、生徒会長もエルダーに選出される可能性があるから、発表は毎年先生が行ってくださるの」
「ああ、なるほど・・・」
私の疑問に答えてくれるかのように千早さんが教えてくれた。
「本年度の・・・」
静寂が耳に痛い。
それくらいにみんなが奈緒美先生の次の声を聞き逃すまいとピリピリしてるのがわかる。
「本年度のエルダー・シスター選考委員会による集計が出ました。有効投票数の88%の票を獲得した生徒がいますので、この時点をもって決定とし、発表いたします」
ざわざわ・・・。
88%という数字を読み上げた時点で室内のざわめきが膨れ上がる。
譲与を待たずに85%以上を獲得した生徒は過去に数人しかいないという話だから至極当然のことだろう。
そんなすごい数字を聞いて、それはきっと自分ではないだろうと安心感がやってきた。
「本年度のエルダー・シスターは・・・」
再び講堂内が静寂に包まれる。
みんなが次の言葉を固唾を飲んで待っている。
「・・・A組の宮村伊澄さんです!」
講堂中から、わあっと歓声が上がる。
「・・・・・・うそ・・・?!」
だって今、得票数88%とか言わなかった?
「おめでとうございます、お姉様!」
「すてきですわ、お姉様!」
「さあ、お姉様。壇上にお上がりくださいませ!」
みんなに肩を押され、握手を求められながら壇上に押し上げられる。
「ふふ、おめでとう。伊澄さん」
舞台に押し上げられると、奈緒美先生が手を取ってくれた。
「さあ、選んでくれたみんなの方を見て。お礼と就任の挨拶をしないとね」
「で、でも、私なんかでいいんですか!?だ、だって・・・お」
「いいからいいから。みんなが選んだんですからね?」
私の肩を優しくつかむとくるっと回れ右させられた。
「うっ・・・」
・・・これはきっと、悪い夢に違いない・・・。
みんな固唾を呑んで私の方を見ている。
「さあ、一言挨拶を・・・」
「えっ・・・あっ・・」
私はマイクスタンドの前に押し出される。
「わ、ーーー」
「お待ちになってください!」
言いかけたところだった。
舞台の袖から鋭い声が上がる。
「瑞希さん!?」
袖からゆっくり歩いてきたのは瑞希さん・・・生徒会長だった。
「わたくしは、生徒会長として今回のエルダー選挙に異議を申し立てます!」
おそらく生徒達には予想外であったであろう生徒会長の登場に再び講堂内がざわめき始める。
「別段、わたくしは宮村さんの就任自体に異議を唱えているわけではありません・・・ですが。エルダー・シスターは本来、わが校の代表。学園の伝統を受け継ぐ者としての代表を選出する制度だったはずです。それを人気投票と取り違え、転入したばかりの彼女がたまたま容姿端麗だったという理由で祭り上げるなど・・・伝統あるわが校のエルダー制度に対してあまりにも侮辱的ではありませんか?」
「・・・・・・・」
「宮村さんが悪いわけではありませんが、どうかこの制度の伝統的な意義というものをもう一度よく考えてみてください」
「瑞希さん・・・」
「あなたには申し訳ないけれど、ここは譲るわけには参りません。ですからーー」
そう瑞希さんが言いかけた時だった。
「お待ちなさい!!」
凛と通る一筋の声が、今度は生徒達の方から聞こえた。
「千早さん!?」
千早さんが一声あげると、壇上までの間の生徒たちが一斉に左右に分かれる。
その様はまるでモーゼのようだ。
長い髪を優雅にたなびかせながら、千早さんはゆっくりと壇上に上がる。
「今のわたくしに発言権はありませんが、無礼をお許しいただけるかしら?」
「は、はい・・・」
発言権がないなどと言っているが、あれだけのカリスマ的な行為を見せられるとそれが建前であることは瑞希さんにも分かる。
もしこれを見てしまった後だったら、私も千早さんと友達になろうなんて思わなかったかもしれない。
「確かにエルダー制度は、わが学園に於いて伝統をもって尊ばれてきた制度です」
千早さんは、生徒の方に向き直ると、柔らかい中にも凛とした声で語りだした。
「それは代々のエルダーが『理想の女性』を体現してきた弛まぬ努力の結果です。残念ながらわたくしはその歴史に泥を塗ってしまいましたが・・・」
「ち、千早さま・・・そ、そんなことは・・・」
「ですが、だからこそ云わせていただきます。エルダーの資格は複雑なものではありません。その原動力は、生徒の自主的な推薦と、それに伴う憧憬です。生徒多数によって選ばれ、生徒全てが目標とする対象。それがエルダーの誇りであり原動力であるはずです。大事なことは、ここにいる宮村伊澄さんが生徒達から絶大な支持を得たという一点の事実!それこそが、皆の憧憬の対象となるべきエルダーの本質であり、また唯一の必須条件ではないでしょうか!どうか、他校からの転入者だからなどという不寛容な理由で本来の投票結果を歪めるような行為を正当化しないで頂きたいのです・・・前年度のエルダーとして、わたくしはそれをこそ許容することはできません!」
わあっと生徒達が歓声を上げ、瑞希さんは気圧されて一歩下がる。
「くっ・・・」
「認めて・・・頂けませんか・・・・瑞希さ、ん・・・っ」
その時、千早さんの身体が不自然に揺れ始めた。
「ち、千早さんっ!?」
「千早さまっ!?」
きゃあぁぁぁ!
