第3話 これから、よろしくお願いします。




「セリアさん、びっくりさせないでください」

「いや、わたしもパイン食べようと思ってね……。さっきは盗賊から助けてくれて、本当にありがとうございます!」

「いえ、いいんですよ。普段からあちこち冒険してて人助けは得意なので」

 

 しかし改めて見ると、目を引くほど美しい明るく淡い赤色の長い髪で、瞳は宝石のように大きく、輝きを放っている。性格はおとなしながらも笑う時は気持ちいいくらい元気よく笑い、皆から愛されるだろうタイプだ。男子受けは抜群だろう。


「それより。どうしたんですか、こんなところで」

 そりゃ、ここにいるのは食べ物を食べる為であるが、ききたいことはそういう意味ではない。


 彼女はここに一人で来るような人間ではないからである。


 自然に周りにとけ込むことができ、自然に人が集まってくる、社会において何の心配もいらないようなスペックを持っているだろう。


「甘いもの食べたくなっちゃって。……トーイくん、ですよね?」


「そうです! よく名前覚えてましたね」


「はい。わたしの好きな小説に、同じ名前の主人公がいるんです。トーイって他でもあんまり聞かないから」


「それって、『縷述るじゅつのふたり』ですか?」


「え……ご存じなんですか!」


 ご存じも何も。家では基本、俺は読書生活なのだ。

 『繆述のふたり』は表紙やタイトルからサスペンスものだと思われるが、中身は完全なる恋愛ものだ。そのギャップによる衝撃は記憶に新しい。


「もちろんです。お互いに殺そうと思っているのに、普通にお家デートしちゃうシーン、大好きなんです」

「わかります! 理想のデートなのに、ちょっとずれているんですよね。あそこは笑いながらも、二人のぎこちなさにドキドキしました。わたし、あの本大好きすぎて、続編まだかって作者に手紙を送ったことがあるんです」

「それはすごいですね。セリアさんは本が好きなんですか?」

「好きです。あ、こちらこそ名前覚えていてくれてありがとうございます」

 

 セリアさんはそう言って小さな頭を下げると、なんだか戸惑った様子で語り掛けてきた。


「あの……さっき、帰りたいって言ってましたよね」


「いや、あの、その……まあ。実はこうゆう環境は得意ではなくて。ずっと一人で剣振ってきたので」


「ここだけの話ですよ。実はわたしもなんです」


 耳を疑う意外な言葉が、彼女の口から放たれた。


「人と話すのはとても楽しいし好きなんですけれど、ここってみんな出会いを目的に来ているじゃないですか。わたしは友達に誘われて来ただけで、そんな目的はこれっぽっちも無いんです」

「あ、俺も同じです。あのエイダンってやつに無理やり連れてこられました。恋愛目的じゃなく話すだけでも楽しいですけれど、どうも疲れちゃって。セリアさんみたいな人は、こうゆう場にすぐ馴染めそうですけどね」


「わたしみたいな……。わたしみたいなって、どんなですか? どう見えます?」


 そんな真面目にきかれても。


「え……。可愛いですし、笑顔可愛いですし、社交的だなと……」


 ほぼ可愛いしか言ってないじゃねーか。しかもセリアさんちょっと照れてるし!


「わたしって、いいように使われるんです。友達から、可愛いから彼氏ぐらい作りなよって誘われましたが、本心はわたしがいると男が寄ってくるから……。寄ってくる男の人もわたしをジロジロ見て、ろくに知りもしないくせに分かったようなことばかり言ってくるから、ちょっと嫌になっちゃったんです。ごめんね、こんなことばかり」


「いえ……。いろいろと大変なこともあるんですね」


「ここも、変わんないかな……」


 遠くから「おーい」とセリアさんの名前を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、友達が呼んでる……」

「あ、あと少し、頑張りましょう」

「はい。じゃ、また……」

「あの! ……その、よかったらプロフィール交換しておきませんか?」

 

 何を俺は言ってるんだ!!

 なんだかんだ言って楽しんでるんじゃないか!?


 ……いや、こんなに二人で話せたのも何かの縁だ。ちょっぴり期待しちゃおう。


「もちろんです!」

 セリアさんは笑顔で答えてくれた。

 

 お互いにラ・ブックを重ね、「トレード」と言うと一瞬本が緑色に光った。交換完了。


「ありがとう! じゃあ!」

 人々の輪に戻っていくセリアさんの背中を、俺はずっと目で追った。


 ずっと、彼女みたいなタイプはこういう場が得意だと思っていた。長所が意外なところで短所と化し、自分でも思いがけない結果を示しだす可能性があるのだ。

 

 俺も例外じゃなかった。

 決して恋愛感情を抱いたわけではない。

 俺のようなパッとしない奴が、彼女と結ばれるかもと可能性を感じたわけでもない。


 俺はセリアさんのプロフィールのページをめくっていた。

 あんな美少女と交換できたのが嬉しかったのだ。

 

 柑橘系フルーツを口に含めながら、俺はしばらくの間それを眺めていた。

 

 ま、一人でいたかったという理由でもあるが。



 それから十分ほど経ったころに悲劇が始まる。

「レディース&ジェントルマン――」





 ――……



 

 でも、それでもですよ、セリアさん。

 今のあなたは少なからず、今の俺よりかは幸せです。


 どうか、生き延びてください……。



「トーイくん!!!!」


 

 え……は……!?


