第38話 再び戦場へ
浜内のおっさんに助けられなかったことを謝ったら「バカ言ってんなよ! 女の子の代わりに怪我したなんて最高にカッコイイだろ!」だって。
昭和のおっさんの美学は結構好きだ。
浜内のおっさんはケツをしこたま打ったらしく動けなかったが、それでも気合で指揮を執るらしい。
「困っている人がいるんだ! ケツの痛みなんて知るか!」
だそうである。
これだけ見栄を張るのだから何も言うまい。
とりあえずハヤトにヒールをかけてもらう。
それでも痛みは残るんだけどね。
お偉いさんでもミッドガルドの貴族とは大違いである。
そりゃねえ、自分自身で痛い思いをしながら前に進んできた文明と、異世界人を奴隷にして嫌なことを全部押しつけた文明じゃ偉い人の民度が違うよね。
浜内のおっさんが吠える。
「よっし痛くねえ! うおおおおおおお! 官邸に行くぜー! 来いアサシン!」
昭和のおっさんの有り余るパワーを見た気がする。
それに……おかしい俺まで官邸に行くことになった。
確かに俺たちはダンジョンの専門家だから行くことになるのは当たり前か。
車で官邸に。今いるのが四谷だから結構近い。
そのまま車で送ってもらうが信号機が止まっている。
ちょっと危ないけど運転手さんを信じることにする。
ネットは重くなりすぎて読み込んだまま。ずっと画面にグルグル矢印が表示されてるしている。
仕方なく車のラジオをつけてもらう。
さすが人類が滅んでもしばらく稼動できる放送だ。
普通にニュースをやっている。
「怪物が続々と市街地を目指しています! 富士吉田市の住民の方はすぐに避難してください! 繰り返します! 富士山五合目に突如として出現した穴から怪物が出現しています! いますぐ逃げてください!」
俺たちは無言で考えていた。
ダンジョンの外にモンスターがあふれるのはダンジョンのレベルが高くなった証拠だ。
ミッドガルドじゃ日本人が皆殺し寸前まで追い込まれる恒例のイベントだ。
それに警察や自衛隊の装備なら俺たちより強いはず。
待てよ……異世界に行ってないってことは警察も自衛隊もレベル1か……。
一気に不安になってきたぞ。
近づく前に榴弾浴びせるとか毒ガス使えば一網打尽にできるんだろうけど、警察も自衛隊もできないよね。
だって住宅も観光施設も畑にも影響あるだろうし。
それに五合目にいた人々が巻き添えになったら政権が吹っ飛ぶ。
冷酷な決定を下せる政治家としては有能なんだろう。
だけど、ナチュラルサイコパスか普段からそういう決断を下せるように訓練してる人間じゃないと難しいよね。
俺もヤダ。
そういうヤバいやつの下で働くのもヤダ。
となると歩兵と戦車くらいかな。
ラジオを聞く限りとんでもない数のモンスターがいる。
拳銃じゃ不安だよね。
官邸の中に入る。初めてである。
「あー……ヤンキー殴ってるときが一番楽しかった……」
「つい最近の話だな」
「真穂ちゃーん! ハヤトが虐める!」
「よしよしシュウ。全部黒田が悪いんだからここでやっつけてね~」
「うんポクがんばる!」
「お姉ちゃん、緊張してるからって茶番でごまかすのやめようよ~! もー、向こうの王様の前だって緊張してなかったのに!」
歌穂もハヤトも呆れていた。
だって尊敬どころか憎みまくってる異世界の王様のとこに殴り込みに行くのと、自分の暮らしてるとこのお偉いさんじゃ違うじゃん! 緊張するよ!
会議室に入ると関口がいた。
俺と目が合うとにやーっと嫌な笑みを浮かべる。
「みなさん! アサシンが到着しました!」
「やめてー! 汚っさんやめてー! 他人様に過剰な期待をさせるのやめてー!」
「うっせーな! いいんだよ! お前さえ来れば解決するような気になるから、それでいいんだよ!」
するとおっさんたちが「ガハハハハ!」と笑う。
すると関口の汚っさんが俺に横に回って首に腕を回す。
「シュウでかした。お前のおかげでお偉いさんの緊張がほぐれた」
「え……お偉いさんも緊張するの?」
「お前なあ……未曾有の大災害を前にして会議室の空気が凍ってたんだよ」
「で、いまどんな感じなの?」
「地震で関東全域に被害。家の倒壊に火事に停電からの信号停止に……とにかく凄い数! ラッシュ時に電車が止まり帰宅困難者多数! こっちの警察も自衛隊も災害救助で手一杯だ。そこにモンスターの出現だ! 周辺にいる警察と自衛隊に任せるしかない! ……それと俺たちだ」
そう言うと関口がバカでかいトランクをテーブルに置く。
中を開けると剣や弓、防具が入っていた。
あ、もう突撃するの決まったのね。
さすが汚っさん、仕事が早い。
「車に積んできた。アサルトライフル持っていくか?」
「使い方わかんねえ。持っていっても邪魔になるだけだ」
エアガンすら撃ったことがない。
訓練受けてなきゃ逆に弱くなる。
するとテレビで見たことあるおっさん。総理大臣が俺に一礼した。
他のお偉いさんたちも俺に頭を下げる。
「本来なら護るべき国民である君たちを再び戦場に行かせることになってすまない」
あー! もうこっちの政治家は卑怯だな!
いやちゃんとしてるんだけど! そう言われちゃごねられないでしょ!
「俺も行くぜ」
関口も日本刀を持つ。
手足にガードをつけて首に鋲突き革の首輪。
手甲にナイフブーツ。
頭には鉢金をつける。
「あああん? おっさん行くの?」
「おう、こっちは満里奈と片岡夫妻がいるから平気だろ」
まー、無線あるしダンジョンの外でナビしてもらった方が効率いいか。
ハヤトもメイスを腰に差し、盾を背負う。
もう片手には鎧一式。
「俺がいないと相棒が死ぬからな」
俺はモタモタ。
防具つけてベルトにナイフ付けまくって、矢のケース背負って、防具付けて……。
「ちょ待っ! なんで俺だけやたら装備多いのよ!」
「武器いくつも持ってるからだろ!」
テクニカルキャラは準備に時間がかかる。
さながらデート前の女子の如く。
もたつきながら準備完了する。
「ヘリが来てる。乗るぞ!」
「あいよー!」
中庭に出ようとすると真穂が走ってくる。
そして俺の顔をつかむと……いきなりキスをした。
「ぜったい帰ってこいよ」
「俺……戻ったら真穂ちゃんとえっちなことするんだ!」
「死亡フラグ作るのやめろ! このバカーッ!」
ぽかぽか叩かれながら俺はヘリに乗る。
ヘリに乗ると大声で叫ぶ。
「ぜったい戻るから! そしたら今度こそ普通の恋愛しような!」
「おう! 待ってる!」
後ろではハヤトと汚っさんが「ヒューヒュー」とはやし立てる。
こいつらぶん殴っていいかな?
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