第37話 異変

 結局、関口の意図はわからないままだ。

 自暴自棄とか人生の店じまいを始めたってわけじゃないと思う。

 あのおっさんは人類が滅んでも生き残るタイプだ。

 で、俺たちは政府専用車で西洋建築の建物に案内される。

 両側をやたらガタイのいい黒服に固められ敷地に入るとスーツ姿で頭の寂しいおっさんが出迎える。

 なんか見たことある顔だなあ……。ええっと……誰だっけ?


「みなさん、私が案内役の浜内です」


 浜内はまうちハマウチ……浜ちゃん……。バーコード、すだれハゲ……あーッ!


「防衛大臣の人!」


 するとおっさんはゲラゲラ笑った。


「ガハハハハ! いや、悪い悪い。つい笑ってしまって。世界最強の男が来るって聞いてたから正直ビビってたんだが普通の子じゃないか!」


「世界最強じゃないですって。戦車だったら隠れて近づければワンチャン。榴弾砲には何もできずに木っ端微塵。戦闘機相手じゃ手も足も出せないって程度です。そもそもヘリ相手だって似たようなのにあやうく殺されるところでしたし」


「ヘリ相手ってドラゴンのことかな……ははは……」


「あー、はい。殺すとこまでは想定内だったんですけど、墜落して下半身潰されちゃって危うく死ぬかと思いましたね」


 なぜかハヤトが額を押さえる。


「大臣……こいつはこういうやつなんです……」


「うん……なんとなくわかった。君を怒らせるのだけは避けようと思う」


 そのまま中に案内される。

 中に入ると立食パーティー形式で料理が並ぶ。

 そこに様々な国の人がいた。

 彼らは俺を見かけると歓声を上げた。


「君が救出した人々が所属する国の外交官だ。ぜひ会って感謝を伝えたいってね」


 あまりの出来事に固まっているとガタイのいい金髪のおっさんにハグされる。


「アサシン! 君はヒーローだ! ところで……留学に興味ないか? わが国の士官学校はいつでも君を待っている!」


 めっちゃオーバーアクションで言われる。

 いや言葉はわかるんだけどこのノリに困惑してる。

 俺だけじゃない。

 ハヤトも囲まれている。


「バーサーカー! 留学に興味はないか? 我が国の医学部は奨学生として君を受け入れる用意がある! 君なら癌を根絶……いや不老不死すら可能にするだろう!」


 ドイツ語の人にそう言われハヤトが珍しく視線で俺に助けを求める。

 まー、下半身ブッ潰れた人間を治せる人材はどこでも欲しいよね。

 日本が手放すわけないけど。

 真穂も囲まれている。完全に言葉がわからず涙目で俺を見ている。

 なお前線に出るメンバーじゃないのでコードネームはその場で適当に考えたものらしい。


「ソードスミス! 君がソードスミスか! 聞いたか? 君の打った剣が戦車の装甲を貫いたんだ! どうだ我が国で留学しないか! 君なら素材系で最高の学者になることだって夢じゃない!」


 歌音もだ。

 うわーお、ロシア語の人たちに囲まれている。

 歌音は涙目である。


「バード! 我が国最高の音楽院に来ないか? 君の歌声は世界の宝だ! アイドル活動も続けながらでもいい。我が国に来たまえ! 最高の教育を約束しよう!」


 俺は仕方なく通訳してやる。

 すると三人とも微妙な表情になった。

 いきなり売り込みかけられても困っちゃうよね。

 すると浜内さんがガハハと笑う。


「彼らも母国から命令されてるんだ。悪く思わないでくれ。それに本当に感謝してるのは……来たぞ」


 縦も横も大きな男がやって来た。

 男は俺に手を差し出し握手を求める。


「アサシン、拉致被害者の奪還並びに仲間の名誉を回復してくれたこと国を代表し心より感謝する」


 しかめっ面のおっさん。オーバーアクションはない。

 手を握るとおっさんは俺の手をひっくり返して手の甲を見る。

 傷は消えているはずだが興味があるようだ。


「何度も傷ついた動きだ……過酷な戦場を生き残ったようだな」


「たまたま生き残っただけですよ」


「そうか……」


 するとおっさんは俺に名刺を渡す。


「いいカウンセラーを知ってる。弁護士もだ。困ったら私に電話をかけてくれ。国家と私の誇りにかけて全力で君を助けよう。見返りを要求することはない。それだけのことを君はしてくれた」


