3歩く歩幅

 痩せた貧相な私の身体。役人は聖痕だけではなく、胸などを遠慮なく見る。


「なんと美しい」


 役人は下卑た笑いを浮かべる。


『気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い』


『消えてなくなりたい、誰からも存在を忘れられ、そこに何もなかったように』


「娘の背中にも聖痕が浮かび上がっています」


 両親の言葉に役人はフムっと頷く。


「おい、後ろを向け」


 私は背中を向ける。白く美しい肌に刻まれた2つの聖痕。


「確かに十字架の聖痕だな」


「私の娘はとても信心深く、きっとそれを神様が認めてくださったのでしょう」


「なるほどな、なんと素晴らしき」


 巧言を弄する役人は、チラチラと両親を見た。


「役人様。これな少ないですが、どうぞお受け取りください」


 待ってましたと、しかし役人は表情に出さない。


 役人に両親は小袋を渡した。役人は小袋を受け取ると、中を確認して上機嫌になった。


「わかった。王には聖女候補がいることを伝えると約束しよう」


 両親は見てわかるほどに喜んでいた。


『偽物の家族、強欲な豚共』


『死ねばいいのに』


 役人は私の前に跪いた。


「聖女殿。服を着るといい、聖痕を確認するためでしたので。御無礼をお許しください」


 私は聖痕を隠すように上着を着る。


「それではまた」


 役人は用事が済んだと、家の外へ出る。


 私は、役人が去ってホッとした。何故だろう?瞳から水が、私は感情なんてない筈なのに。


「何だ貴様は?」


 家の外から先程の役人の声が聞こえた。


 役人を押し退け、1人の少年が家に入ってきた。


「君が聖女様?」


 私は涙を拭いて、問いに答える。


「そうだけど…」


「どうして泣いてるの?さっきのオッサンに嫌なことされた?」


 役人が再び家に入ってきた。少年は振り返らない。


「貴様、失礼な」


「失礼?家に土足で上がってたアンタの方が失礼だと思うけど」


 役人を見ずに言葉を返す。


 役人は顔を真っ赤にして剣を抜いた。


「貴様、私を侮辱したな。後悔させてやる」


 後ろから少年を役人が斬りかかってきた。


 私は怖くて目を瞑った。


「大丈夫だよ」


 少年は落ち着いた様子で、役人の握る柄を後ろ蹴りで蹴り飛ばした。


「剣の握りが甘いよ」


 私が目を開けると、剣は役人の手から離れ、家の壁に刺さっていた。


「君が受けた侮辱をこのオッサンに返しておくね」


 少年は壁に刺さった剣を抜き、鋭い斬撃で役人の派手なズボンのベルトを斬った。


 役人のズボンが下がり、貧弱な一物をさらけ出した。


「君は見ちゃダメだよ」


 そう言って少年は私の顔を手で覆った。そして少年は、静かに優しく言葉を紡ぐ。


「君は君で良いのさ、他人は他人で勝手にしてるから。大事な感情を忘れちゃいけないよ」


「本当にいいの、私は私で?」


 少年は笑った気がした。


「君は誰かのために生きているんじゃない、自分のために生きなさい」


『誰かに優しくしてもらったのは初めてだ。欲望のない言葉をかけられたのも初めてだった』


 空っぽだった私に感情が流れ込んだ。


『生きたい』


「君の名前は?」


「………私の名前はヘルリャン」


 少年は私の顔を覆った手を退かすと、眩しく笑った。

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十字架を刻まれた少女 七星北斗(化物) @sitiseihokuto

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