第5話 能ある鷹は爪隠す
年長になって、少しずつ、幼稚園でもひらがなの読み書きなどの勉強をするようになった。私にしてみればそう難しいことではないが、子供の小さくか弱い手で文字を書くというのは少しコツが要る。だが、一般園児と比べると上々、優等園児といったところか。
「せんせー、これなんて読むのー?」
「ごめんね、いま手が離せないから正也君に聞いてくれるかな?」
「まさやくんこれなんて――」
「これは『ぬ』。」
「こっちは?」
「こっちが『め』。」
やはり似た文字の識別は難しいようだ。
「まさやくんありがと~。」
本当に覚えたのか?
「まさやくんは本当に物知りだねぇ。」
「でもでも、うちの兄ちゃんは漢字読めるし!」
なんだこいつ。軽くあしらってやるか。
「でも、君は漢字読めないよね。しかも、君のお兄ちゃんは小学生だから読めて普通でしょ。」
「はっ、はあ!?お前漢字読めないくせに!」
「は?読めるけど?」
「じゃあこれは?なんて読む?」
「それは『かきげんきん』。」
「せんせー!これって『かきげんきん』で合ってる!?」
「そうよー。火気厳禁。『近くで火を使わないでね』って意味。正也君難しい漢字知ってるのねー。」
「えー。すげー。ほんとに漢字読めるんだ。」
なに関心してるんだ。さっきまで兄がすごいの一点張りだっただろ。でもこういう素直さは幼稚園児のいいところだよな。変なプライドがない。
それに比べて、張り合ってしまったのは反省だな。普通に「お兄さんすごいねー。」で済んだ話だったのに。
実はこの、「どこまで力を見せるのか」というのは、非常に難しい問題なのである。
例えばだ、今から微分方程式を解けるところを見せつけたとしよう。友達は何がすごいのかは理解できないだろうが、親や先生はびっくりするだろう。そして噂が噂を呼び、メディアに出演なんてことも考えられる。そういう「悪目立ち」をしたいわけじゃない。
さらに大きな問題として、幼稚園児のときから微分方程式を解くような子は将来立派な数学者になるだろうとか、物理の分野で大きな発見をするだろうとか、大きな期待を背負いかねない。しかし、私の本質は普通の人間である。そんな大きな発見ができるなら1周目の時点でしているはずである。そりゃあ、今から努力し続ければ多少は立派な学者にはなれるかもしれないが、大きすぎる期待を背負うのも、2回目の人生を勉学に捧げるのも正直ごめんだ。
だから、私の選ぶ道は一つ。ほどよく能力を見せながら優等生として生きていく。おそらくこれが楽で、なにより私に合っているはずである。
「力を持っているか」ということと「それを積極的に使いたいか」ということは、別の問題なのである。
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