第6話 早春

 気が付けばあっという間。今日は卒園式である。

 2度目の幼稚園生活が終わろうとしている。思ったよりは早かったな。進展のない生活は退屈かと思っていたが、幼稚園児の、型にはまらぬ突飛な発想、行動は新鮮で見ていて飽きなかった。

「まさやくん、バッヂもらった?」

「うん。ちゃんと貰ったよ。」

「あー、さえちゃんもきたよ。」

「まさやくん、ゆうさくくん、おはよう。」

「おはよう、さえちゃん。バッヂはあっちで貰えるよ。一緒に貰いに行こうか。」

「うん!」

「ねー、さえちゃんはなんていう小学校に行くの?」

「私は設村せつむら小学校っていうところ。」

「ん-。聞いたことないよ。」

「そうね。東京の小学校なの。」

 東京に引っ越していたのか。ならお父さんはきっと栄転だな。よかったよかった。

「二人はどこの小学校?」

「俺たちは二人とも若春わかはる小学校だよ。」

「私しってるよ!ぱーねべるでの近くのところでしょ。」

「そうだよ。すぐそこにある。」

 パーネ・ヴェルデというのはパン屋の名前である。

「私も二人と同じところがよかったなー。」

「さえちゃんもくればいいじゃん。」

「さえちゃんは引っ越すから来れないんだって。」

「でも新しい家に住めるんでしょ?いいなー。」

「そうだけど、みんなとバイバイになっちゃうし……。」

「僕だったら新しい家に住めたらうれしいけどなー。」

 祐作にはまだ、「別れ」とか「寂しい」とか分からないのだろうな。無理もない。私も1周目のときはそうだったはずだ。

 人は何かを失って初めてその大切さに気付く。そういう別れを繰り返して成長していくものだ。祐作も例外ではない。



「――みんなと過ごした日々は本当に――。」

 ああ、なんかまずいな。泣きそうだ。園長先生の話を聞いていると、卒園の実感が湧いてくる。卒園を実感して涙流す幼稚園児とかどんなだよ。私はなんとか涙を堪えていた。

「ねぇ、まさやくん。」

「え、なに?さえちゃん。」

「まさやくん、泣きそうだよ。」

「え、そんなことないって……。」

「私もね、まさやくんともう会えないって思うと悲しい。」

「……俺も、悲しいよ。悲しい……。でも、……また会えるかもしれないじゃん。」

 もう会えないことは知っている。いや、本気で会おうとしたら会えたのかもしれないけど、ここから東京までは遠すぎる。

「私ね、まさやくんのこと、ずっと忘れないよ。」

「俺も……忘れないよ……。今回は……。」

 1周目で私がさえちゃんのことを、顔も思い出せなくなっていたように、さえちゃんも忘れていたのだろうか。そして、今回も彼女は私のことを忘れてしまうのだろうか。そう考えると、今日がさえちゃんに会える最後の日だと思うと、途端に胸が苦しくなった。



「じゃーねー。まさやくん。春休みも遊ぼうねー。」

「うん。いつでもうちきていいよ。」

 なんだか、胸にぽっかりと穴が空いたような気分だ。

「正也、帰るわよ。」

「今日は正也の卒園祝いでケーキ用意してあるからなー。」

「……ちょっと待ってて。さえちゃんと話してくる。」



「さえちゃん!」

「まさやくん……。」

「あのっ!たまには、こっち帰ってきてよ!俺もさ!祐作もさえちゃんとまた遊びたいから!」

「……うん!帰ってくる!また遊ぼうね!」

「あっ、あとさ……。」

「なに?」

「俺も、さえちゃんのこと好きだよ。」

「うん……!」

「じゃっ、じゃあ!絶対戻ってきてよね!バイバイ!」

 ああ、なんてことをしているのだろう。幼稚園児に恋なんてしてしまって。

 それでも、2度目の人生だ。後悔はつくりたくなかったのだ。



 少し早い春の訪れを告げるように、綿毛が飛んでいった。

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