第11話 こんな時間が永遠に続けばいいと

 真珠を連れ帰ると、うちと隣の二家族がリビングで待っていた。

 隠すことでもないので、紹介の後家族たちに「付き合うことになった」と報告をした。すかさず亜希が「将来の義妹いもうとですよ~」などと言い出したので慌てたけど、真珠は恥ずかしそうに笑っていたのでホッとする。

 ほんと、ゆっくり進めたいと思ってるんだから、見守っててほしい。


 とは言うものの、真珠から聞いた不審な気配や声の話に、

「だったら落ち着くまで、しばらくうちにいればいいんじゃないかな」

 という亜希の言葉に皆が頷いたのは、この「妹」発言の影響が強かったように思う。

 さすがです、未来のお姉様(兄貴たちも頷いてるのだから、ほぼ確定だろう)。



 次の日の朝食は賑やかだった。

 うちで真珠と亜希の家族をくわえた総勢八人で食卓を囲み、まるで親戚のような雰囲気だったのだ。真珠は兄貴と亜希の二人にも揃いのブレスレットを作っていて、母親たちが自分たちも何か欲しいなぁなどと楽しそうだ。

 みんなが揃って休日だということもあり、

「お母さんたちもライブを見に行こうかしら」

 と両家両親がニヤニヤしているのだけは勘弁してほしかったけれど。(保護者参観のライブはいずれその内と約束し、どうにか引いてもらった。というか、本気か?)


「諒ちゃん、よかったね」

 リビングでこっそりそう言った亜希は、次の瞬間いたずらっぽく笑うと俺の耳に口を寄せた。

「まこちゃん、初キスだったって」

「えっ?」

 くふふっと笑う亜紀は、キッチンにいる真珠のほうに視線を流して優しく微笑む。

 話は聞こえなかっただろうけれど、俺と目があった彼女が照れたように笑ってくれたこともあり、心臓が一気に騒がしくなった。

「まじで?」

「まじまじ。まこちゃん、お布団にもぐってじたばたしてたし、何度もかわいい悲鳴上げてたよ。同じ部屋だから気を使って静かにだったけどね。幸せそうで何よりだわ」

 ごちそうさまと言われ、一気に挙動不審になってしまう。


「やばい。幸せすぎて、俺もうすぐ死ぬかもしれない」

「バッカねぇ。やっと恋が叶ったんだから長生きして、たっぷり幸せにならなきゃでしょう」

「そ、そうだな」

 真珠が兄貴や、うちの母親たちと配膳をしている姿に、幸せな未来が見えた気がしてぼーっとなる。

 こんな時間が永遠に続けばいいと――――、本気でそう思っていたんだ。


   ◆


 いつもの公園、いつもの場所でのライブ。

 いつもと違うのはそこに笑顔の真珠がいること。


 すごく幸せで、サックスの音もいつもよりずっとのびやかに響いている気がする。

「ねえ亜希ちゃん、踊ろう!」

 そう言って真珠が亜希を引っ張り、二人が即興で踊りだす。

 さすが元チアリーダー。二人が踊りだすと一気にお客さんが増え、さらに盛り上がった。見学していた小学生らしい女の子も踊りだし、その子たちと一緒に来ていた中高生の姉妹かな。そんな大きな女の子たちも次々踊りだす光景は前世を思い出させる。

 リュシアーナは音楽と舞いの国だった。

 その中でも聖女であるマリリアート様の舞いは神への祈り。神を呼ぶ特別な力を秘めていたのだ。

(やっぱり綺麗だな)


 何度も俺に笑いかけながら踊る真珠は、世界で一番美しいって、改めて思った。



「盛り上がったなぁ!」

 三回のアンコールに応えて、ようやく後片付けをする。

 亜希と真珠が小中学生らしき女の子につかまっているのは、ダンスについて質問攻めにされているからのようだ。もしかしたら、未来のチアリーダーかもしれない。

 やがて解放されると、今度はどこで昼食をとろうかという話になった。

 真珠の部屋に行く前に腹ごしらえをするのだ。場合によっては長期で亜希の家に泊まる予定のため、着替えなどの準備もあるだろう。

「お天気がいいから、何か買ってきて芝生で食べるのもいいですよねぇ」

 さりげなく俺のシャツの袖をつまみ真珠が提案してくる。

「ああ、いいね。駅ビルの地下で何か買ってこようか」

 弁当もあるし、総菜もある。ファストフードも有りかな。


 あれがいいこれがいいなど、他愛もないことを話しながら店に向かっていた時だ。


 グラッ


 地面が付きあがるような感覚だった。


「地震?」

 亜希の声が聞こえるや否や、突如空が比喩でも何でもなくすうっと幕を引いたように暗くなり、ひんやりとした風が吹いた。


「我が花嫁よ」


 声のような、声じゃないような、言いようのない不思議な声が聞こえると、何か黒いものが真珠に巻き付く。

 それに引き寄せられるように俺から離れた真珠に手を伸ばし、その手を握りしめ、怯えた目の真珠と目が合った。


「やっ……」


 何が起こっているのかはわからない。

 だが、謎の現象に彼女が連れていかれないよう自分の胸に抱き込もうと試みるも、黒い何かに邪魔され、するりと手が離れ……


 真珠が消えた。


「真珠さん‼」

 何が起きたんだ。

 一瞬時間が止まっていたかのような奇妙な感覚があったものの、急いで四方を見渡してみても人、人、人。真珠の姿はどこにも見えない。

 嫌な汗が背中を伝う。

「諒?」

「諒ちゃん?」

 兄貴と亜希が不思議そうに俺を見て首をかしげるのにイラッとした。なんでそんなに冷静――いや、呑気なんだ!


「目の前で真珠さんが消えたんだぞ!」

「真珠さん? 知り合いの姿でも見えたのか?」

 はあっ?

「何言ってるんだよ、兄貴。真珠さんだよ。近江真珠さん。さっきまで一緒にいただろ」

 こめかみにも一筋汗が流れる。

 なんなんだ。何が起こってるんだ。


「諒ちゃん、何言ってるの? 近江さん? って、だれ?」

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