第9話 生贄

次の日私が目を覚ますと、柔らかく温かい感触を毛布の下から感じた。

私は驚いて、毛布をガバっとはいだ。そこには、気持ちよさそうに眠るステラちゃんの姿があった。

彼女はむくりと起き上がり、眠そうに眼をこする。

「……ご主人様、おはようございます」そう言ってステラちゃんは微笑んだ。

この子が世界の半分を滅ぼしたというのだから、驚きである。

「おはよう……どうして私のベッドに?」

「えっと、夜中に目が覚めて、ちょっと寂しくってついご主人様のベッドに潜り込んでしまいました……ダメ、でしたか?」

ステラちゃんが甘えるような表情と声で尋ねてくる。

素直にかわいいと思ってしまった。

その後私はステラちゃんの寝癖を直し、身支度を整えて、リーテさんの待つ食堂へと向かった。


食堂につくと、すでに朝食が用意されており、リーテさんが私たちを待っていた。

私たちはリーテさんに挨拶してからみんなで食事を始めた。

食事をしながら、今日の作戦が発表された。


今回は、前回ほど命の危険があるわけではないので、私は少しほっとした。

ステラちゃんもわりと乗り気の様だ。



また、大人たちが喧嘩をしている。

この村では、毎年誰か1人がステラ山のドラゴンに生贄として捧げられるのだ。

とはいっても生贄は毎年少女と決まっていた。

もうこの村には、一人しか女の子はいない。それが私だ。

喧嘩したところで、どうせ私が行くことに決まっているのだから、無駄なことはやめて欲しい。

生贄になるのは怖い。本物のドラゴンを見たことは無いが、ものすごく大きくて、黒くて、火を吐くそうだ。

そんな生き物に私は食べられるのかと思うと、怖くて仕方がない。

どうして私がこんな目に合わなくてはいけないのだろうか?

ずっとそんなことを考えてはきたが、答えなど出るはずもなく、私は妙に達観した子供になっていた。

そんな私も、明日には生贄になる。短い人生だった。


私には夢があった。それは王都にある魔術学校に通い、魔術師になることだ。

私には少しだけ、他人と違うところがあり、モノを治すことができた。

これは、物質的なものもそうだし、人のケガを治すこともできた。

もしこれがもっと強力な魔法だったら、私もドラゴンを倒して立派な魔術師になれたはずなのだ。

それこそ、あの四極の魔女の様になれたかもしれない。


大人の喧嘩を見るのが嫌で、夕方まで近所を散策していた。

一向に気持ちは晴れない。

家に帰ると、おばあちゃんが今まで見たこともないような豪華な料理を作ってくれていた。

私はウキウキしてしまった。

喜ぶ私を見ると、おばあちゃんはにっこり微笑み、

「たくさん召し上がりなさい」と言い、言ったそばから泣き始めてしまった。

おばあちゃんは泣きながら私を抱きしめた。

私も涙が止まらなくなってしまった。

どうして、私は明日死ななくてはいけないのだろうか?


家にはおばあちゃんと私しかいない。

数年前におきた戦争に駆り出された父は戦死し、回復魔法が使えた母も戦争に駆り出され戦死した。

私がいなくなったら、おばあちゃんは一人ぼっちになってしまう。

それが本当に心配だ。

しかし、私が生贄になることでおばあちゃんが助かるなら、まあいいか、と思ってしまった。


私はその後夕食を済ませ、村長の家へ呼ばれた。

「おお、来たな。わかってはいると思うが、明日、君はステラ山のドラゴンの生贄になる。明日の朝、この服を着て中央の広場に来なさい」

そういって村長は、私に白装束を渡した。

「……わかりました」

私は白装束を受け取ると、村長の家を後にした。


家まで歩いて帰る途中、私を見た村人たちがヒソヒソと話している声が聞こえた。

「今年はあの子が生贄か……」

「かわいそうに……」

「これで、おばあさんは一人ぼっちになってしまうね」

ああ、誰でもいい。神様でも、悪魔でも何でもいいから助けて欲しい。


私が家に着くと、おばあちゃんがお風呂を沸かしてくれていた。

お風呂から上がり、私はベッドへ潜り込んんだ。

するとおばあちゃんが私の隣へ横になり、大好きな絵本を読んでくれた。

私はこの絵本が大好きで、村娘が魔女に力を見出され、大魔術師になるお話だ。

おばあちゃんの優しい声を聞きながら、私は眠りについた。


翌朝目覚めた私は、白装束に身を包み、おばあちゃんと一緒に村の中央にある広場へと向かった。

広場には、村中の人が集まっており、山へ向かう馬車も用意されていた。

みんな各々私に声をかけてくるが、不思議と耳には入ってこなかった。

それ以上に、胸の鼓動が止まらない。

その音が、馬車に近づくにつれて徐々に大きくなっていく。

馬車の前にいた村長に一礼する。


その時突然、上空が暗くなった。

私も村人たちも空を見上げる。

誰かが叫んだ。

「ドラゴンが来たぞ!」

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