幼稚園編

第1話 ようこそ木下家へ

 目が覚めると、そこには懐かしい二つの顔があった。私の母と、父である。

「あ、起きたよ、パパ。」

「おー、起きたか、正也まさや。」

「えー!こころにも見せて!」

「いま抱っこして見せてやるからなー。よいしょ。ほら、見えるか?」

「ほんとだー!まさや起きてる!」

こころはこれからお姉ちゃんになるんだからね。」

「うん!こころはまさやのおねーちゃんだよ。」

 ――やばいやばいやばい、泣きそうだ。両親と姉にまた会えた。あのボタンは本物だったんだ!

「まさやなんだか泣きそうだよ?」

「えー。どうしたのかしら?お腹すいたのかしら?」

 いかん、しくしく泣いては赤ちゃんらしくない。いっそここは堂々と泣くべきか。

「すぅーー……うえええん!!!」

 私は大きく泣いた。喜びの涙を大量に流した。



 頭だけは一丁前だが、体は所詮は赤子だ。大泣きしたらたいへん疲れてしまった。

「ほーら、正也、おっぱいだよー。」

 うっ……。逆も然り。体は赤子でも心は一丁前。母乳を飲ませられるなんて恥ずかしすぎる。しかし、この体でミルクを作ってくれなど伝える術はない。しかたあるまい。空腹には勝てぬ。

「ちゅーー。」

 うむ。なんとも質素な味。しばらくはこれしか飲めないとなると少し辛いなぁ。



 満腹になってもうひと眠りしたところで段々と冷静になってきた。一度現状を整理しよう。

 まず、人生やり直しは、完全に自分の人生をやり直すということらしい。というのも、この名前も両親も姉も家も、すべてが「1周目」と同じである。全くの他人として生きていくわけではないようだ。

 そして、両親と姉の反応から察するに、おそらく病院から家に連れてきたばかりといったところか。それを踏まえても、今の私の年齢は0歳だろう。二足歩行はおろか、会話もできないとは、赤ちゃんってやつも大変だなぁ。

「まさやーー!」

 うおっ。びっくりしたな。こっちは天井しか見えていないんだぞ。大声で話しかけるな。

「まさやー、『こ、こ、ろ』って言ってみて。」

 はあ、歯も生えそろっていないんだぞ。顎だってまだ弱いんだ。まあ数年ぶりの再会だし、言ってやるかあ。

「お……お、お。」

 ほれみろ、言わんこっちゃない。言ってないけど。

「……えー!ママー!いまね!まさやが『こころ』って言ったよ!」

 ……はっ!そうか!普通0歳の赤ちゃんは言葉を理解できないし、三音並べて発声したりしない!

「あらー。正也はお利口さんねえ。」

 さすがに信じていないようだ。ふぅ、危ないところだった。赤ん坊の世界はまるで常識が通用しないぜ。

 でもまあ、これからエリート赤ちゃんとして生きていくのも考えておくか。

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