第6話 古龍

黒焦げになったドラゴンの脇を通り抜け、さらに奥へと向かう。

徐々に上り坂になってきて、大小さまざまな岩を上りながら古龍の住む場所へとさらに歩みを進めていった。

流石にきつい。少し休憩をはさみたいところだ。

私のペースが落ちているのに気が付いたリーテさんは、少しペースを落としてくれた。

そのまま岩山を上り、開けた場所に出た。

私は近くの岩に手をつき、呼吸を整えた。


すると、手をついた岩が妙に柔らかい。

「沙羅!手を放して!」

リーテさんが声を荒げる。私はびっくりして、ついた手を放しそちらを見た。

私には巨大な岩山にしか見えなかったが、その岩山は徐々に動き始めた。

私は何が起きたかわからず、立ち尽くしてしまった。

岩山は、ゆっくりと回り始めた。180度程回った位置で止まり、上の方から声がした。


「何者だ?我の住処に何の用だ?」

そして声の主はゆっくりと私のほうへ顔を近づけてくる。

私の目の前には、ものすごく巨大なドラゴンの顔が現れた。

「人間か?貴様らのような下等種族に興味はない。立ち去れ」

私は実際にドラゴンを目の当たりにすると逆に冷静になってしまった。

そしてリーテさんの作戦通りに行動を始めた。


「おい。そこの大トカゲ。お前は見れば見るほど気持ちが悪いな。お前はこの世に必要ない存在なんだよ、ごみが。そもそもトカゲの分際で偉そうな口をきくな」

私はリーテさんとの作戦を思い返した。


『沙羅。今から作戦を説明するわ。沙羅はドラゴンに会ったらとにかく暴言を吐いて』

『え?暴言ですか……初めて会ったドラゴンに何と言えばいいのでしょうか?』

『それはお任せ!ただ絶対に怯えたり、不安な素振りは見せちゃダメよ。常に自信満々に振る舞って』


これが作戦だというのだから恐ろしい。

私はとりあえず、前の世界で上司から言われたことがある暴言を、ドラゴン用にアレンジしてぶつけた。

「おい、聞いてんのか?お前さ、デカい以外に何か取りえあんのか?なあ、あるなら教えてくれよ。ほら。早く言ってみろよ」

「人間風情が……調子に乗るな!」

そういってドラゴンは口を大きく開き、吼え、威嚇して見せた。

明らかに敵意を持っているのを見るとさすがに怖い。

だが、怖がったような素振りは見せられない。

私は平常心を装い、恐怖を悟られぬよう大声で怒鳴った。


「うるせえ!声がでかいんだよお前は。元気の良さが通用するのは、はじめのうちだけだからな。それにさ、お前ちょっとは人に見られるっていう意識あんの?お前は不細工なんだから、ちっとは身だしなみに気をつけろよ。そんなんだからお前はダメなんだよ」


私は恐ろしい事に気が付いた。

暴言とは吐けば吐くほど、どんどん気持ちがトリップしていくのだ。

そして、この罪悪感と反比例して気持ちが高揚していく感覚。ああ、たまらない。

上司がなぜ毎日のように暴言を吐き続けていたのか理解してしまった。


ドラゴンはより怒り始めた。

「人間ごときが……消し炭にしてくれるわ!」

そういうとドラゴンは口を大きく開けたまま、口の中に火の玉を形成している。

火の玉は徐々に大きくなり、2階建ての家ほどの大きさになった。

これは確実に死んだと思った。


『暴言を吐き続けていくと、おそらくドラゴンは怒って何かしら攻撃を仕掛けてくると思うの。それでも絶対にその場から一歩も動かないで。その攻撃は、私が何とかするから』


本当に大丈夫なのだろうか?

