9 雪宮さんの昔の話
十数分後、俺は雪宮さんの家……雪宮さんの部屋でガラステーブルを前にクッションに正座していた。
そう……雪宮さんの部屋である。
好きな女の子の部屋である!
いや冷静に考えてとんでもない状況ですよこれは。
もう無茶苦茶。
朝の俺はこうなる事を全く想像していなかったし、出来るわけがない。
こんなの想像出来たら超能力者だ。
……俺超能力者じゃん。
まあそんな訳でまさかの雪宮さん宅である。
「……やっべえ心臓がバクバクしてんだけど」
コーヒーを淹れに行ってくれている雪宮さんを待ちながらそう呟く。
いやもう本当に、心臓がえぐい。
この前の地区大会……俺にとって最初で最後になった公式戦をも上回る感じだ。
無茶苦茶激戦だったあの試合をもだ。
あの時は一回裏の守備で田中の球受けてたら結構落ち着いたからな。
まあこの状況と比べると、落ち着く程度の緊張だった。
でもこの状況の場合、ケアする方法すらなくて、それどころかより酷くなっていくしかない。
好きな女の子が自分にどういう感情を向けてくれているのかを知った。
その女の子と少し距離を縮めた。
それだけでもテンション上がり過ぎて訳が分からなくなっているのに、そこに来てその子の部屋に来ている訳だ。
まあ……想像はしていたけど、想像以上に緊張と幸福感で死にそう。
そして死にそうになりながら、周囲を見渡す。
うん……凄い女の子女の子した部屋だ。
……と、そこで額縁に掛けられた賞状やトロフィーが視界に入る。
そういや聞いた話だと、雪宮さんは中学の頃は結構名の知れたスプリンターだったらしい。
らしいというのも、過去の話。
俺がそれを見る事は殆ど無かったのだから、その時の事は良く知らない。
一年の頃に部活中に何度か目にした位だろうか。
すげえ頑張ってたのは遠目からでもよく分かった。
そこらへんを境に雪宮さんは怪我で陸上を止めている。
こればかりは無表情で心を読まなければ何を考えているか分からない雪宮さんでも、怪我をした当時の気持ちは分かる。
多分田中もその辺りは分かるんじゃないかな。
俺達もこの前の試合が高校生活唯一の試合になっちゃう位、色々あって怪我しまくって機会失いまくってたから。
……いや、最終的に機会が設けられて、全力も出せて。
そんで受験に失敗しなきゃこの先もやれる事を考えたら、それもできない雪宮さんに悪いか。
同じ括りにいれちゃ駄目だ。
と、そんな事を考えていると少し心が落ち着いてきた。
……まあ人の不幸話だ。テンション上がりながら考える事じゃねえし。
そりゃ少しは落ち着く。
平常心が返ってくる。
そして平常心な俺の待つ部屋に雪宮さんが帰ってくる。
「……お待たせ。何も聞かなかったけどブラックで良かった?」
「おう、ブラックで大丈夫」
「……」
「……」
いややっぱ本人戻ってきたら緊張するわ!
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