第6話 人間10人殺したらァ


「どうした、トーイ」

 俺の気づきに、エイダンが声をかける。


「あの男が倒した魔物から、たまに宝箱が二つ出てきていた」

「結構たくさんいたからな、見間違いじゃねーの?」

「そんなことない。ほら、あの魔物を見てて」


 赤髪男の前に現れた、自身の二倍の大きさはある牛のような魔物。

 興奮した様子で鼻息を荒くするが、

 

 交差するような斬撃で一気にやられてしまった。


「見ろ! あの魔物からは四つ宝箱が出て来た!」

「……ほんとだ」


「赤!」「金!」「山!」「雨!」

 赤髪の男は同じ言動を終えると廊下の奥に消えてしまった。



「魔物の大きさによって、宝箱の数が違うのかもしれない」


「でもそれって、大きい魔物を倒さなくちゃいけないっていうリスクも負わないといけないってことだよな」

「お前がリスクがどうとか言ってる場合か?」

「わーってるよ。大きいのいたら、とにかく倒しまーす」


 俺は少し前の記憶を思い出し、エイダンにそいつの存在を明かした。

「三階に、とんでもないのがいるらしいよ」


 残された時間とコストを考えると、巨大な魔物を一体倒して複数の宝箱から探したほうがいい。


 剣士の頭を食べたらしい、三階に潜む魔物を目指した。

 

 

 

「しかしなんでこんな立派な宮殿内にこんな魔物達がうじゃうじゃいるもんかね。力のある魔物ならどんどん壊しそうだけどな」

「たしかに、ゲームの為に配置されたと認識しているように大人しいね。何か理由があるのかも」

「着いたぜ、三階」


 三階に着くと一目瞭然だった。誰も近寄らない部屋がある。

 恐らく剣士が殺されてからは誰も近づいていないのだろう。扉は開けっ放しで、その間に遺体が転がっている。

「トーイ、本当に行くのかよ……?」

「他に方法はないぞ」


 俺は足を進めた。大丈夫だ。一応俺達は現役の剣士で冒険者として魔物を退治していることだってある。いつも通り慎重に、冷静に……


 首の無い遺体の横を歩き、中に入るとそこは異様な場所だった。

 とてもシンプルな部屋。何の模様も装飾もない、オレンジ色の照明だけ下がる真っ黒な広い空間だ。まるで何かの為に用意されたような。


「やっと来たかァ……」

 

 その不気味な声に俺は振り向く。


「だァれもこないからァ、待ちくたびれたよォ」

  

 俺もエイダンも必死に周囲を見渡すが、その声の主を見つけられていない。


「ここだァ。ここだよォ」


「トーイ、後ろ!」

「……っは!」

 エイダンの声で咄嗟に背後を向く。

 なんと俺の陰からとても大きな魔物が伸びて出てきていたのだ。

 真っ黒だったそれはやがて形を作り、ぶよぶよした体に真ん中には大きな目玉が一つ、そして足と手を複数生やして床に立った。


「まァそう慌てるなよォ。だァれも来なくなって退屈してたんだァ」

 魔物は人一人容易く呑み込める大きな口を広げて話し始める。

 理性があるということは、魔力が高く上級の手練れである証だ。


「エイダン。こいつは恐らくイーミンという陰に潜む魔物だ。油断するなよ」

「言われなくても」


「おらァさ、この部屋に閉じ込められてんだァ。おれのことを魔法で封印した野郎が、条件を言ったんだよォ。人間十人殺したらァ、出してやるって。だからさァ、こんな哀れな俺にお前らも協力してくれよォ」

 

 直後、魔物は複数の手を伸ばして俺をつかもうとしてきた。

「うおっ!」

 剣でその触手を切りながら後退すると、目の前に魔物の大きく開いた口があった。

 体を捻らせて緊急回避をし、魔物が口を閉じるとほぼ同時に俺はそれを避けた。

「にげるなよォ」


「トーイ、そいつ急に動きが早くなった!」

「え……?」

 俺は襲い掛かる触手を次々と切っていく。


 集中していれば余裕で切れるくらいの速さだし、胴体の移動も遅い。

 だが、たしかに速くなる時もある。さっきだって、動きの鈍い胴体がいつのまにか俺の目前に迫っていた。

 

「俺も参戦するぜ!」

 エイダンが剣を握って向かってくる。


 すると魔物はまるで何かからの拘束が解けたように動きが早くなり、複数の触手でエイダンを返り討ちにした。


「なんなんだ……!?」

 唖然とする俺も直後、薙ぎ払われてしまう。


「お願いだよォ、おいしく食べてあげるからァ!」

 魔物は触手をバネのようにして俺に向けて伸ばしてきた。

 胴体も同時に動き、吞み込もうと太い歯を見せる。


「く……っ!」

 仰向きに倒れた状態で上半身だけを起こし、剣で触手を切り刻んだ。

 その後ろにすぐ迫る大きな口を避けようとした時、異変に気付いた。


「…………動きが、遅い」

 俺は体を横にしているという、相手に反撃するという状況にしてはあまりに不安定な体勢のまま、胴体の一部に剣を突き刺した。


「うがあああァ!!!」

 魔物は一気に仰け反る。

 

 その過程での違和感と、過った可能性を、俺はそこで口にした。

「……視線?」


「え?」

 俺の呟きにエイダンが反応する。


「あいつの目を見つめている時に胴体の動きが鈍くなる。動く触手に視線を変えてしまうと、急に動きが早くなる。そういうトリックだ!」

「なるほど。それが正しければ簡単だぜ」


 不幸中の幸いだった。

 全て、偶然の重なりだったのだ。俺は仰向きに倒れている状態で上半身だけを起こし、魔物のほうを見つめていた。

 

 その時、俺の視線の低さがちょうど魔物の触手と目を一直線にさせたのだ。

 

 だから触手を見ていたつもりが自然と後ろの目玉も視界の中となり、視線を向けられていると認識してしまった魔物の胴体は遅くなったのだろう。

 少しでも視線の位置や相手の動きが異なれば気づくことはなかった。


「たしかに、目を見ている間は全然動かねえぜ!」

 エイダンが揚々と言う。


「そんなにジロジロ見るなよォ!」

 魔物は全ての触手を大きく動かしてきた。


「エイダン、一旦引くぞ! あの触手の動きはあんまり変わらない。俺達はあれで視線を奪われてしまうんだ!」

 俺はそう告げ、魔物から目を離さないように後ろ向きに走りながら出口を目指した。


「一旦引くったって、今やらないでどうすんだよ!」


「二人じゃ目が足りなすぎる」


「……まさか」



「下の階にいる目を、もっと集めるぞ!!」



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