 そう言うとすぐにどこかに行ってしまう。


「がはは! さすが向こうのお偉いさんは格が違うねえ」


「浜内さん。あのおっさんは?」


「米軍の偉い人。ずいぶん気に入られたようだな。本当はおっかないおっさんだぞ」


 そして歓声が上がる。

 入り口を見ると関口と片岡夫妻、それに満里奈姐さんが入ってきた。


「おっともう一人の主役の登場だ」


「浜内さん、関口のおっさんこんなとこ来ても大丈夫なの?」


「あー……会見のことか。それは問題ないよ。もうずっと前に相談済み。私は弁護士じゃないから断言はできないけど、遺体も物証もなにもかも異世界に置き去り。被害者が誰かすらわからない。あるのは君らの証言だけ。国民感情は君らに同情的。素人が考えたって君らが殺さないことを選択できたとは思えない。関口さんの財力で弁護士はオールスター。おまけに外国まで圧力をかけてくる。どうやったって悪者になるのに検察も裁判官もこんな仕事やりたがるとは思えないけどね」


 さすが人類が滅んでも生き残る男。

 勝てる喧嘩だからあの態度だったのか。


「それにねえ。関口くんの提案なんだ。マスコミに一切情報を流さなかったの。マスコミはよほど君たちの情報が欲しかったようだね。上にせっつかれてイライラして攻撃的になってあのザマだよ」


 おっさん……やっぱりおっさんは俺たちの汚いリーダーだ!

 安心した!


「でもね勘違いしないでやってくれ。あの男はちゃんと責任を取るつもりだよ。黒田を捕まえたらね。今どき珍しい気骨のある男だ。政治家になってくれないかな。ガハハ!」


 浜内のおっさんは俺の背中をボンボン叩く。

 このおっさん……嫌いになれそうにない。


「浜内さん。俺たちはどうなるんです?」


「なにも。君らは自由だ。留学してもいいし国内で進学してもいい。私たちの器じゃ君らを飼い殺しにできるとは思えない。あえて言えばだけど、できれば国内の大学に進学して欲しいかな。とりあえず国立大学の席は空けておくよ」


 堂々と裏口入学宣言をされてしまった。


「はは、そんな顔しないでくれ。裏口なんかじゃないから。だって君、どんな言語でも話せる世界ナンバーワンの語学力の持ち主だろ? 向こうの言葉、エルフ語までできるんだって? それに魔法まで使えるんだって? バーサーカー君は人知を超えた癒しの能力。医学部に行って人体の仕組みを勉強したらどうなるんだろうね? ソードスミスは失われた鍛冶の方法まで知っているって話だし、バードは異世界の扉を開けたことがあるんだって? 君らを欲しがらない学校なんて、ある?」


 知らないッス。


「ガハハ! まあ悩んでくれ。あ、SNSの友だち申請しとくね。あとこれ電話。困ったら相談して。一応言っておくけど【困ったら】っていうのはトラブルがあっても絶対に自力で解決しないでねって意味ね。犠牲者が出るから」


 なんだかずいぶん優遇されている。これでいいのだろうか?

 するとおっさんに解放されたハヤトが質問する。


「いいんですか? 黒田は捕まえるのに。私たちはこんなに優遇してもらって」


「君らは話せばわかるからね。でも黒田はだめだ。やつは平和な日本で何人も殺した。警察と自衛隊を差し向けるしかない」


 よし詰んだ!

 黒田ざまぁ!

 このまま俺はハーレムラノベのような高校生活に突入するに違いない。

 いやーよかったよかった。はっはっは!

 と、安心しきったその時だった。

 揺れた。

 ドンッと衝撃が走り、地面が揺れる。


「地震だ!」


 大自然にはどうやったって敵うはずがない。

 俺は真穂をかばう形で床に伏せる。

 ハヤトは歌音をかばう。

 浜内のおっさんごめん! 助けられなかった! いや完全に見捨てた!

 浜内のおっさん、思いっきり尻餅。

 腰をやった音がした。ごめんね。

 その場の誰もが立ち上がれない。

 ちゃんとメンテナンスされた建物だ。

 壊れる気配はない。

 数分で揺れが止まった。

 すぐに避難誘導で外に出る。

 庭が広くて助かった!

 外に出るとあちこちで警報が鳴り、遠くで火の光が見えた。

 関口が俺を見つけてやってくる。


「おい、これを見ろ!」


 まだネット回線は生きていた。

 そこにはストリーミング配信の映像が流れていた。


「富士山五合目に巨大な穴が出現しました! そこから見たことない生き物があふれて出してます!」


 俺たちは息を呑んだ。

 それは俺たちの知っているものだったからだ。


「ダンジョンだ……」


 俺がつぶやくと周りの人々まで映像を凝視していた。

 ようやくわかった。

 黒田の野郎……ダンジョンを日本に呼び出しやがった。

 連続殺人はその準備だったに違いない。

 消防のサイレンの音が鳴り響く中、俺は奥歯を噛みしめていた。

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