第11話 経験過多

 神に会った日から、私はなるべく無茶な力の誇示はしないようにしてきた。とはいえ、元から怪しくないほどにはしようと努めてきたので、この前の掛け算のように調子に乗らないよう気を付けている程度である。

 そもそも、小学校の教育というのは、生徒に順位をつけるのが目的ではなく、あくまで生徒全員に知識をつけさせ、考える力を育てるのが目的であるため、特にすごいことはできないのである。

 それでもなお、他の生徒たちと比べ、全てにおいて優れていると、私はそう思っていた。

 図工の時間。この日は、絵の具を用いて、先日行った遠足の絵を描くという内容の3回目。完成させる日であった。

 これでも元美術部であり、ちゃんと仕上げたい。しかし、たったの150分ぽっちでは、完成させるには不十分だ。とはいえ、そんなことも言ってられないので、仕上げにかかる。

 先日の遠足の行先は、近くの山であった。私は、その中腹の公園から見下ろした、この街を描いていた。手前に山の木々を、奥には私たちの小学校やシンボルのタワーに街の中心の駅、その駅の反対側にはビジネス街のビル群といった、細かな描写まで行い、それら全体を魚眼レンズでのぞいたかのように歪ませることにより、パノラマ感を出した。その構図もさることながら、色使いも、あえてなるべく原色に近い色を用いて、鮮明さを表した。

「わー、正也くん上手ー。」

「えっ、ほんとだ。先生も見てー。」

「どれどれ~?……わっ、本当に綺麗ねぇ。」

 まあそこいらの小2とは出来が違うんでね。……なんて思っていたのも束の間だった。祐作の絵を見たのだ。

 あれは私たちが道中で見た、湧き水である。一見ただの丸い真っ青であるが、彼と共に近くで見た私には分かる。あれは湧き水だ。まるでただただ透き通っているだけの水だが、近くで見たときの感想を強いて言葉にしようとするならば、「永遠に、どこまでも透き通っていそう」だった。だが、本物はこんなちんけな言葉では表せないほどの深さを感じた。それをそのまま、濃い青で祐作は表したのだ。

 それは、誇張ではなく、その絵は「言語」であった。実際にそれを見ていない人には伝わらないかもしれないが、同じ景色を見た私には、彼が表したい風景がダイレクトに伝わった。

「なあ、祐作、それって湧き水だよな。」

「うん!一緒に見たやつね。なかなか上手に描けないけど……。」

「いや、お前の絵は十分上手だよ。」

「え~、そう?昔っから絵が上手な正也くんに褒められると嬉しいなぁ。」

 ああ、こいつは私の絵を前から見てくれていたのに、きっと私はちゃんと祐作の絵を見てこなかったのだろう。

 そんなことを思っていたのだが、周りを見渡すと、全員とは言わないが、ちらほら、祐作のような「上手さ」を持った生徒がいた。

 素直な気持ちをぶつける幼さと、水の量や配合度合いで無限に色を生み出せる自由さがマッチした結果だというのが、私の思うところだ。

 一度大人になってしまうと、他人の評価を気にせずにはいられない。私はどうしても、「誰が見ても理解することができ、綺麗だと思える絵」を無意識に描いてしまっていたのだ。いや、無意識にそう描くのが当然だと思っていた。

 絵には明確な優劣はつけられない。でも、絵という分野において、祐作は私の持っていない何かを持っていた。彼の描く絵に、ここまで魅せられたのだから。



 今回の件で学んだことが一つある。「1周目で経験したからといって、アドバンテージにはならない分野もある」ということである。これは言い換えてしまえば、その分野では無双はできない。つまり、こっちも本気でやってもいいということである。

 今回は絵の上手な小2が描きそうな程度を意識して描いていたが、次の美術では、自分の持てる全身全霊を尽くそうと思う。

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