第20話 正体発覚

 妹には隠し事などできない。

 それを悟ったのは寿司パーティーの次の日。

 上半身裸で歯を磨いていたときのことだった。


「ねえ、シュウちゃん……あんたアサシンでしょ……ってうっわすげえ背筋!」


 ぶっと歯磨き粉が気管に入る。

 むせながら吐き出し口を洗う。


「げほっ、なぜわかった……」


「だって……昨日いなかったし。それに動きがなんとなく。つうかなんなの! そのけしからん筋肉!」


 たったそれだけでバレてしまうのだ。

 どんな名推理だよと!


「ていうか、いつの間にそんな筋肉になってるの! なにがあったの!?」


「どうしてアサシンよりも筋肉の方を問い詰めるの!」


「バッキバキだからだよ!」


「お兄ちゃんわけわかんないよ!」


 歌音は一瞬考える。

 するとスマホを取り出しいきなり撮影した。


「すげえ腹筋!」


 カシャッ!


「なんなの! お兄ちゃん妹の考えが何一つ理解できないよ!」


「咲良先輩に送るの!」


「やめて! マジでやめて! 乙女の裸を送らないで!」


「乙女じゃねえだろ! いいから撮らせろ!」


 ギャーギャーと騒ぐ。

 なお写真は無事送信された。泣きそう。

 学校に行くために、歌音と駅に行くと咲良と楓が待っていた。

 咲良は俺の顔を見るや否や、俺たち二人を路地に連れ込む。


「シュウ、あんたがアサシンでしょ」


「きみらはエスパーか! なんでわかるのよ!?」


「だって、あのふざけた動き! 真面目にやってんのにふざけてるようにしか思えない動き! あんたしかいないでしょ!」


「そうですよ! 修一くんしかあのふざけた動きはできません!」


 咲良も楓も画面越しに俺だとわかったらしい。

 やはりエスパーである。


「はいはい、アサシンちゃんでーす♪」


 認めるしかない。


「へぇー、写真撮っていい?」


 悪い顔をした咲良がスマホを取り出す。


「さらし者にしようとしたらこの場で脱ぐ。警察が来てもやめない。警察に泣きながら『いじめられたんです!』って訴えてやる。あと毎日俺の裸の写真送りつける」


「ヒーローのやることじゃない! ってただの記念だよ。でもさ、どうしてヒーローになったの?」


 俺は三人に本当のことを話した。

 信じようが信じまいが、もうどうでもよかった。

 一年間にも及ぶダンジョンでの戦い。

 死んでいった仲間たち。

 ダンジョンから帰ってくる方法を見つけたこと。

 戻ってきたらまさに行方不明になったその時刻で元の姿だったこと。

 菊池にからまれて思わず殴ったら異世界にいたときのパワーのままだったこと。

 仲間を奪還したこと。

 そしてミッドガルドの勇者たちが日本で殺人を犯していることを。

 ずうっとしゃべり続けた。


「……そっか」


「ああ、嘘だと思うだろうけど……それでもすべて本当のことだ」


「……信じるよ。だってあのときも人間離れしてたし」


 咲良はそう言った。

 楓は戸惑っていた。これが正常な反応だろう。

 歌音はもっと軽かった。


「筋トレもしないであの体だしね。腹筋割れてんの」


「え! 見せて見せて!」


 咲良も悪ノリする。

 これは応えねばなるまい!


