幕間 マリリアートの心②


 イザーナ様に頼まれて結婚することが決まった時は、正直戸惑った。

 この世界では歌と踊りが力になるらしく、私のダンスには、この世界にはない力があるらしいのだ。その力とイザーナ様の加護を使って、私とは別の意味でザキの被害者である男装の王、アレクを救うというのだから。


 魔法なんてない世界にいた私にとって、力と言われてもピンと来るはずがない。

 でも不思議なくらい、イザーナ様が見せてくれた女の子の力になりたいと素直に思えた。

 強く意識したわけではないけれど、もしも私が異世界に来たことに意味があるのだとしたら、彼女を救うことなのかもしれないって考えたの。


 実際に会ったアレクはかっこいい女の子だけど、初めて会った気が全然しなくて、女神の庭で三日過ごしただけですぐに仲良くなれた。

 人の世界、リュシアーナに戻った時には、まわりの記憶が完全にアレクを「最初から男だった」と認識していることで、ザキから狙われる危険はなくなったという。


 とはいえ、女神の力をもってしても、アレクが女として生きることはできないらしい。人には良く分からない理があるのだそうだ。


 でも捻じ曲げられた彼女の世界を、一部だけ正常にする手助けを私はしてる。

 つまりそれは、彼女が完全にあきらめていた、――――禁断の恋を叶えること。


 え、なにそれ、もえる。

 こんなかっこいい女の子が秘めている人って誰? って、ワクワクしてしまうじゃない。

 秘め続けた秘密を打ち明けてもらえたことで、私とアレクは一層仲良くなった。



 アレクと私が仮初めの婚約をして、婚儀に必要な巡礼や素材探しの旅をするのも面白かった。

 大好きなアレクと一緒にいるのは楽しかったし、彼女が――私に背中をガシガシ押されたからとはいえ――誰にも気づかせないように想って来た相手と距離を縮めていくのも、手に汗握る思いで応援した。


 彼女一人の想いだけでは、アレクは私以外には男にしか見えず、女神の力をもってしても、孤独な人生を余儀なくされる。いずれ私が帰ってしまったら、アレクの孤独は嫌でも増すだろう。

 そのことが分かっていたから、最初から惑わされず真実を見ていた怜悧な美貌の騎士団長――ニクス様を、私は心から尊敬している。


 戸惑い、手を伸ばせない二人のひりつくような恋情に、何度泣きそうになったか分からないもの。


 でも、誰にも話せない。

 そんな秘密を抱えていた私を支えてくれたのは、かわいいクォンタムと、護衛のジェイ・ジェットさんだ。


「ジェイ……」


 アレクたちの真似をして、瞼に浮かぶ人の名前を呼んでみる。

 クォンタムと違って、何も知らない人。

 でも初めて会ったときから、全身全霊で私を守ってくれる人。

 彼とも初めて会った気がしなくて、最初はお兄ちゃんみたいに思っていた――つもりだった。


 いつからだっただろう。

 彼に本当の名前で呼んでほしいという自分の願いに気づき、私自身が一番戸惑った。

 彼の吹く竜笛の音色が大好きで、その音に合わせて踊ると幸せで、すべてが正しいのだと錯覚してしまう。


 私の名前は知られてはいけないのに、あの人から真珠って呼んでもらったらきっと、嬉しくて泣いてしまいそうな気がする。

 私の中に欠けた何かが彼だったのでは? なんて、有り得ないことを考えてしまう。


 この気持ちに名前を付けてはいけない。

 つけたところで、どうにもならないのだから。

 だから口を閉じて、転がした名前を心の奥底にしまい込む。


 私の世界はここではない。


   ◆


 ふと目が覚める。

 吹雪のせいで外の明るさの変化は分からないものの、自分で淹れたお茶はまだほんのり温かかった。

 うたたねしてすっきりした私は、炬燵でくーくー寝息を立てている一角獣にクスッと笑い、窓の向こうの別邸に思いを馳せる。


「赤ちゃん連れで帰ったら、みんなびっくりするだろうなぁ」


 女神たちの祝福をたくさん受けて生まれた子供は、アレクによく似た男の子だった。


 みんなに内緒の、本物の蜜月期を過ごす二人の表情かおを思い出し、一緒に喜びを分かち合いたかったもう一人の姿を浮かべる。


「本当だったら、ジェイ・ジェットさんが一番喜んだだろうにね」


 帰ったら祝われるだろう。

 神の世界で新婚生活を過ごした国王夫妻として、語り継がれることは間違いない。


 でもこのめでたい出来事の真実が、アレクの乳兄弟である彼にも言えない秘密なのが悲しい。


 つわりの時期も、アレクのおなかを蹴る赤ちゃんの足のことも、出産のことも。リュシアーナの戻ったら全部、私の経験だったことにしないといけないのだから。

 ずっとアレクのそばにいたから、実体験として話すことはできるだろう。

 でも、彼に嘘をつかなくてはいけないのがつらい。


 ふと、赤ちゃんを抱く私の隣に赤い髪の騎士が優しいまなざしで立つところが思い浮かび、ぐっと唇をかみしめた。会えない時間が長すぎるせいか、変なことばかり考えてしまう。


「早く私の記憶の封印も解けたらいいのに」


 そしたらもう苦しまないはずだから。

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