第29話 もしもの未来?

「えっ、そうなの?」


 驚いたように目を丸くした亜希は、次いで戸惑ったように首を傾げた。その後何やら兄貴にコソコソ聞いているが、今度は二人して困惑した表情になった。


「あれ? なんでだろ。どうしてここにしたのか、全然思い出せないんだけど……」


 不可解そうな亜希の言葉に、俺も首をかしげる。

 兄貴たちは昔から、計画や下準備をするのが好きだ。でも、事前に調べすぎてどのサイト(または本)に載っていたのか思い出せない、なんてことはあっても、その経緯自体を二人一緒に忘れるのは変だ。


 更におかしいのは、まるでキャンプに三人で行くつもりの雰囲気だったことだ。それを指摘すると、兄貴たちは今はじめてそれに気づいたかのような顔をし、戸惑ったように互いの顔を見合わせた。


 これが、毎年恒例の家族旅行だというならまだわかるのだ。

 小さいころから毎年二家族で旅行に行くのは恒例で、それは俺たちが成人した今でも変わらず続いている。中高くらいの時はまわりに驚かれたこともあるが、俺たちにとってはこれが当たり前。我慢して付き合っているわけではないし、むしろ楽しみにしている。

 人によって違うのかもしれないけれど、俺にとって友達や恋人との時間と家族の時間は別で、どちらも大切なもの。どちらかのために、片方をおろそかにしたことはないというだけだ。


 それにもし! もしもだ。

 真珠さんを合わせて四人のつもりだったとしても、それはそれで首をかしげてしまう。あの事件がなかったと仮定しても、まだ付き合いも浅いのに、彼女が泊りがけの旅行に頷いてくれるとは全く思えない。

 頬を染めて「またそのうち」なんて断られるであろうシーンが、はっきりと思い浮かぶ。と言うか、そもそも俺が怖気づくわ!


 それでなくても、しょっぱなにやらかして手が早いと言われたんだぞ。一緒に旅行できれば嬉しいけれど、断られる可能性のほうが高いのに、彼女に申し訳ない思いなんてさせたくない。

 誰よりも大切にしたいのだから当然だ。


 ああダメだ。仮定の話なのに、久しぶりに彼女が消えたことを忘れてグルグル考えてしまった。

 でも、おかげで気分が少しだけ上昇した気がする。


 その後、兄貴が予約状況を確認をしてみると、キャンプ場で予約をしていたのはコテージ二棟だった。家族旅行でキャンプをするなら、母親たちの好みでグランピングになるから、ある意味やっぱりと思ったのだけれど――。


「うちと亜希のとこで予約になってるな。亜希のところが四人だけど……」

「「えっ?」」


 予約は代表の名前だけだ。だから三人家族の亜希のところに、誰かもう一人というのが誰かは分からない。


 —―――その時ふと、電波の周波数が合ったかのように、目の前に違う世界線が見えた気がした。



『いいんですか? うちの姪たちも一緒で』


 真珠の楽しそうな声が聞こえる。

 キャンプ場は彼女の実家の近くだから、かえって利用したことがないという真珠に、どうせならちびっ子たちも誘って遊べばいいと、みんなで提案したのだ。

 泊りはなしでも、アウトドアでの楽しみはたくさんある。夏休みの子どもたちなら喜ぶんじゃないかって。


『もちろんいいよ。昼間遊んで、夜にはバーベキューをして。あ、温泉あるんだ。いいね! 風呂に入った後に送っていくのはどう? 帰る前に花火をしてもいいよね』

『本当? あの子たち喜ぶわ』


 それは、もしかしたらあったはずの未来なのだろうか。

 俺たち家族と、亜希の家族に真珠。

 栃木に行ったら彼女の実家に挨拶もして、ご家族にいい印象を与えたいなんて密かに考えている俺。

 そんな考えを見透かしたかのように母さんが、『楽しみね』なんて言いながら、からかうように俺をこっそり小突いてる。


 白昼夢のようなそれは、すっと幕を引くように消えてしまった。


「え? なに、今の」

「っ! 亜希も見えたのか?」

「俺も見た。は? 夢? 髪の長い女の子、あれ絶対、おまえの好みドストライクだよな。あの子が真珠さん?」


 俺の幻想だと思ったそれは、兄貴たちも同時に見たらしい。

 なぜなら真珠さんの見た目、服装までがすべて一致するからだ。

 まるで過去に本当にあったことを、同時に思い出したみたいに――。


「もしかしてなんだけど。あのね、無事諒ちゃんの彼女、真珠さんを連れ戻せたら、私たち、あの日からやり直すことになるんじゃない? 今のって、本当に私たちが過ごすはずの出来事だったんじゃないかな」


 亜希の仮定にまさかという気持ちと、もしかしたらという期待が混ざる。

 そんなSFじみたことなんて思うけど、俺の存在や経験自体が非常識なのだ。否定なんかできるわけがない。


(もしかして――クォンタム、近くにいるのか?)


 心の中で聖獣に呼び掛けてみるも、返事はない。



 何が起こったのか分からないけれど、俺たちは何かを期待しながらキャンプに行くことになった。

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君だけが消えた世界〜烈火の騎士は男装の王に嫁いだ聖女に永遠の愛を捧ぐ〜 相内充希 @mituki_aiuchi

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