第7話 小さな約束や日常の積み重ねが嬉しくて
毎日、ほんの少しずつメッセージのやり取りをする俺たちを、兄貴たちが生暖かく見守っている。――いや、実際はなんだかんだとうるさい。
「休みの日にデートに誘えばいいじゃない」
亜希はそんなことを簡単に言うけど、それが出来たら苦労はしない。
「諒ちゃんって、そんなに受け身だったっけ?」
「ほっとけよ」
それでもゴールデンウィークのはじめには、兄貴たちを含め四人でバーベキューをしたし、五月の中頃には映画も見に行った。
映画は、真珠が見たがっていた少しマイナーな作品だ。少し遠方の映画館でしか上映していないので迷っているという。
映画自体は彼女の好きな俳優が出てるので納得だったが、あらすじを読むとコメディタッチで興味をそそられた。
「へえ。面白そうだね。場所的に鉄道のほうが行きやすいかな」
「ですね。でも駅からちゃんとたどり着けるか、ちょっと心配なんですよ」
真珠は「実は方向音痴で」と笑う。
貴女は昔もそうでしたよと、俺は心の中でつぶやいた。とはいえ、これはチャンスだ。
「この映画、俺も見たいな。一緒に行かない?」
……よし! 自然に誘えた、はず。
「いいんですか?」
悪いわけがない。
「うん、面白そうだし。それに、ほらここ。真珠さんが前行ってみたいって言ってたお店の近くだよ」
地図アプリを拡大し、以前彼女が言っていた古い手芸店の名前を指さす。ボタンやビーズの種類が豊富で、マニアに人気の店らしい。
いつもつけている聖女の印にそっくりなペンダントとピアスは、母親や義理の姉からのプレゼントだそうだ。でも唯一ブレスレットは、真珠自身のお手製なのだと教えてくれた。アクセサリー作りが趣味らしい。
元々義理の姉の趣味に真珠の母親も影響され、今では一緒にネットショップで販売もしているという。その二人に教えてもらって、自分でも色々作るようになったのだそうだ。
「本当だ! ホームページに書いてあった最寄り駅が違ったから気づきませんでした! うわぁ、すごい。東京って駅の間隔が近いなぁ。それにしても諒さん、お店のことよく覚えてましたね」
「たまたま行ってみたい本屋が、けっこう近所にあってさ」
少し地図を移動すると大きな本屋の名前が出てきて、真珠の目が輝きを増した。
「おお。じゃあ、お店巡りもできますね!」
彼女の中で、すでに俺と一緒に行くことが前提になっていることに気づき、思わずにっこりする。声の調子からは完全に友だちと遊びに行くという感じだけど、まあ、それはそれだ。
年齢は俺のほうがひとつ上とはいえ、彼女が社会人で自分はまだ学生というのは結構大きな差だ。彼女の周りに大人の男が多いことを考えると、やっぱり焦る気持ちもある。
それでも、いきなり結婚を前提に交際を申し込むなんてことが出来るわけもない。このまま距離を縮め、彼女の目にちゃんと俺が映るよう頑張るしかないのだ。
欲が出たなと思う。
例え彼女が誰を選んでも幸せを祈ることはできるつもりだけど、やっぱりその立場になれる可能性がゼロではない今の立場はあまりにも魅惑的なのだ。
もし今の俺が昔の俺の姿に近かったり、すでに社会人だったら、すぐに告白できたのだろうか……。
◆
映画には二人で行った。真珠は亜希たちも誘ったのだが、用事があると断られたのだ(まあ、見え見えの嘘なのは分かったけれど、ありがたく信じさせてもらう)。
映画館は少し古くてほぼ貸し切り状態だったが、内容は期待以上に面白かった。
段差があるところで無意識に手を差し出したとき、「諒さん、王子様みたい」と笑われてしまったが、素直に置かれた真珠の手は小さくてやわらかくて、ドキドキしていることを悟られまいと必死で隠す。
ふと、ざざっと乱れた画像のような記憶が頭をよぎったが、深く考えちゃいけないことのような気がして封じ込めてしまった。
前世なんてもう関係ない、考えなくてもいい。そう思い始めていたのだ。
映画の感想を話しながら二人で昼食を食べ、手芸店で様々な材料を見、最後に本屋を出たときにはすっかり夕方になっていた。
本当は夕食にも誘いたかったけど、割り勘しか許してくれない今の関係では彼女の負担になるだろう。
対等な友人だから。俺がまだ学生で、払うとしてもバイト代からだから。
もし万が一今彼女と付き合えたとしても、それは変えてくれない気がする。
そして、そんなきっちりしたところも好ましいのだ。
来週の日曜はまた公園でライブをする予定で、彼女も来てくれることになっている。その時、今日買った材料で俺にもブレスレットを作って持って来てくれる約束なのだ。
「今日は付き合ってくれてありがとうございます。ブレスレット、頑張って作りますから、楽しみにしててくださいね」
「うん、楽しみにしてる」
彼女の選んでくれた素材分は自分で支払いをしたが、大事そうに抱えられるそれらに温かい気持ちが溢れてくる。前世、ジェイ・ジェットにお守りを作ってくれた時もやっぱりそうだった。あのときと同じブレスレットを選んでくれたことに、少しは彼女の中にも、何か記憶のかけらのようなものが残っているんじゃないか。ふと、そんな期待もしてしまう。
小さな約束や日常の積み重ねが嬉しくて、浮かれて浮かれて、自分の幸運に酔いしれて――。
だからこの時、彼女が何かに怯えていることに気づいていなかった。俺だけは気付けたはずなのに。もしかしたら阻止できたかもしれないのに。
◆
真珠から電話があったのは、ライブの前日。土曜日の夜ことだった。
「諒さん、ごめんなさい。今、少し話してもいい?」
それは、まるで泣いているかのような声だった。
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