幕間 マリリアートの心①
「ねえ、マリリアート。こたつ持ってきたよー」
「えっ、クォンちゃん、ほんとに持ってきたの? わあ、本物だぁ」
どうやって運んで来たのか、というか、どこから持ってきたのか謎すぎるけど、可愛い一角獣がぶるっと頭を振ると、私の前にどこかで見覚えのある丸い炬燵と、ご丁寧に炬燵布団のセットが現れた。
白くて丸い炬燵……。もしかしなくても、
「ねえねえ、ご褒美になったぁ?」
「うん! すっごくなった! ありがとう、クォンちゃん」
喜ぶ私の前で、褒めて褒めてと頭を出してくる一角獣の頭を両手でくしゃくしゃっと撫でると、クォンタムは嬉しそうにバサバサとしっぽを振った。見た目は角の生えた子馬って感じだけど、体のサイズと人懐こい感じから、どうも犬扱いしてしまうのよね。
もっとも彼も喜んでいるみたいだから、まあいいか、なんだけど。
クォンタムは不思議な子だ。
ファンタジーな世界だから、ユニコーンくらいいてもおかしくないと思ってたんだけど、どうやらこっちの世界でも一角獣はレアな存在らしい。しかも人の言葉を話せるのは内緒らしく、私とジェイ・ジェットさんの前でしか話してはいけないんだそうだ。
ジェイ・ジェットさんと私になんの共通点と言えば、イザーナ様の加護があるってことかしら?
私とアレクは今、新婚旅行でイザーナ様の庭に来ている。一緒に来られる護衛騎士は一人だけで、神の愛し子である私に護衛はいない。一年近く毎日側にいた大きな騎士さんは、今どうしてるのかな。
「クォンちゃん、ジェイ・ジェットさんは元気?」
ふと思いついた風にして、お部屋の中央にこたつを置きながら尋ねると、クォンタムはクフッと笑った。
「もちろんだよ。
「わ、まだ三日かぁ。
「ねー」
小首をかしげるようにして明るく同意したクォンタムが、布団をセットした炬燵にごそごそと潜り込んで、気持ちよさそうに目を閉じる。電源はないけれど、魔法か何かで床暖房みたいに温かなパネルの上に置いたから、わりと居心地がいいのだろう。
私の部屋は土足現金だから、必ず足は綺麗にしてくれる一角獣は、いつ日本に遊びに来てもいいくらい、日本に馴染んでる気がする。
ううん。
私のリクエストで何度も日本に行ってくれてるから、実際馴染んでるのかも。
姿は見えなくても、私たちの近くに一角獣がいるかもしれない。そう考えると、すごく不思議な感じだ。
それにしてもファンタジー世界、しかも神の領域である天界の一室に、どんと置かれた炬燵と、炬燵で
ミカンはないのでお茶だけ淹れて、私もごそごそと炬燵に入る。
天界には今、イザーナ様の末の妹である雪の女神が遊びに来ていて、外は絶賛猛吹雪だ。
「雪の女神様、ご機嫌なのねぇ」
可愛いものが大好きな雪の女神ウーデュ様の祝福らしいけれど、人間世界だったら大変なことになるレベルの吹雪だ。でもここがイザーナ様の庭だから、猛吹雪と時々見える稲妻が、ぱっと見、紙吹雪とレーザー光線のお祭りみたいに見えるのが不思議。
「うん。神々の世界で人の出産はレアだから、一大イベントって感じなんだろうねぇ」
そう呟いて、すーっと眠ってしまったクォンタムの頭を撫でる。
たしかに一大イベントだって私も思うから、赤ちゃん誕生に喜ぶ女神さまたちも微笑ましい。
「でも疲れたぁ」
クォンタムの毛並みと炬燵に癒され、私はゆっくりと微睡んでいった。
◆
一年近くという長い結婚準備期間を経て結婚式を挙げた私とアレクは、イザーナ様が許可をした護衛騎士をたった一人だけ連れて、女神の庭へとやってきた。
いわゆるハネムーンというやつだ。
本来であればゆっくりバカンスなんてことができない立場のアレクだけど、女神の恩恵で、時の流れが違うここへと招かれたのだ。リュシアーナでは二組目の伝説級の出来事らしい。
まあ、この結婚も、もともとアレクをここに連れてくるための準備だったんだけどね。
