第7話お喋りの練習

 翌朝、クラスメイトの常磐さんが話しかけてきた。

「伊澄さん、エルダー選挙の投票用紙です。お渡ししときますね」

「常磐さん、ありがとうございます」

「私も伊澄さんに1票入れさせていただきますわ」

「まあ、常磐さんまでそんなことを・・・」

「いえ、うちのクラスはほとんどの方が伊澄さんに投票するみたいですよ?頑張ってくださいね、ふふふ」

常磐さんはそう言って微笑むと自分の席に帰っていった。

「それにしても・・・ねえ千早さん」

「なんでしょう?」

「千早さんはともかく私が選ばれるのはおかしくないですか?」

「ふふ、伊澄さんは本当にご自身に自信がないんですのね」

「そうは云っても何せ・・・」

男ですから・・・僕は・・・。

そう思っていると、千早さんが笑った。

「そうね・・・あえて言うならこのタイミングで転校してきて、学校中の話題をさらい、成績優秀・眉目秀麗。さらに本人は控えめで、友人たちが彼女は素敵と声を大にする」

「・・・・・・・」

「ああ、それとわたくしも一役かっているみたいですわね」

千早さんはにこやかにとんでもないことを言う。

「一体なんで・・・?」

「それは無論、わたくしが昨年度のエルダーだからです。わたくしと一緒にいて、わたくしと対等に話をしているだけでもずいぶんと影響力があるんじゃないかしら」

「・・・・・・・」

それはもう言葉もない。だからと云ってそれを理由に千早さんと仲良くしないなんて本末転倒だ。

「はあ・・・エルダーか。一体どうして私をエルダーになんてしたがってるんだろう、エリカは」

「さあ、、それはわたくしにもわかりかねます。でも、わたくしにもはっきりと言えることはあります」

「・・・なんです?」

「宮村伊澄はきっとエルダーにふさわしいわ」

「ち、千早さんまで・・・」

「ふふふ、楽しみね。開票結果が」


 午前の授業を終えてお昼休み。

私は祈ちゃんとの約束を果たすために、すぐにお弁当を持って教室を出る準備をした。

「伊澄ちゃん、今日も祈ちゃんのとこに行くんだ?」

「ええ、約束したから」

「ふーん・・・あの子のこと、ずいぶんと気に入ってるのね。いやらしい」

「な、なんでそうなるんですか!もう」

そして私は中庭に向かった。

「ごめんなさい、少し遅れてしまったわ」

「い、いえ。今日はよろしくお願いします」

中庭に着くとすでに祈ちゃんが待っていた。

ひとまずお弁当を広げ、さっそく会話の練習をすることにした。

「とりあえず、もっとその場で思ったことを口に出していいんじゃないかしら」

「その場で思ったことを・・・ですか?」

「そう。例えば極端な話、『今日は良い天気ですね』とか、『お庭の薔薇が綺麗ですね』とかでもいいわ。もちろん単純すぎて話題が広がらないかもしれないけど、その辺は慣れだから練習あるのみね」

「は、はい」

「それじゃあ、えっと、祈ちゃんが今思ったことを口にしてみて?」

「え!?今ですか?」

「うん。照れたりしないで、私が会話を合わせるから言ってみて?」

「わ、わかりました。では・・・い、伊澄お姉様は今日もお綺麗ですね」

「えっ!?」

「綺麗で優しくて、暖かくて、わ、私・・・本当に憧れます・・・」

「そ、そうかな?ありがとう」

「わ、私そんな伊澄お姉様が!そのーー」

「わわっ、待って!ごめんなさい、思ったことを口にしてって言ったけど・・・こ、これはなんか違う気が!祈ちゃんが一方的に喋ってるだけだし」

「あっ。そ、そうですね。すみません」 

「う、ううん。私も考えが甘かったわ。思ったことを口にするだけじゃ、会話が成立しない時もあるわよね。えっと、じゃあ次は好きなものの話をするのはどう?」

「好きなもののお話ですか?」

「ええ。自分が興味ある話題なら自然と言葉も出てくるでしょう?そういえば祈ちゃんはお魚が好きだったわよね。お魚の話題なんてどう?」

私がそう切り出すと、祈ちゃんは喜んで魚の話題を話してくれると思ったのだけど、意外にも沈んだ声で答えた。

「すみません・・・お魚の話は駄目なんです。お父様に止められてて」

「えっ、それってどういうこと?」

「実は私、昔からお魚の話をすると話を止められなくなるんです。この前も親戚の伯父様に5時間も話をしてしまって、それが原因で腰を痛めてしまわれて・・・」

「ご、5時間も・・・」

残念だが、この方法は却下だな。

「うーん、じゃあ次はこんなのはどうかしら?」

私はまた違う案を出して、祈ちゃんと会話の練習を続けてみた。

しかし、実感できるほどの効果をあげられずお昼休みも終わりが近づいてきた。

「あ・・・もうこんな時間?ごめんなさいね。偉そうにアドバイスしたくせに、あまりお役に立てなかったみたいで」

やっぱり慣れるしかないんだろうか?

これは時間がかかりそうだ。

「そ、そんなことありません!私、ここで伊澄お姉様とお話するだけでもたくさん勉強になってます。だから・・・明日もまた、色々教えてほしいです・・・駄目でしょうか?」

「もちろんいいわよ。祈ちゃんさえよければ、明日もここで頑張りましょう」

「は、はい!」

笑顔で返事する祈ちゃんは本当に可愛かった。

祈ちゃん、こんなにいい子なのにお友達ができないなんて信じられない。

きっとクラスメイトは見る目がないのだろう。私なら他の子をかきわけてでも祈ちゃんと仲良くなるのに・・・。

早く祈ちゃんにお友達ができるといいな。

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