第55話 五合目

 下ではモンスターの死骸の山が築かれていたが、富士山に入ってからは死骸どころかゴブリンすら見ていない。

 休日には車が行き交う道路も静けさに包まれていた。

 道路の至る所に噴石の跡が刻まれている。

 俺……相当ヤバかったんじゃね?

 そう思ってたら「だから時間をかけて慎重に歩いてきたんだろ!」とハヤトに言われる。

 家族に被害出たら嫌だなと思いスマホを見るがネットに繋がっていない。

 しかたなく出る前に自衛隊の人から貰ったポケットラジオをつける。

 人類が滅んでもしばらく使えるアナログ技術が有能すぎる!


「今回の災害では被害は関東全域に及び、死者行方不明者はこれまでわかっているだけで2万人にも及び……」


 ……おう。

 わかっちゃいたが災害規模が大きい。


「海外ニュースじゃ死者行方不明者10万人以上って報道している。史上最悪のテロだってよ」


 ハヤトが心底嫌そうな顔で言った。

 俺も嫌な気分だ。

 整備された道だ。すぐに黒田から指定された目的地に着く。

 いくつも入り口があるせいか、ネット経由で指定してきやがったとのことである。

 ネットが死んでいるのにメッセージを送れたってことは比較的被害の少ない地域から送ったのだろう。

 前から準備してなければできない。

 要するにゴブリンやオークが蹴散らされるのは想定内ということか?


 車を降りると灰だらけの死の街が広がっていた。

 建物が壊れ残骸を晒しているのが見えた。

 お土産物屋や郵便局、レストランも倒壊している。

 鳥居の残骸も倒れている。

 あちらこちらに岩が転がっている。

 試しにお土産物屋の覗くと親目線の隊員に止められる。


「見ない方がいい。火砕流に巻き込まれた人がまだ中にいるはずだ」


 俺は言葉を失った。ハヤトもだ。

 黒田の野郎! どれだけの命を奪ったんだ!

 真っ白な中を進む。灰が盛り上がって人間の形になっているのを見るたびに嫌な気分になる。

 みんな無言だった。

 自然災害なんかじゃない。これは殺人なのだ。


「……やはり黒田は神に贄を捧げたか」


 空気の読めない男がつぶやいた。

 するとハヤトが胸倉をつかむ。


「なにを知っている?」


「手を放せ。僕が知ってるのは黒田がこの世界じゃとうに滅んだはずの魔術に精通してるってことだけだ」


 ハヤトは嫌々手を離した。

 ここで舌打ちの一つもしないのは育ちの良さゆえだろう。


「資料によると黒田は……普通よりはだいぶ恵まれた家庭に生まれた。幼稚園から大学までエスカレート式の私学に通って中学ではバンドをやってたそうだよ」


「へえ、金持ちの普通ってやつか」


 俺がそう言うとあやしい役所の兄ちゃんはニコッと笑った。


「そう金持ち。でもよくある家庭だ。成績は有名私立の中の中」


「うちの学校だと上位ッスね」


「はいはい。自虐ネタはいいから。そんな普通の子がいきなり人格が変わった。自信にあふれ、尊大になり、人を暴力で支配するようになった。なぜか魔法まで使えるようになってね。最近じゃ逮捕に向かった警察官10名を素手で撲殺するくらい元気になったようだね」


「で、贄って?」


「そのまんま生け贄だよ。それも神代クラスの古いやつ。あいつらが子どもを殺し回ってた理由。それは生け贄にするためと僕らは考えている。対象が子どもなのは……ほら、小さいからバラバラにしても持ち運びしやすいからねえ」


「……最低だな」


 今日一番気分が悪くなったぞ。


「で、それを元手に八岐大蛇を復活させて地震を起こした。わかっているだけで10万人を捧げて八岐大蛇をパワーアップさせた。と、考えられている。本来なら僕らの出番なんてないはずだったんだけどねえ……。まさか古の生け贄まで出されちゃねえ……あーやだやだ」


「ホント、あんたどこの役所よ」


「教えてあげない。お互いのためにね」


 相変わらずうぜえ。


「さーて見えてきたよ。ラスボスのお出迎えだ」


 言ったとおり道の先に黒田がいた。

 黒田はオーバーアクションで手を広げ俺たちに声をかける。


「よく来たな。我らを弾圧する非道で冷徹な政府の犬よ」


「うるせえ、この社会不適合者。いま自首すれば死刑で許してやる」


 煽ってやると黒田はニヤニヤと顔を歪ませる。

 汚えツラだ。


「社会不適合者? ミッドガルドじゃ俺たちは英雄だった。そんな俺たちを受け入れない世界なら壊れてしまえ」


「知らねえよバカ。ミッドガルドじゃ俺たちは奴隷だった。俺たちにあるのは死と暴力だけだった。だからこそ死んでいった仲間たちのためにも俺たちはこの世界を守る」


「地震も防げなかった無能が偉そうに言ってくれるじゃないか」


「俺たちはベストを尽くした。たとえ後悔があっても自分を許して前に進むしかない」


 パーンッと音がした。

 俺たちの口喧嘩の隙に銃を撃ったのだろう。

 だがその銃弾は黒田に届くことはなかった。

 銃弾は黒田の前で燃えて灰になった。

 索敵をすると、近くにバカでかいライフルを持ったハメスのおっさんの反応があった。

 なるほど伏兵を仕込んでサクサク殺しちゃう予定だったのね。


「つまらん。この程度か。おい、出てこいよ」


 するとバーコードタトゥーと一緒にいた……えっと誰だっけ?

 とにかくヒーラーのやつが出てくる。


「アサシン! てめえに吹っ飛ばされた手足が痛え! 絶対にぶっ殺してやるからな!」


 なんかムカついたのでその辺に落ちてる石を投げつける。


「ちょ、おま! ちゃんと戦え!」


 ヒーラーは慌てて石を避ける。痛快である。

 するともう一発銃声がする。

 ヒーラーの胴体の肉が半分吹っ飛んだ。


「いてえええええええええッ!」


 次の瞬間、傷が塞がる。

 バカなのに能力が高い。バカなのに。


「痛えよおおおおおおおぁッ! だけど俺は殺せない! 残念だったな! 来い、フレッシュゴーレム!」


 ずしんっずしんっと何かがやって来る。

 ゴーレムだ。

 ただそのゴーレムは人間の死体でできていた。

 何人もの死体が組み体操のように絡まっている。

 それは俺が見た中でも一二を争う醜悪な物体だった。


「おい、そこのバカ。人質はどうした?」


 ハヤトが低い声でうなった。


「生かしておく理由なんてあるか?」


 あっそ、じゃあお前も生かしておく理由ないな。


「風の精霊よ! 分解せよ!」


「バカが、お前が毒を使うってのはわかってる! 光の精霊よ! 解毒せ……よ……」


 だけどバカはそのまま昏倒。

 崩れ落ちた。


「だから毒じゃねえっての」


 ドラゴンを殺した低酸素だ。

 人間なんざひとたまりもない。

 吸った瞬間に終わる。

 だけど術者を倒したのにフレッシュゴーレムに影響はなかった。

 まだ別の勇者がいやがるな。


「さあ、どうするアサシン? 俺を捕まえたければそいつも殺せ」


 黒田は余裕ある態度で去って行く。

 おかしいな。ついでとばかりに黒田にも低酸素の空気を吸わせたのに。


「おかしい毒が効かない」


「シュウ! それはいいから手伝え!」


「うっす!」


 俺たちは突っ込んで行った。

 とりあえずゴーレム倒してから考えよう。

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