もしリーテさんがこの攻撃を何ともできなかったら、私はドラゴンの言う通り消し炭になる。

信じよう。それ以外に今、私にできることはない。


そしてドラゴンは火の玉を放った。

迫ってくる火の玉を前に、ビルから飛び降りた時に見た走馬灯が再び脳裏をよぎった。

そうだ。私はこんなところで死んではいけない。私にはやるべきことがある。

あいつらに必ず復讐するのだ。

だからこそ、このドラゴンを何とかして、もっと強くならなくてはいけないのだ。


私に火の玉が命中したと思った瞬間、火の玉は突如として私の目の前から消えた。

何が起きたかはわからない。ドラゴンも口を閉じ目を丸くしている。


『ドラゴンの攻撃を何とかした後は、あたかもそれは自分がやったかのように強気に振る舞って』


「おい。そこのトカゲ。お前なんて大したことがないんだよ。たまたま今までうまくいっていただけに過ぎない。だから調子に乗るなよ、トカゲ。わかったか?」

「……くだらん。もう一度貴様を焼き払ってくれるわ!」

そう言ってドラゴンは再び口を大きく開き、火の玉を形成した。

みるみる火の玉は大きくなっていく。


『そしておそらくドラゴンはまた同じように攻撃してくるから、あなたは手のひらをドラゴンに向けて』


私はリーテさんに言われた通り、手のひらをドラゴンのほうへ向けた。

すると次の瞬間、大きく開いたドラゴンの口に上空から雷が落ちた。

その衝撃で口を閉じるドラゴン。形成されていた火の玉は、ドラゴンの口の中で爆発を起こした。

ものすごい爆音があたりに響き渡る。

私はひるみそうになるのをぐっとこらえ、そのまま強気な姿勢をドラゴンに見せ続けた。


ドラゴンの瞳にかすかな恐れが見えた。

ドラゴンは飛び去ろうと大きく翼を開き、飛び上がった。

しかしそこへ、上空から再び雷がドラゴン目掛けて落ちる。

ドラゴンはたまらず昏倒し、地面へと墜落した。


私は倒れたドラゴンの目の前へ歩み寄り、ドラゴンの目を見ながら、

「おい、トカゲ。どこに行くんだ?話はまだ終わっていないぞ?」と言った。

ドラゴンの瞳に明らかな恐れが見える。

私はほくそ笑みながら続けた。


「お前に今から選択肢をやろう。私に付き従うか、ここで死ぬか。選べ、トカゲ」

ドラゴンは黙ってしまう。

私は再びドラゴンに向かって手のひらを向ける。

ドラゴンは焦ったように答える。

「わかった、わかった!お前に従う!」

私は眉をひそめ、

「お前?おい、トカゲ。お前はまだ自分の立場が分かっていないようだな。誰に口をきいているんだ⁉︎」

「す、すみませんでした。あなた様に付き従います。いえ、付き従わせてください!」


そういうとドラゴンは、突き出した私の手に大きな口で、口づけをした。

すると私の右肩に熱い感覚が伝わってきた。

私は驚いて袖をまくり自分の右肩を見た。

そこには、紋章のようなものが刻まれていた。

ドラゴンは私の様子を見て話し始めた。

「それは、私たちドラゴン族に伝わる紋章です。あなた様に従うことを誓った忠誠の証。これから私と、その眷属たちはあなた様のものです。以後よろしくお願いいたします」

なんだかものすごいことになってしまった。

それにしてもこの年でタトゥーを入れることになったのはちょっとショックだ。


「おい、トカゲ。わかっているとは思うが、お前の存在などごみ以下だ。お前は私のために働く以外存在価値はない。わかっているな?お前のようなどうしようもないやつを面倒見てやっているんだ、その分しっかり働いてもらわないと困るんだよ……」

そこへリーテさんが現れ、私を止めた。


「沙羅!やりすぎよ。完全にオーバーキルだわ!」

私は暴言の魔力にすっかりトリップしきって自分を見失っていた。

ハッとした私はドラゴンのほうを見る。

うっすらとだが、ドラゴンが涙ぐんでいた。

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