第6話『御前』

 放課後の帰り道、新入生を対象とした部活の勧誘が行われていた。

その中で目についたものがあった。

「きれい・・・」

それは丁寧に生けられた生け花だった。

「あのっ!生け花にご興味がおありですか!?」

声をかけてきたのは金髪碧眼の少女だった。

「あ、いえ、私も少々華道を嗜んでいましたので・・・。これはあなたが活けたの?」

「いや、これは部長が活けたやつです。それよりもし良かったら華道部に入りませんかっ?」

「ごめんなさい。私はもう三年生ですから部活に入るつもりはないんです。というより部長さんはいらっしゃらないのね」

「あ、部長はたぶん園芸部の花壇の方に・・・」

ん?なぜ華道部の部長が園芸部に?

「花壇があるんですね」

「そうよ。並木道を右に曲がったところにあるのよ」

エリカが教えてくれた。

「へぇ、全然知らなかった」

「良かったら見に行ってみる?」

「そうね。散歩がてら行ってみましょうか。そういうことですので、私たちは失礼しますね。えっと・・・」

「あ、私は華道部副部長で2年A組の佐倉雪乃といいます」

「私は3年A組の宮村伊澄です。じゃあ、またね」

「はい、失礼します。あっ!そこの人〜っ」

別れの挨拶をすると、雪乃さんは次のターゲットめがけていった。


 そして私達は花壇へやってきた。

「大きな花壇・・・」

部活動の花壇というからもっと小ぢんまりとしたものを想像していたのだけど、まさかこんな立派なガラス張りの温室まであるなんて。

「あら・・・お客様ですね。入部をご希望の方ですか?」

二人で温室を眺めていたら、部員らしき少女に声をかけられた。

長い黒髪の清楚な、いかにもなお嬢様だ。

「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど。この子転入したてで花壇を見たことないっていうから見学に来ただけなのよ」

エリカが説明してくれた。

「そうですか。それは残念です。せっかく部員が増えると思ったのですが」

「こんな時期ですからね。申し訳ありません」

勘違いさせてしまったようだ。

糠喜びさせてしまって申し訳ない。

「ちょっと楓子さん、そのまま華道部に連れて行かないでよね?」

すると今度は奥から別の部員が出てきた。

えっ?華道部?

「大丈夫ですよ、奈津子さん。そんな真似はいたしません」

「ところで、ここ見学させてもらっていいかな、華道部の部長さん?」

華道部の部長・・・?じゃあ、さっきの生け花はこの子が・・・。

うまくは言えないけど、洗練された上品さを持っている人だと言える。

本人を目の前にすると、さっきの生け花が派手に見えてくるくらい・・・という感じだろう。

「えっと、入部希望というわけではないのね?」

おそらくこちらが正しい園芸部の部員さんなのだろう。

期待させて申し訳ない気持ちになる。

「ええ、申し訳ありません。何しろもう三年生なものですから」

「そうですか。残念です。今は部員はほとんど部活の勧誘に出ているからロクに案内もできないけれど、好きなだけ見ていってくださいな」

「ありがとうございます。そちらの方は園芸部の方ではなかったのですね」

そう云われて、横で楽しそうにしていた華道部の部長が少し首を傾げた。

「そういえば・・・上級生のお姉様だというのにお目にかかったのは初めてのように思います」

「今年からこの学園でお世話になることになりましたもので・・・宮村伊澄と申します」

「わたくしは華道部の部長を務めております財前楓子と申します・・・。で、そちらが正真正銘園芸部の部長さんの日比谷奈津子さんです」

「・・・・そう言われると、華道部より園芸部の方が偉いような気がしてくるから不思議よね・・・」

奈津子さんがつぶやいた。

「実際偉いのではないのでしょうか?こうして華道部のわたくしがお手伝いに来ているのですから」

「それはないわね。『御前』と呼ばれて注目を集めている楓子さんに、何土いじりなんてさせてるのよって怒られるのが関の山だわ」

「奈津子さん、あまりいじめないでください・・・」

「あはははっ・・・」

奈津子さんは楓子さんをからかうように笑うと温室へ戻っていった。 

「御前・・・?」

私はよく分からず尋ねる。

御前っていうと、巴御前とかのあの御前?

「うん。御前はね、才色兼備でとても人気があってね。お姫様みたいだってことでそう呼ばれてるってわけ」

「まあ、エリカお姉様までそんなことを仰るなんて・・・」

まあ、自分から進んでそう呼ばれてるわけじゃないってことか。

「では、少し花壇を拝見させていただきますね」

「ええ。もっとも、わたくしが管理しているわけではありませんけれど」

楓子さんはそう言って笑うと、自身も草花の手入れに戻った。

確かに、その優雅な立ち居振る舞いと土いじりとではかけ離れた感がある。

そしてしばらく眺めていると、作業を終えた楓子さんが戻ってきた。

「あら、まだいらしてくれていたのですね」

「ええ。そういえばどうして華道部の部長さんが園芸部のお手伝いを?」

「そうですね。園芸部には時折、季節の草花を提供していただいているご恩返しに・・・というのは建前で、単純に土を育むことが、草花の手入れが好きなのです。ですが家では『そんなことはするな』と言われていまして。ですから学園では華道部に所属していることにして、ここで内緒で草花のお手入れをさせて頂いてるのです」「なるほど・・・そういうことですか」

つまり、楓子さんは家柄のあるお嬢様だけれど、本人はそんなことは気にしないということだろう。

見た目よりも、少し強い気性の持ち主なのだろう。

それならさっきの作品の生気に満ちた活け方にも納得がいく。

「そういえば先程並木道で生け花を拝見いたしました。あれは楓子さんの作品だそうですね」

「ええ。お恥ずかしいのですが・・・何しろ部長になってしまったものですから展示用のお花を用意しないわけにはいかなくて」

「そうですか?とても素敵なものだと思ったのですが」

私の言葉に楓子さんは少し顔を赤らめた。

「そう言っていただけると嬉しいです。伊澄お姉様は生け花をたしなまれるのですか?」

「ええ。たしなむ、というより、やらされているのほうが正しいでしょうか」

「ふふっ、それはいずこも同じ・・・というわけですね」

楓子さんは楽しそうに笑う。つまりは、そういうことなのだろう。

「もしよろしければ、華道部にも遊びにきてください。部員でなくとも歓迎いたします」 

「はい、ありがとうございます」

「あら、社交辞令ではありませんよ?本当に遊びにきてくださらないと」

・・・社交辞令だと思って返事をしたら、顔をのぞき込まれてしまった。

本当に聡明な人だ。

「ふふ、わかりました。では後で必ずお邪魔させていただきますね」

「ええ。お待ちしておりますから」

その言葉に、楓子さんは優しい笑顔を添えてくれた。

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