第2章 不思議な旅 第14話 567 

今年の日差ひざしはなんだかとりわけ気持ちが良い。

近年、都市部に住む私達はおびえて遠慮えんりょがちに暮らしていたが、

こうやってのびのびと羽を伸ばせるときがやっと来た。

どなたさまのおかげか分からないが、誠にありがたいことだ。


と、感じているのかは分からないが、近所の緑地公園りょくちこうえんにはムクドリのむらがりが

安住あんじゅう住処すみかを得たように思い思いにさえずり、可愛かわいげな姿で地上を満喫まんきつしていた。


567《コロナ》様は、それまで猛威もういを振るい国内だけでも

年間約1万人を滅殺めっさつしていたインフルエンザ等の伝染病でんせんびょう等を死滅しめつさせた上に、

動物たちにはつかの間の安息あんそくを与えていた。


動物の運命も霊長類れいちょうるいの人間しだい。

それぞれの役割は自然に決まってはいるが、人間とかかわりを持った因果いんが

人工的に扱われる者達もいる。

飼われ、喰われ、使役しえきされる。


使役されるものの中でも、人間に対して重責じゅうせきわされる者までいるらしく、

5年間、地雷除去活動じらいじょきょかつどうに努めてきたマガワは惜しまれつつも現役を終え、

ようやく好物を楽しめる生活が許されるという。

彼の余生よせいがどれくらいあるかは知らないが、ともかくありがとう、お疲れ様でした。


同じネズミでも、ゲノム編集へんしゅうされて、私達人間の遺伝子いでんしまれ、

恐らく人間的な肺等をデザインされた彼らの命は、需要の高まりに応じ、

梱包こんぽうされて出荷先ごとに振分けられて物流にのせられ運ばれていく。


ゲノム編集に魅せられた科学者は、臓器を取り出す目的で、

禁忌きんきを犯しキメラを創り出す。


そんな漫画みたいな出来事が、現実となり、

警告を与えていた昔の漫画は予言書よげんしょになってしまった。


人間だけが生息数を激減させた世界の未来なら、

その物語は間違いなく人の暮らしぶりを伝える遺跡いせきとなるのだろう。


そんなマッドな領域りょういきに希望をたくして突き進む彼らの、神テクニカルボーイは、

命の尊厳そんげんとは対極たいきょくを成しているかのように思われ、

どんな恩恵おんけい結末けつまつめぐたまうかは疑問だ。


マッドなオペレーションは人間自身の見てくれや身体機能しんたいきのうも、

もちろん操作対象そうさたいしょうにする。


命をデザインして病気を無くそうとする、

その病的な思想はどうやって治すのだろうか。


生物多様性せいぶつたようせいを認める社会は、価値かちの多様性を阻害そがいして、

世界観をあらためることなく身体的しんたいてきなことだけを変えることで、

全てを解決の道とする愚策ぐさく邁進まいしんしたいのだろうか。


原因があって結果がある。


調和が調和を生み、不調和が不調和を生む大調和だいちょうわの中にうごめく私達は、

いつの時代から、大自然の恩寵おんちょうあがめることを忘れ、

いつまで結果とってあらわれた、現象げんしょうだけを追いかけて

程度の低い科学に幻惑されて過ごすのだろうか。


高々、レンズの中だけに見える世界に答えを求め、

その世界観だけで過ごすのはいつまでだろうか。



れい」という言葉を使うと、自分達自身が靈妙れいみょうな存在だと気付かず、

生命さえも物的にあつかれしだしたこの時代の人間は、

まるで如何いかがわしいものを見るような感覚におちいってしまった者達が主流だった。


かみたましいれい、宗教的に感じるものを、科学的に証明しようと目論もくろんだ

科学界や思想家の巨人は少なからず存在したが、

見えないもの、実体のない感じるたぐいのものをとらえられる技術ぎじゅつ力量りきりょうは、

未だに空気や素粒子そりゅうし程度にとどまり、

世界の構成単位こうせいたんいを把握しうる恩恵はもたらされずにいた。


すべてがかみじゃ、よろこびじゃ」  「一神いっしんにして多神たしん、多神にして汎神はんしん


風もないのに御幣ごへいれる、目の前にだけ降らせた霧雨きりさめにじける、

普段ふだん見慣みなれない鳥がり立ち一声ひとこえ甲高かんだかく鳴き立ち去る、

陽光ようこうし始めどこからともなくちょうい来る、

時には人を介し激励げきれい感謝かんしゃを伝えてくる。


神社じんしゃ仏閣ぶっかく石碑せきひ等を訪れ参拝さんぱいしたさいなど、人によって差異さいはあろうが、

見えない世界からのコンタクトは何らかの出会いという形で

当人とうにんにはそうとしか思えないサインとタイミングでのぞんでくる。


因縁使命いんねんしめいにより、誰でも際立いわだった体験をするとは言えないが、の中ではどうだろう。


和風わふうなものにかかわらず靈験れいけんのある人達にとって、感じる世界だけに、

見えない世界を伝えることは困難なことで、ただただ認知的不協和にんちてきふきょうわを生じ、

キリストの再臨さいりん五六七みろく下生げしょうなどの救世主きゅうせいしゅ救済きゅうさいだけは、皆が待ち望んでいた。


もやもやした気持ちを抱えながら暮らしたのは、

証明の作業に打込んだ功績こうせき後継者こうけいしゃたちの努力により成熟期せいじゅくきを迎えるまでだった。


全てがきわまった時代だった。


いつもそばにあった世界を認知にんちし得た時、宗教は使命を終えて消え去り、

科学の世界は命をとうとび、それまで以上の発展期はってんきを迎えた。


いちぜん、全は一」

真理しんりとびらを開いた、錬金術師れんきんじゅつしのセリフ。

漫然まんぜんと見ていた画の中にも、サインはのぞんでいた。

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夜明け前 蜜泉彰竜 @show532reason

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