第56話 ハヤトの激怒
「雷の精霊よ! 炸裂せよ!」
矢を放ち呪文を唱える。
人と人との隙間に刺さった矢が雷撃を纏い炸裂する。
右肩から人の遺体が剥がれ降ってくる。
見ていて気分がどんどん悪くなる。
まるで自分の信じている正義が蹂躙されているようだ。
俺はブチ切れていたが相棒はクールでクレバーに違いない。
と思って横を見るとこめかみにビクビクと脈動する血管が浮かんでいた。
仮面から漏れた部分の色は真っ赤。血圧が心配になる。
おっさん自衛隊員が手榴弾を投げる。
だけど効果はなかった。
遺体から血と肉が飛び散っただけだった。
あやしい役所の兄ちゃんがぼやく。
「あー、もう! こんな大型の穢れを祓ったことなんてないのに!」
ぼやきながら懐から何かを出して投げつける。
「喰らえやー! ジャパニーズ聖水!」
素直に告白しよう。
この瞬間、エロネタしか思いつかなかった。俺の残念脳味噌!
でもエロネタなんかじゃなかった。次の瞬間、ゴーレムの足が瓦解した。
「おっしゃー! 若水効果あったーッ!」
若水って正月の一番汲みの水だっけ? そんなの効くの?
水なのにたしかに効果はあったのだ。ジャパニーズあやしい役所すげえ!
だけど俺は兄ちゃんに向かって走る。
そのままタックルして押し倒す。
兄ちゃんの頭があった部分をゴーレムの左手が通過した。
まだゴーレムは動くのだ!
「生物じゃねえから切断レベルじゃないと動きを止められない!」
関口さんなら詳しく破壊の仕方を説明できるだろう。
アキレス腱の部分のケーブルに切れ目を入れるとか。
だけど俺じゃそこまではわからん。
たぶん遺体は外装だ。
毒も効果がないだろう。
こつこつ雷で剥がしていくか?
と思ったときだった。
「俺にまかせろ」
ハヤトが前に出る。声が低い。やだ声が怖い!
「光の精霊よ! 死霊を滅ぼせ!」
ああん! ターンアンデッドだと!
え、あれ、アンデッドなの!
だけど俺の考えていた効果とは違った。
激しい光が放たれ目がくらむ。
するとバラバラと音がする。
数十秒ほど青い光が見えていたが、目が元に戻る。
すると骨格だけになったゴーレムが見えた。
足元には数多くの遺体が転がっている。
「若水が効くのだから。ターンアンデッドでいけると思った。……で、そこのお前、覚悟はできているだろうな?」
ハヤトの声でゴーレムを見ると、中央に人が乗り込んでいるのが見えた。
ヤンキーばかりの勇者の中に普通、というかややオタク寄りの男がいた。
「俺のロボが! あ、あんた、弁償しろよ!」
男の間抜けな声が響く。
するとブチッと音が聞こえた。
あ、あのハヤト先生……?
「お前に褒美をやろう」
盾を置きぶんぶんとメイスを振る。
「な、なんだ! お前、俺に手を出したら訴えてやる! いいのか! 殺したら逮捕だぞ!」
そんな声に耳を貸すハヤトではない。
骨の巨人と化したゴーレムに近づき……カーフキック。
ふくらはぎを蹴っ飛ばす。
するとガクンとゴーレムが膝をつく。
え? あれでいいの? サイズ感がおかしいんですけど!
小人サイズのキックでダウン取れちゃうの!?
そのままハヤトはメイスを放り捨てる。
え? メイス、ただのフェイントだったの!?
ハヤトはコックピットに乗り込むとバキバキ取り外し、操縦席ごと下に投げ捨てる。
「ぎゃぴ!」
美しくない悲鳴が響くがハヤトはさして興味がない模様。
操縦席の奥に鎮座する宝石をつかんだ。
「ゴーレムのコアだ。こんなものがあるからバカが調子にのる」
ハヤトはそのままバキリとコアを握りつぶした。
「きゃしゃまー! コアを握りつぶしやがったな! 俺の能力でも一ヵ月で10個しか作れないのに!」
だけどその抗議が届くことはなかった。
「黙れ」
という低い声とともにコックピットにハヤトのヒザが降ってきた。
ガラスが割れたように音がする。
あー、これ骨が粉砕した音ですわ。
そのまま髪をつかんでコックピットから出し投げ捨てる。
「お前、仲間が死んだ経験はあるか?」
「お前らが何人もッ! ゴブッ!」
ハヤトが顔面を蹴っ飛ばした。
何本も歯が飛んでいく。
「当たり前だ。お前らは俺を怒らせた」
胸倉を掴んでパーンッとビンタ。
答えを待たずに裏拳でもう一発。
「俺たちは戦場にいた。何人も殺したし、何度も殺されかけた。仲間も何人も死んでいった! 俺より上等な人間が何人もだ! だからこそ俺は医者になって命を救いたいと思ってる。なのにテメエらはなんだ?」
拳が鼻に炸裂する。
「テメエらはなぜこんなことをする? なぜ遊びで人の命を弄ぶ?」
もう一発拳を振り下ろす。
あの……ハヤト先生。そろそろ死んじゃうと思うのですが……。
「起きろコラ!」
もう一発ビンタ。
どうやら起きたらしい。
「た、たしゅけ……」
俺の方に手を伸ばすが……無理だ。
俺ではハヤトを止められない……。
あとお前のためにリスクをとる気もない。
「いいか喜べ。お前には死刑囚になる権利をやる。数十年も死の恐怖を味わえ。そのために何をするかわかるか?」
「わ、わかりましぇん! たしゅけ……」
「安全に運べるように関節をへし折る。あと詠唱ができないように顎も外しておこう。安心しろ、下山するときには治してやる」
「や、やめて!」
絶対やめないと思う。
……だって無理矢理起こして膝関節を踏み抜いてたもの。
逆に曲がっていたもの!
両足を潰すとそのまま脇固めで片腕をへし折る。
そのまま倒れて逆の手を取りチキンウイングアームロック。
要するに関節技でへし折った。
最後に顎をつかんで外すと同時に潰した。
ここまでやって死んでない。
うん……決めた。
ハヤトをからかうのはやめよう!
自衛隊の人たちもぼうっと見ていた。
誰も止められないし、止めなかった。
俺たちはみんな共犯者だった。
「血が詰まって窒息したら困るな。血だけ止めてやろう」
ハヤトはそう言うとヒールをかけた。
すべてが終わるとスッキリした声を出す。
「さあ、黒田を殺しに行こう」
俺たちは猛獣となるべく目を合わせないようにして先を急ぐ。
皆余計な事は言わない。
怒らせると一番怖い人を黒田は怒らせてしまったのだ。
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