第4話 本当に?

 今日は快晴で少し暑いくらいだが、公園には樹木が多く木陰がたっぷりあり、吹き抜ける風が春らしく爽やかだ。

 この公園は戦時中は飛行場だったらしい。その名残なのか、幅の広いまっすぐな道が縦横に伸びている。その回りに今は見事な桜並木が美しいトンネルを作り、人々の目を楽しませていた。これが秋になると金色の銀杏並木が見られて、そちらもなかなか壮観だったりする。

 広い公園内には陸上トラックやテニスコート、芝生広場があるほか、図書館や体育館なんかもあるし、週末には様々なイベントが行われることが多い。

 今日はさっき亜紀が言っていたように、芝生広場で何か女性向けのイベントが行われているようで、なんとなくいつもより女性や子供の往来が多いように思う。


 ――ここに、王妃に似ている近江さんがいるかもしれない。


 そう思うと、無意識のうちに彼女を探していることに気づき苦笑してしまう。

 しかも緊張しているのか、手のひらに汗をかいている。

 参ったな。舞い上がりすぎだろ、俺。



 俺たちは体育館近くの広場を定位置としてて、準備をしていると、亜希の流した呟きを見たらしきお客さんがチラホラと増えてきた。

 七~八人ほど集まったところでライヴ開始。

 ジャズとリクエストのあったポップスを二曲ずつ。最後に子供が増えてきたので、人気アニメのオープニングもやってフィニッシュ!


「ありがとうございました」


 兄貴と一礼すると拍手が起こる。なかなかの盛り上がりで楽しかった。

 中にはお金を渡そうとするお客さんもいたので、それは丁寧に断り、後片付けをしていた時だった。


「亜希ちゃーん」


 その声が聞こえた瞬間、俺は無意識に心に仮面をつけた。王妃を慕う気持ちを悟られないための仮面を、夢の中でいつもしていたことを瞬間的にした自分に驚く。


 だが、俺がこの声を聞き間違えるなんてことがあるだろうか。

 波立ち震える胸を抑えつけ、その声の主を見つける。


「王妃……」


 走ってくる女の子がいる。楽しそうに手を振ってこちらに向かってくる。

 記憶より少しだけ幼い。あの頃より髪が短い。

 だが見間違うはずなどあるだろうか。

 焦がれ続けたこの姿を。この声を。


 さっき、あれだけ有り得ないことだと自分を納得させたのに、いざ彼女を目の前にすると全身の血がわきたつ。気を抜いたら、亜希の側に立った近江真珠おうみまことの前で思わず跪きそうだった。


 跪き、その手をとって額に当てたい。その指先に口づけたい。

 抱きしめて、その姿が夢ではないことを確かめたい。

 出来ることなら抱き上げてさらいたい。


 いや、そんなことをしてはいけない。


 彼女を見た瞬間から、あふれだす衝動と必死に戦う。

 そんなはずないんだ。

 この人が王妃のはずがない。

 だがマリリアート王妃にしか見えない。なぜだ? 王妃も生まれ変わったのか? あの頃の姿のまま?


 ――だが、王妃は神に愛されていた。

 自分の中でジェイの声がそうささやく。


 なら可能なのか? 本当に? 本当に王妃?


「まこちゃん、ライブちょうど終わったところだよ」

「うん。向こうで聞いてた。かっこよかった!」


 近江真珠は楽しそうに笑い、亜紀に聞かれ、今イベントで買い物したらしい雑貨を亜希に見せている。


「亜希、友達?」

 何も知らない風を装って兄貴が声をかけると、近江真珠は兄貴を見てペコッと頭を下げた。

「そう。こちら近江真珠ちゃん」

 そして、亜希は彼女に俺たちを彼女に紹介した。

「こちらが彼氏の黒木潤ちゃん。で、あっちが潤ちゃんの弟の諒ちゃんだよ」

「近江真珠です」

 王妃そっくりの少女はそう言って、ペコリと頭を下げた。


 大きく心臓が脈打つ。

 何か大事なことを思い出しそうでつかめない。


 それでもそんなことはおくびにも出さないよう気を付け、俺は自己紹介をして近江真珠に笑いかけた。

 記憶の中の王妃そのままだと思ったが、実際目の前に立つと意外と彼女が大きいことに気が付く。大きいは語弊があるか。少しヒールのある靴だけど、百六十センチくらい?

 ジェイ・ジェットから見たら小さかったが、あれは今の身長から考えると二メートルはあるくらいの大男だったから、小さく感じるだけか。いやいや、似てても本人じゃないだろうから、比べても意味はないだろう。

 それでもあの頃、頭頂部を見下ろす形だった王妃を思えば、今百八十ちょっとある自分の肩あたりに彼女の頭があるのは新鮮だ。


 でも記憶よりも目の高さが近いことにドギマギして視線を下の方に落とすと、今度はひざ丈の白いフレアスカートから伸びる綺麗な足に一瞬目が釘付けになり、あわてて目をそらす。


 生き生きとした表情が魅力的な女の子だ。

 キラキラした瞳は本当に楽しそうで、目が合うと無意識に笑みを返したくなる。

 その耳と胸元にある真珠のペンダントを見て、心臓が止まりそうになったとしても。


 ――王妃は生きていた。


 心の奥でジェイが快哉の声を上げる。

 王妃だ。間違いない。


『ねえ、ジェイ。私の本当の名前はね……』


 そうだ。まこと・・・は王妃の本当の名前だ。何がどうなっているのか分からないけれど、本人だ。本人なんだ!



「……じゃあ移動しようか」


 いつのまにか一緒にランチをという話がまとまっていた。

 車で移動することになり、みんなで駐車場に向かう。


「大丈夫か、諒」


 亜希と近江真珠の後ろを歩きながら、兄貴がニヤニヤしながら俺に小声でそう言った。


「大丈夫じゃない」

「ん?」

「彼女、王妃本人だ。間違いない」

「は? まじか。すごいな!」


 破顔した兄貴に、頑張れとビシビシと背中を叩かれたが、どう頑張ればいいんだ。

 いきなりジェイ・ジェットのことは覚えてる?――とは、さすがに聞けないよな。

 まずは怪しくないように信用を得て連絡先を交換するだろ。それから友達として距離を縮めて。


 ……俺、少しは彼女の好みだといいんだけど。嫌いなタイプだったら、飯を一緒になんて、誘われても行かないよな?

 いやだけど、誘ったのは亜希だし。


 うわぁ、まいったな。こういうときどうすればいいのか、さっぱりわからないぞ!

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