「わたしがペアを組むのは、そこにいるトーイくんです!」



 息がつまりそうだった。

 聞き間違い。いや、そうでなくても同名の別の存在を疑い、数秒間は振り向けなかった。


 あり得ない。

 セリアさんが、俺の名前を呼んでいたのだ。


 ゆっくり首をひねり、事実が俺の心臓を高揚させる。

 セリアさんの視線は真っ直ぐ、俺に向いていた。



 おまけに、周囲の男性の視線も全部。


「おい、どういうことだてめえ! なんなんだよ!」

 背の高い厳つい男性が俺に詰め寄ってきた。

「本当にあの女のペアなのかよ!!」

 男は片手で服を掴み、小さな俺の体を持ち上げた。


 男らは皆、俺の返事を待つように黙ってこちらを見ている。



「う……ぐ……」


 そういうことか。


「ああそうだよ。セリアさんのパートナーになるのは、俺だ!!」


 セリアさんは俺を利用したのだ。

 一度男を散らす為に、俺に仮のパートナーのふりをしてほしい。そういう魂胆だろう。



「くそが!!!!」

 持ち上げていた男は舌打ちをして乱暴に俺を落とした。

 男たちは一斉に解散し、新たなペアを探しに回る。

 


 セリアさんと俺は一直線上に見つめ合った。

 

 脱力している彼女にゆっくり近づき、声をかける。


「あの……。よかったですね、あいつらどこか行って。セリアさんなら素敵な相手が見つかりますから。応援してますから……では」


「え、トーイくん! 組んでくれないの!?」


「……え?」


「え……?」


「だって、全部、演技じゃ」


「違いますよ! わたしはトーイくんと組みたいんです」


 ま、まさか。そんなことって……


「トーイくんと組みたいのには理由があります。いいですか、これはきっとトーイくんにも都合のいい話になるはずです。このラブクエストから出る方法として、ペアと協力して五つ全てのゲームをクリアすればいいんです。ほぼ確実に恋人になれるというだけで、必ずしもクリアに愛が必要とは言っていません。だから、同じ境遇だったトーイくんとならと思い。わたしと一緒にゲームクリアを目指しませんか!」


 セリアさん、この人……!


「俺も全く同じことを考えていました! きっとここにいる人達は恋愛目的だから……。俺とは合わないから……! そんな風に考えてくれる相方を探していたんです!!!!」


「それじゃ、合意ってことでいいですね?」


「……はい。もちろんです」


「トーイくん」

「んはい!」


「……ありがとうごさいます。一緒にゲームクリア目指して頑張りましょう」

「……はい。俺なんかでよければ。これから、よろしくお願いします」


 俺はなぜ、この時「ありがとう」を言わなかったのだろう。

 本当に「ありがとう」を言うべきは、俺のほうだったのに。


 俺たちは急いで互いにラ・ブックを重ねた。

「「ペア!」」

 そして無事、ペアの登録に成功。残り時間十七秒、ギリギリである。


「脱ラブクエスト運命共同体って感じですね」

 ふふとセリアさんは俺に笑った。

 

 俺は大馬鹿野郎だった。なぜ最初、困った彼女を見た時に助けに行かなかったのだ。

 いつもの魔物退治ならば足は簡単に動くのに、俺はあろうことか恋愛と自分のプライドを意識しすぎて行動に移せなかった。

 彼女が俺を助けてくれたように、今度は俺が彼女を助けなければならない。


 組もうと言われて、それが訳ありだったのには少しガッカリしたが、

 何がなんでも、俺はセリアさんを守り通して、


 ラブクエストを脱出クリアする!!!




 

 ――五分経過。


「タイムアップ時点で、まだペアを組めていない人たちは……ばいばい!」 

 シャーロットの一言で、それに該当するであろう者たちが


「たすけてええええ」

「いやだ、死にたくな―――」


 一斉に赤い粉と化して消えてしまった。

 彼らの魂だった武器が、赤く染まり無残に床に転がる。


「ペアを組んだみなさん、晴れておめでとう。いよいよ本格的なゲームが始まりますよ! まずさっそく、皆さんには移動してもらいます」


 一部分の壁が動き、二つの扉が登場した。

「男性は向かって右側の青い扉へ。女性は向かって左側の赤い扉へ……。あなた達の愛が本物ならば、きっとまた会えるでしょう。さあ動いて……ゲームの詳細は扉の向こうで」


 共同じゃないのか!?

 初っ端から男女別々に分かれてしまうようだ。心配だ……。


「それじゃ、また会いましょう。セリアさん……」

「トーイくん、無理しないようにね……」


 俺は青い扉へ、セリアさんは赤い扉に向かって進み始めた。


 扉の向こうは、これまた広い空間だった。しかし構造は複雑で、吹き抜けとなって二階や三階も存在する。そして何より、散乱したあらゆる物に目が行った。ずっと片づけをしていない子供部屋のようだった。


 男性が全員入ると扉が閉まり、室内に声だけが響き渡る。


「ようこそ、男性のみなさん!」

 その元気な声の主はもちろん、シャーロットだ。



「まず最初、一つ目のゲームは『宝探し』です」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る