講堂内から悲鳴が上がる。
どさっ!
倒れかける千早さんを私は抱き留める。
その表情は苦痛に歪み、その腕は私の袖を弱々しくつかむ。
そういえば千早さんは病弱だって・・・。
それなのにこんな無理を・・・!
「待ってて、千早さん!今保健室にっ!」
私は無我夢中で千早さんを抱えて壇上から飛び降りた。
きゃああーーっ!
再び講堂内から声が上がる。
私はそんなことは気にする余裕もなく、そのまま保健室に走った。
千早さんを抱えたまま保健室に入ると、養護の先生は驚いていた。
けれど、状況を理解すると先生は千早さんをベッドに横にすると、千早さんが持っていた薬を飲ませてくれた。
常習的な発作で、苦しそうに見えるが命に別状はないとのことでとりあえず事無きを得た。
「ごめんなさいね・・・お恥ずかしいわ。柄にもなく熱くなってしまって・・・」
「そんな、千早さん・・・」
「まさか抱きかかえられてしまうとは思わなかったわ・・・伊澄さんはやっぱり・・・なのね・・・」
養護の先生がいたからか、千早さんは肝心なところは声に出さなかった。
倒れたというのに、思いやりのある人だ。
「ね、お願い・・・講堂に戻って?あなたは真実エルダーになる人だと思うの」
「千早さん・・・でも」
どうしてそこまで・・・。
「私は、大丈夫・・・だからお願い」
「・・・・・・」
私には分からなかった。だけどこれだけは云える。
「わかりました・・・千早さんがそこまで言うのなら」
自分には分からない。けど、千早さんは信じられる。
「・・・ありがとう」
そして私はゆっくりと立ち上がった。
わあぁぁぁ!
講堂に入った途端に歓声が上がる。
「えっ!?」
「おかえりなさい、新エルダー宮村伊澄!」
そう出迎えたのはエリカだった。
「えっ、でも反対動議は・・・?」
「もう、そんなの一発で否決に決まっているじゃない!あんなかっこいい姿を見せられたら誰がなんて言ってもYESになっちゃうわよ。全く、いきなり千早さまを抱えて走り出すんだもん。バレちゃうかと思ったわよ」
「あっ・・・」
そうか、今は女の子なんだった。
「でもおかげでこんな騒ぎになっちゃった。今やあなたは私の工作なんか必要ない立派なエルダーだわ。さぁ、壇上に」
わあぁぁぁっ!
私が壇上に向かうと更に歓声が高まる。
「おかえりなさい、伊澄さん」
「奈緒美先生・・・」
「もう誰もあなたがふさわしくないなんて言わないわ。あなたは今、全生徒の憧憬の対象となったのよ、真実の意味でね」
「・・・はい」
「さあ、就任の挨拶を。選んでくれたみんなに、ね」
さっきと同じように、私の肩を優しくつかみ、回れ右させる。
・・・信じてくれた千早さんのために。
・・・選んでくれたみんなのために。
私は、何をいうでもなく、ゆっくりと頭を下げた。
わあぁぁぁ!
再び顔を上げると、講堂内は喝采に満ちていた。
「・・・まあまあ。過去最高に奥ゆかしいエルダーの誕生ね」
奈緒美先生が優しく笑いながらそう言った。
「おめでとうございます!お姉さま」
「おめでとうございます!」
「わたくし達、お姉さまを支持いたしますわ」
歓声の中からいくつもそんな声が上がる。
「・・・伊澄さん」
鋭い声に振り返ると、瑞希さんがいた。
「瑞希さん・・・私は」
ゆっくりと瑞希さんは首を横に振る。
「あなたがエルダーになったのは全校生徒の意思。謝罪は必要ないわ。けれど、私は納得したわけではありません。覚えておいてください。では、ごきげんよう」
瑞希さんはそう言いながら講堂を後にした。
「瑞希さん・・・」
そうして、私のエルダーとしての日々が否応なく幕をあけたのだった。
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