「ちょっとだけよ♪」


 腹筋を見せると二人の黄色い声が上がる。

 楓は目をそらす。

 少し快感。ゾクゾクするわ。


「なあなあ、シュウ。今度モデルになってよ」


「え、ヌード……」


「ばーか!」


 それは残念。

 じゃれてると話題を変えたいのか楓が言った。


「あの……気になったんですけど、私の家族のこと聞いたのって、なにか事件に関係あるんですか?」


「ああ、咲良はミッドガルドの王国の王位継承順位第六位。楓は聖女の子孫だ」


「……え、それって」


「二人とも異世界人の血を引いている。咲良は公爵家。楓はエルフの聖女」


「私、そんな話聞いてません……」


 そりゃそうだ。証明しようがない。教えてもホラ話になるだけだ。


「それじゃ……ストーカーは……」


「ストーカーじゃなくて向こうに行った勇者だ。ミッドガルドの王を殺してから、咲良を誘拐して女王にするつもりだ」


「狙われてたのは私!?」


 咲良が声を上げた。


「楓も狙われてる。ただ、なぜ狙われてるかわからない」


「そうですか……それじゃ警察とかは!」


「いるよ。今も何人も見守ってるし警備会社もつけてる。詳しい話は放課後しようか。仲間を紹介する」


 その言葉に咲良が食いついた。


「あの関口正治も仲間なの!? ねえどんな関係!」


 これは言いたくない。

 だが選択肢はない。

 信用をさせる必要があるのだ。


「……俺たちの……師匠」


 関口との出会いは、いきなり投げ込まれたダンジョンで死にかかってたときだった。

 俺とハヤトは関口に助けられて、そのままニホンで保護された。

 そこでニホンクランの誇る新兵訓練を受けて今の状態に。

 関口には剣術と徒手格闘を叩き込まれた。

 今でこそ、「勇者との戦いに俺では足手まといだ」なんて言ってるが、ジョブが商人なのに俺たちが来るまで前衛張っていたのだ。

 魔法なしの一対一なら勝てる気がしない。化け物である。酒が入ってなければだけど。

 それだけじゃない。ダンジョンでの水の確保のしかた。保存食の調理。薬草の調合。

 とにかく死なないための最低限の知識を教え込まれた。

 メイスや棒術も教えてくれればよかったのだけど、警棒を教えていた警察官は俺たち加入前に死亡。

 中国武術の先生もすでに死亡。

 鈍器の使い方は失伝という結末を迎えた。

 己の強さに自信がある人間の方が死亡率が高い。これは揺るがない。

 他の種族や外国人にも棒術を教えられる人はいなかった。

 なのでハヤトは剣術と徒手格闘しか習ってない。

 それでも末期ごろはレベル20のダンジョンをレベル1で探索していた。

 俺たちがレベル20を選んだのではない。

 ダンジョンが勝手にレベル20の難易度に上がったのだ。

 それであの日は関口含めほとんどのメンバーが負傷。

 その状態で佐藤のおっさんのノルマの期限が来ていた。

 ゴブリンの耳10個。

 期限までにノルマをこなせなければ処刑。斬首だ。

 それを回避するために、俺とハヤトと佐藤のおっさんだけでダンジョンに潜るハメになったのだ。

 結局、佐藤のおっさんは死亡。運が悪かったと思う。

 弓に関しては少し事情がある。

 俺の弓はレンジャーの片岡夫から教わったわけではない。

 新兵訓練が終わったころ、俺はキャンプにいたエルフと仲良くなった。

 彼女は戦争で捕虜にされたが身代金を払えなかったため奴隷になった。

 メシ半分と引き替えにエルフ語と弓を教えてもらった。

 俺は味方であれば現地人に教えを請うのをためらわない。

 ハヤトはそういうのは感情的に受け入れられなかった。

 それが俺たちの考え方の違いだ。俺が悪いわけでもハヤトが悪いわけでもない。

 ただお互いに理解できない部分が存在するだけだ。

 なので俺の弓は弓道ベースじゃない。

 その彼女ももうこの世に存在しない。

 感傷にふけっていると、咲良の声で現実に引き戻される。


「へえ、すごいじゃん!」


「そうでもないよ。それに君たちもすぐ知り合いになるし」


「それってどういう……」


 俺はスマホを取り出し関口にメッセージを送る。

 内容は簡単。【二人に話した】だけ。

 すると間をおかず【放課後連れてこい】と返ってくる。


「来いってさ。とりあえず美味しいもの食べられるよ」


「シュウちゃん! 私は! 私は!」


「一人くらい増えても問題ないんじゃね? 来いよ」


「やったー!」


 そりゃそうか。

 こうして三人に俺の正体が発覚。アジトに行くことになったのだ。

 それにしても……この子たち、初対面の人に会うの嫌じゃないの?

 なんでコミュ力高いの?

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