ここでのアレクは、間違っても男性には見えない。本来の姿で過ごしているアレクは、美貌の王というより、絶世の美女だ。女同士なのに目が合うとドキッとするくらい、なんというか、綺麗なだけじゃない凄味とか色気がある。
本音を言えば、ほんのちょっとでいいから、その色気を分けてほしいなんて思ってしまうくらい。
一緒に来た騎士は、騎士団長であるニクス様。
ニクス様は、サラサラの銀髪に涼しい目元の美男子だ。うん、イケメンというより美男子という表現のほうがしっくりくる男性。
いつも落ち着いた貴公子然とした彼が慌てる姿は想像できない。
でも、一見ほっそりしてても鋼のように引き締まったニクス様はすごく強くて、騎士団長という身分にふさわしい男性なのだとしみじみ思う。
だから、護衛騎士はニクス様一人だけと言っても、みんなが納得したのよね。
ニクス様とアレクが並ぶと場所が場所なせいか、神々しさがとんでもないことになっている。
眼福すぎるわ。スマホがないのが悔やまれる。
もっとも、スマホがあっても写真に残すわけにはいかないけどね。
そんな二人と共に、神の庭で過ごして一年ちょっと。
早いもので、私がこの世界の神に攫われてから、もう二年以上の月日がたっていた。
最初はホームシックがすごくて、異世界転移とかホント勘弁してほしいって泣いてばかりいた。
タンスの扉を開ければ帰れるならまだしも、むりやり連れてこられた私が元の世界に帰るには、いろいろな条件がそろわなければいけないらしいと知ったからだ。
帰れるだけましと考えるべきかもしれない。けれど当時は、そんな余裕は全くなかったの。
「あい案ずるな。他ならぬおまえの為だ。さして困らぬ地点にきちんと帰してやると約束しよう」
なぜか私をとても可愛がってくれるイザーナ様は、不安がる私にそう約束してくれた。
浮気者の夫の尻ぬぐいが色々大変そうだけど、そのせいか、どこか懐かしい感じがする美しい女神様。
そんなイザーナ様によると、人間の世界と天界は時間の流れが違うし、女神の加護を受けた影響で私自身、 天界から人の世界に下りてもほぼ年を取らないらしい。
さすがに二年じゃ差は分からないけどね。みんなと同じようにごはんもしっかり食べてるし。
でもだからこそ、時々不安になるのだ。
自分が無事日本に帰れたとして、その時私は、浦島太郎みたいになってるんじゃないかって。
もし違う世界に送られたら?
もし違う時間、例えば過去や未来に行ってしまったら?
絶対有り得ないわけではない。
そうならない為に時期を待っているのも分かってる。
でもやっぱり、時々どうしようもなく不安になってしまう。
何度か日本を見てきてくれたクォンタムによれば、私の存在が初めからなかったことになってるというのだから。
家族や友達が心配していないことは淋しいけれど、同時に少しだけホッとしたのも確かだ。
お母さんが泣かないで済むなら嬉しい。
目の前で私が攫われたのを見てしまったであろう亜希ちゃんが、自分を責めないでいてくれたらいい。
でももしも、私が帰っても忘れられていたら?
そう考え始めてしまうと、全身が凍り付くような気がした。
私がどこの誰でもないかもしれない。それは想像を絶する怖さだ。
「マリリアートのこと、一人だけ覚えてる人がいたよ」
クォンタムの言う一人が誰かは分からないけれど、なんとなく亜希ちゃんかお母さんのような気がする。それを言ったら、クォンタムには「どうだろね?」とはぐらかされてしまったけど、早く帰って、その人を安心させたいって思った。
誰か分からないけれど、それでも、不安でどうしようもなかった私の細い命綱を、その誰かが握ってくれてるような、その綱がある限り私は帰れるのだと信じられて嬉しかったのだ。
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