第26話 誓いの儀

 その後クォンタムに、なぜマリリアート様の前でもしゃべったのかを尋ねたところ、彼はさも当然だと言うように、

「マリリアートとは話してもいいから」

 と言った。王妃になる人だからか? それならば、

「じゃあ、アレクとは? 俺以外とも話せるというなら、王であるアレクとは当然話してもいいんだよな? というか、むしろ話せ」


 小さくたって聖獣なんだから。

 そんなことを考えている俺の前で一角獣はきょとんとする。


「あれ? 僕、ダメだって言わなかったっけ?」


 クォンタムよ。そこで俺を、物忘れが激しいかわいそうな人みたいに見るんじゃない。


「だからなんでダメなんだ?」

「だってダメなんだもん」

 埒が明かん。


 結局この会話は堂々巡りになってしまうので、仕方なく「そういうものだ」ということで無理やり納得する。

 マリリアート様と俺だけというくくりに、複雑な気持ちになるのは否めない。それでもこれは誰かに相談できる内容でもないので、飲み込むしかないのだ。


 聖獣は人とは違う。

 考え方や守るべき法則なども違うのだろう。


 薄々そうじゃないかとは思っていたが、クォンタムがマリリアート様と話したのは、あれが初めてではないらしい。


「マリリアートが来てから、毎日お話ししてるよ」

 うん。だよな。そんな気はしてたんだ。

「クォン。そういうことは、もっと早く教えてくれ」

「なんで? やきもち?」

 クォンタムは小首をかしげ、「ダメだよ、王様の奥さんになるんだから」と面白そうにしっぽを揺らした。

 まったく、大人をからかいやがって。


「ちがう。お前が秘密にしていることがばれたと思って焦っただろ」

「そうなの?」

「そうだよ。もしあそこに現れたのが俺じゃなかったら、お前どうするつもりだったんだ?」

 たとえば、マリリアート様を探しに来た誰かに見られた可能性だってあるのだ。


 そんなことを説明すると、クォンタムは「それはダメだね」と、ひどくまじめな声を出す。なんでダメなのかはわからないけれど、気を付ける気になったのなら、まあいいだろう。


   ◆


 数日後、護衛騎士宣誓の儀が行われた。

 正式な騎士服に身を包んだ俺たちは、緑の間と呼ばれる広間にいた。


 白いドレスを身にまとったマリリアート様が、アレクに手を取られて歩いてくる。アレクたちがフォローしているためか、ずいぶん落ち着いた様子だ。

 マリリアート様のそばには、彼女の侍女に決まった女性、リオ・ドールが控えていた。角度によって金色にも見える薄茶色の目と髪の持ち主で、年は三十代後半。娘が二人、息子が一人いたはず。


(リオか。懐かしいな)


 リオは決して美人ではないが愛嬌があり、親くらいの年の女性ながら可愛らしいと感じる人だ。今後常にマリリアート様のそばにいるため、ジェイの記憶に出てくることも多かった。


(少し雰囲気が、亜希のお母さんに似てるんだよな)


 ふと、最初に前世の夢を見始めたのは、亜希の母親に叱られたことがきっかけだったかも、などと思い出す。

 あれは諒が、幼稚園に入るかどうかくらいのころだっただろうか。普段ニコニコして優しいおばさんに叱られて、怖いと言うよりもすごくびっくりしたのだ。亜希と兄貴は泣いてたけど、俺は目を真ん丸にして呆けていたと、けっこう長く言われていたっけ。




 粛々と進む宣誓の儀が進む。

 正式な聖女の騎士は、ジェイとガネット、それからカーネリオンの三人だ。カーネリオンが最年長の三十二歳で、ガネットが二十五歳。

 偶然だがどちらも赤みがかった茶髪だ。赤い髪の騎士だけが任命されたためか、俺たちは烈火の騎士と命名された。のちにもう一つの白き宝玉と呼ばれるようになる、聖女マリリアート妃の騎士だ。


 アレクから名前を呼ばれた俺たちは一歩前に進み、揃って深紅のマントを払って片膝をついた。左にガネット、右にカーネリオン、中央がジェイ。

 マリリアート様が前に立つと、俺たちは各々誓いの言葉を口にし、彼女から各々お守りを賜っていくのだ。


 俺の番が来た時、アレクから「今はその黒眼鏡をはずすように」と言われた。いつになく少しだけ厳しいアレクの声に一瞬ためらったが、素直に外してポケットにしまう。

 サングラスなしで見たマリリアート様は小さくて、美しくて、そして遠い。

 胸の奥のとげが刺さったような痛みを無視して、俺は誓いの言葉を口にした。彼女のそばにいるために。彼女を守るために。


「聖女マリリアート様。森羅万象において、ジェイ・ジェット・ソリアはこの命尽きるまであなたを愛し、守り抜くことを誓います」


(これが本当の最初の誓い)


 ジェイから一歩下がったところで、おれはそれを見ていた。

 真珠さん――いや、マリリアート様がリオからブレスレットを受け取る。そして「許します」とはっきり答えた後、それを直接ジェイに着けてくれた。


(ああ。あれは真珠さんが作ってくれたものだったのか)


 ふいにそのことに気づいて、体の奥にジワリと熱いものがわいた気がした。


 日本でくれたものとは違い、腕時計のようにぴったりしたブレスレットは、戦闘中でも邪魔をしない。幅広でくるっと巻き付くようにできている伝統的なそれには、お守りになる平たい石が数か所編み込んであるのだが、少し変わったデザインだとは思っていたのだ。


(あの頃はクォンタムが持ってきてくれたものだと聞いて、それでかと納得してしまったんだっけ)


 顔を上げたジェイとマリリアート様の視線がぶつかる。

 微笑む彼女の瞳の奥に、ハッとするような何かが見えた気がした。電気が流れるような、温かな何かに包まれるような不思議な感覚だ。

 ――この微笑みに、俺は生涯囚われるだろう。

 そんな予感がし、事実そうなった。甘く苦しい痛みに囚われ、生まれ変わっても、やっぱり彼女を愛した。


 ジェイが小さく、彼女にだけ聞こえるように「一生お守りします」と囁く。

 一騎士の真剣な言葉に、一瞬目を丸くしたマリリアート様が小さく頷いたのを見て、おれは日本に引き戻された。


   ◆


「真琴さん」

 日本ここに君はいない。

 引き戻された自分の部屋で、俺は行き場のない気持ちと咆哮を上げたい思いに唇をかみしめ、両手をベッドにたたきつけた。

 季節は夏になっていた。

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