第24話 夜の散歩①

 本来であればこの国で王が婚姻を結ぶとき、相手には持参するものや置いてくるものの決まりがある。

 そんなことをふと思い出した。


 この国内から花嫁(もしくは花婿)を迎える場合なら、相手には持参するべき財産があり、それには従僕や侍女が含まれる。そして彼らの生活の糧、つまり給与はその主が賄うのだけれど、それは主に持参した支度金で補われることが多い。

 まあ、この支度金は純粋にお金であるとは限らなくて、鉄などの金属や糸、それを加工できる職人も含まれるわけだ。ある意味自給自足的な感じかもしれない。


 なので異国から花嫁が嫁いでくる場合、離れた土地の者と縁をつなぐことは、魔よけの力を大きくするとも考えられていたのと同時に、その国の技術なども、この国にもたらされるというメリットがあった。


 でもマリリアート様は、その身一つで嫁ぐことになる。

 女神の加護という見えない力はあっても、人が生活するには何もかもが足りない。


 護衛騎士の選抜が行われると同時に、彼女のそばにつく侍女も選ばれたのが異例のことだったということを思い出し、俺は彼女の周りに大勢の女性が次々にやって来るのを少し離れたとこから見ていた。


 同じように部屋の入口の反対側に護衛として立っていた同僚のガネットが、周りには聞こえない話し方で俺に声をかけてきた。

「マリリアート様は、世話係は最小限でいいって聞かないらしい」

 それを聞いて、ジェイは少し眉を寄せる。


 諒から見れば単純に、彼女があれもこれもと世話を焼かれることのに慣れていないだけだと知っている。でもジェイから見れば、彼女がこの国の人を信用していないのかと心配になるものだった。人の世で知らない者たちに囲まれて不安なのでは、とも。


 このころはまだ彼女が精霊だと信じ込んでいたため、女神に祈ってメリティたちをつけてもらったほうがいいのではと、かなり真剣に考えていたんだ。


 彼女がこの国に降り立って十日ほどは、普段貴賓を世話する係の者たちがマリリアート様のそばにいたけれど、それは彼女たち本来の仕事ではない。なので早めに気に入った侍女を指名してもらいたいと侍女長が話しているのも耳にした。

 俺も昨日ようやく聖女の騎士に任命されて、彼女のかなりそばまでくることができたけれど、個人的に話すところまでは至っていない。宣誓の儀はもう少し先なのだ。

 それでもマリリアート様の笑顔に、少し疲れがにじんでいることには気づいていた。


   ◆


 その日の夜。

「クォンタム、どこだ?」


 夜も更けた時間、なぜか「一緒に散歩して!」とねだる聖獣に付き合い、ただ目的もなく城の庭をぶらぶらしていた。

 聖獣とはいえ、まだ幼い子供だ。

 散歩より早く寝ろと言いたいところだったけど、俺のふくらはぎのあたりにスリスリと首を擦りつけながら甘えるクォンタムに根負けし、少しだけだという約束で付き合うことにした。


 しばらくは機嫌よさそうに跳ねるように歩いていたクォンタムだったけど、そろそろ俺が戻ろうと言おうとしたのを察したらしい。突然かくれんぼを始めてしまった。


「しょうがない奴だな」


 俺は腰に手を当てて大きく息をついた。

 もしこんなところをアレクやニクスに見られたら、「まるでパパ・・だな」と笑われるに決まってる。

 クォンタムに甘えられ、俺がそれに付き合うところを見せると、普段外であまり笑顔を見せないニクスまでが面白そうに笑うのだ。

 それを見た侍女たちが変に喜ぶから、そんな希少な笑顔もすぐに消してしまうくせに、俺に向ける目だけはからかいの色が消えないとくる。たぶんそれに気づく人間は限られているはずだけど……。


「またからかわれないうちに、とっとと連れて帰ろう」


 どうせその辺で俺の様子をうかがっているはず。

 ――そう思ったのに、どこにもそれらしき様子がない。近くの木陰などをのぞき込んでもいない。サングラスをかけたままだったので、ほんの少しそれを上げて見まわしてみてもいない。


「どこにいったんだ?」


 ジェイは短時間で一気に睡眠をとれるたちだが、子供のクォンタムに夜更かしはよくないだろう。

「仕方がない」

 俺は細く息を吸って、小さく歌を歌った。これは探索に使うための術のようなものだ。

 魔獣には聞こえない特殊な声の出し方で、しかもごくごく狭い範囲にしか使えないが、周囲の気配を探るのには適している。


「あっちか」

 右のほうに小さな気配を見つけた。二つあるので、どうやらほかに遊び相手を見つけていたようだ。

「一緒にいる子供にも、早く帰るよう言わないとな」

 自然にそう口にし、少しだけ苦笑いする。パパじゃないぞ。せめてお兄さん!


 そのまま気配のする方をのぞき込み、はっと息を飲んだ。

 小さな泉のそばに座り、楽しそうにクォンタムの背を撫でていたのがマリリアート様だったからだ。


(どうしてこんなところに……。一人なのか?)


 部屋の前に護衛はいないけど、今は貴賓室で寝泊まりしている彼女の隣の部屋には、臨時の侍女が控えているはず。


 すぐに声を変えようと思ったが、彼女の楽しそうな声にはたと思いとどまった。


「ねえ、クォンちゃん。この角って本物?」

「あたりまえだよ。僕は一角獣だよ。どうしてそう思ったの?」

「だって、宝石みたいにきれいだから。今度は明るいところで見たいな」

「いいよ。マリリアートなら」


 一角獣の角をうっとり見ているらしいマリリアート様に向かって、クォンタムがふふんと胸をそらしたのが見える。

 しかも聖女様を呼び捨てだ!

 いや。聖獣だからいいのか?


 そこでハッとした。


 クォンタムが俺以外の人と話している!


 このままそっとしておいたほうがいいのだろうか。

 少し悩んでたたずんでいると、クォンタムのほうが俺に気づいて

「ジェイ! こっちだよ」

 と、大きくしっぽを振った。

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