第10話 二度目の誓い
呆然としたように一瞬伸ばしかけた彼女の手が離れ、また数ミリ離れた距離に背筋に冷たいものが流れた。
正直に言うと、前世今世あわせても覚えがないほどうろたえていた。
こんな場面で告白するなんて、弱ってるところに付け入ってるみたいじゃないか。
ああ、失敗した。何やってるんだ、俺。
自分の馬鹿さ加減に呆れながらも、どうしたらいいのか妙案など浮かばない。
でもこのまま真珠を帰すことなどできないから、何もなかった振りをしようかと一瞬考える。
真珠を見ると、何を聞いたのか分からないような、また幻聴を聞いたのではないかと言うような表情になっていて、胸の奥がズキリと痛んだ。
自分の保身のために、一度口にしたことをなかったことになんかできるはずがない。
「真珠さん」
「はい……」
泣き出しそうな小さな声。
それでも二人を隔てていた壁が消えたのを感じて勇気を得た。
フラれて元々なんだから。
最初から片想いなんだから。
それでも、俺がこの人を守りたい。望むことはただそれだけなんだ。
大きく息を吸って吐き出す。こんなに緊張したのは生まれて初めてかもしれない。
「俺は、真珠さんが好きです」
「っ!」
伏せられていた目が再び俺に向けられる。
もう少し気の利いた告白をしたかったなと思いつつ、幻聴じゃないと言う意味で頷いて、再び大きく息を吸った。あまりにも心臓が騒いで、酸素が全然足りない。
「本当に好きなんだ」
「でも……」
「突然で驚かせたよね。ごめん。でも、今すぐ返事とか考えなくていいから。友達として力になるし。――希望としては、いつか俺のこと、チラッと考えてくれたら嬉しいけど」
ああ、すごく女々しいことを言ってしまった。そのことに我ながらがっかりして、思わず苦笑が漏れる。かっこ悪。
これ以上口を開くと、どんどん余計なことを言いそうで口をつぐむ。
真珠は考え込むようにまた少し目を伏せているから、答えは聞きたくないなぁと逃げ出したい気持ちになった。
「諒さん」
「はい!」
「ほんとに?」
訝しげな声にもう一度大きく頷く。
「ひとめぼれなんだ。あの日、初めて会った日。たまたま亜希に真珠さんの写真を見せられて息が止まった。公園で会えるって聞いて凄くソワソワして、真珠さんの姿を見た瞬間、完全に落ちてた。信じてもらえないかもしれないけど、本当に好きです」
言葉にすると、前世とか関係なく、貴女が好きなんだ。そのことが明確になる。
最初で最後かもしれないから、心を込めて伝えた。
「――私も……すき」
えっ?
幻聴かと思って真珠を見つめると、彼女は照れたように一瞬目を伏せたのち俺をまっすぐ見ると、もう一度
「私も諒さんが好きです。大好き」
と、はっきり言った。
思わずへなへなと力が抜ける。これは夢か?
「本当に?」
「うん、本当。最初に会った日、あの時ね、私は諒さんのサックスの音色に一聞き惚れしたんです。こんな素敵な人が吹いてるなんて知らなかったのに」
――ねえ、ジェイ。
記憶の奥底からマリリアート様の声が聞こえる。
ヤバイ、涙が出そうだ。
「でも諒さん素敵なんだもの。正直言うと、ちょっとショックだったかな」
「ショック……」
呆然とすると真珠は照れたように笑った。
「ショックですよ。こんな素敵な人が現実にいるなんて夢にも思わないじゃないですか。しかも優しいし、カッコいいし。だから私なんかが相手にされるわけがないって……。諒さんが優しいからって勘違いしちゃだめって、毎日思ってました」
「俺のほうこそ、どうしたら真珠さんに好きになってもらえるかって、毎日考えてたのに」
絶対情けない顔になってると自覚しつつ打ち明けると、真珠は「まさか」と笑った。思わず彼女の手を取り、その指に口づける。
「本当だよ。ずっとずっと、好きで好きでたまらなかった」
生まれる前からずっと好きだったんだ。
「諒さん、王子様みたい」
真っ赤になった真珠にゆっくり首を振る。
「王子じゃないよ。俺はあなたの騎士だ」
言ってから、今の世界じゃただのキザなセリフだと気づく。でも間違いなく本心で真剣な想いだったから、一度立ち上がって彼女の正面で膝をついた。ここにはないマントを払い、叩き込まれた作法は不思議なくらい自然と出てくる。
「近江真珠さん」
「は、はい」
緊張したような彼女の前で頭を垂れ、その昔王妃の前で誓った言葉を繰り返した。
「森羅万象において、黒木諒はこの命尽きるまであなたを愛し、守り抜くことを誓います」
これは二度目の誓いだ。
笑われるだろうか。それとも思い出してくれるだろうか。
ドン引きでもおかしくはないな。
そう考えていると、真珠は真剣な口調で「どう返事をするのが正解なんですか?」と聞いた。何かの作法に則ったものだということはわかると言われ、思わず口の端が上がる。
「受け入れてくれるなら、一言許すと言ってくれたらいい」
「許す? 私からは何もしないんですか?」
「そうだね。実際は、何か身に着けられるものをお守りとして渡すけど」
まじめに付き合ってくれるのが嬉しくて正直に話すと、真珠は「あっ。いいものがあります!」と言って、ポケットから小さな袋を出した。
「さっき、これを取りに行ってたんです。完成したから早く渡したくて」
そう言って見せてくれたのは、黒を基調にしたブレスレットだ。それは、この前一緒に選んだパーツに、一粒小さな真珠が混ざっている。自分の作品に、いつもワンポイントとして入れるのだと言った、真珠の印だ。
真珠はそれを俺の腕にはめ「許します」と小さく囁いた。
手首をあげるとブレスレットが揺れ、思わず胸がいっぱいになる。
そのまま彼女の髪に手を差し込み、彼女の唇に自分のそれを重ねていた。
「大切にする。あなたも、このブレスレットも」
耳元で囁けば、真っ赤になった真珠が「諒さん手が早い」というので、「あ…‥」っと我に返った。たしかに。
「ごめん。あまりに幸せで、つい」
「大好きだから許します」
わざとツンと澄ましていった後、咲き誇るような笑みを見せた真珠に、俺はもう一度恋に落ちた――――。
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