第6話 コタツムリ?

 真珠の部屋は、玄関からは小さいが廊下があり、1Kによくあるような洗濯コーナーとミニキッチンになっていた。

 「バストイレ別が決め手だったの」と、亜希と二人楽しそうにバスルームなどをのぞき込む姿に、玄関前でどうしたものかとたたずんでしまう。

 玄関は女の子の靴二足でいっぱいという狭さだし、盛り上がっている女子二人の姿に兄貴は微笑ましそうな顔をしているが、俺はまだ落ち着かない状態だ。


「あ、靴が置けないですね。どうしよう。えっと、この空き箱の上に置いてもらっていいですか?」

「あ、はい」

 廊下に空き箱を出してくれた上に、兄貴と俺の靴を並べる。女の子らしい空間に俺たちの靴の異質感がものすごい。


 引っ越したばかりとはいえ、きちんと整理された空間だと思った。

 部屋の前には洋風の暖簾がかかり、一歩足を踏み入れた瞬間、ふいに襲ってきた懐かしさで硬直する。


 そこは、六畳あるかないかのこじんまりとした部屋だった。

 白を基調としたインテリアでまとめられているが、温かみのある印象だ。

 奥の掃き出し窓の前に小ぶりのベッドと小さなサイドボード。その上にノートパソコンが置いてある。どれも使い込んだ雰囲気があるのに、丁寧に扱われていることがよくわかる。

 その前にラグとやはり白くて丸い座卓……いや、炬燵こたつが置いてあった。


「まこちゃん、これ炬燵? かわいいね」

 そそくさと兄貴と並んで座った亜希がそう言うと、真珠は「就職祝いで、お兄ちゃんにリクエストして買ってもらったの」と笑った。

「炬燵布団は出してないけどね」

「まこちゃん、炬燵大好き星人じゃなかったっけ」

「そうなの~。でもコタツムリにならないよう、小ぶりのにしてもらったんだ。部屋も狭いし」

「コタツムリ?」

 聞き覚えのあるような単語に首をかしげると、

「炬燵から出られなくなる人のことですよ」

 と、真珠が朗らかに笑う。

「適当に座っててくださいね。狭くてすみません」

 そう言ってキッチンに戻る真珠を見送るが、この懐かしさに混乱もしていた。


 洪水のように鮮やかに浮かんでくる記憶。

 そう。マリリアート様の部屋には不思議なものが色々あった。主に聖獣が彼女の希望を叶えて揃えたものなのだが、そこに炬燵があったことを突然思い出したのだ。

 彼女の部屋に入るには履き物も脱がなければならず、天界とは不思議な習慣があるのだと考えたことを思い出す。


 今思えば、いや、当時でさえ奇異な光景だったな。


「諒、ニヤニヤするな」

 こそっと兄貴に注意され、慌てる。

「なあに、諒ちゃん。そんなに嬉しいの?」

「いや、実は王妃の部屋にも炬燵があったことを思い出して」

「「へっ?」」

 俺の言葉に二人が間抜けな顔になる。

 ま、そうだよな。

 ファンタジックな世界に炬燵って、自分で言ってても奇怪だと思うわ。


「まこちゃんてば、前世から筋金入りのコタツムリだったのね」


   ◆


 真珠の部屋からは、きっかり一時間でいとまを告げた。

 亜希が夕食も誘ったのだが、明日仕事だということで断られ、少し、いやかなり残念だ。


 他愛ないおしゃべりの中で、真珠の好きなタレントが海外の俳優だということを知った。

 彼女のあげる、ガチムチ系のアクション俳優の名前に、一瞬顔に熱が上がる。

 もしやジェイ・ジェット・ソリアは彼女の好みに合致していたのでは。そのことに、今更ながら快哉の声をあげたい気持ちになったのだ。

 一方、(そっちか!)と頭を抱えもした。残念ながら、非常に不本意ではあるが、今の俺では似ても似つかない。そもそもあの頃とは筋肉のつき方が全然違うのだ。


 今から身長と体重を増やせないかな。


 少々遠い目になりつつ、帰りに自分の携帯の番号とチャットアプリのIDをメモしたものを真珠に差し出した。キョトンとする真珠に勇気がしぼみそうになるが、精一杯感じよく微笑んで見せる。

「もし困ったことがあったらいつでも連絡して。男手がほしいときとか、話し相手がほしい時でもいいし。その、友達として」


 ヘタレと言うなら言えばいい。

 うしろで亜希たちが「そこは連絡先を交換してでしょ」とつついてくるが、今の俺にはこれが精いっぱいなんだよ。

 ガツガツいって怖がらせたくないし、不審に思われるのも嫌だ。

 今度は障害がないんだ。黒木諒が彼女の好みからはかなり遠そうな分、時間をかけて、ゆっくり親しくなりたいと思って何が悪い。

「友だちになってくれるんですか?」

 メモを受け取ってくれた真珠が俺を見上げて笑ってくれるから、「ぜひ」と答えた。それだけで口の中がカラカラになる。

「へへ。ありがとうございます。あとで連絡しますね」


 そう言ってくれた真珠から、夜短いメッセージが来たときは、ほんと、死ぬかと思った。


「どれどれ? 今日は楽しかったです。またランチご一緒しましょうね――か。なんか社交辞令っぽいな」

「だねぇ」

「兄貴うるさい。亜希、勝手に見るな」

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