第21話 道場

 放課後、ハヤトも加えてアジトに行く。

 正確にはメッセージを送ると迎えが来てくれた。

 身分が発覚するのを防ぐための措置だ。

 アジトに行くと真穂が仁王立ちしていた。

 ブチ切れていらっしゃる!

 小さいせいかその姿はどこか猫を思わせる。


「ようシュウ……女連れでご出勤ですかぁッ!」


「なんでキレてるんよ。おう、紹介する。俺の妹の歌音。そっちは咲良に楓だ。あと初対面だろうけど、こっちは俺の彼女のハヤトちゃん……えぶら!」


 ドカッとハヤトが俺の尻に重い蹴りを入れる。

 振り返ると「空気読めボケが!」と睨んでいた。

 この凄味……スキルなしなのに……強い。

 歌音は真穂を見る、上から下まで眺めまくる。

 視線が真穂の真っ平らな胸で止まる。

 すると笑顔になる。


「シュウちゃん、彼女?」


「ちがいますー! 一番信用してる鍛冶師ですー」


「し、信用! おま、何恥ずかしいこと言ってんだよ! バカ!」


 真穂は顔を真っ赤にした。

 確かに俺の彼女ということにされたら可哀想だ。


「要するに友だちというやつだ。彼氏とか彼女という関係ではまったくないぞ!」


 そうきっぱり宣言すると、真穂はその場でいじけた。

 なぜだ!


「シュウちゃん……そういうとこだぞ……」


「どういうことよ!」


 なぜか歌音は怒っている。

 楓はクスクス笑い、咲良は「???」と首をかしげていた。

 そんなやりとりはすぐに終了する。

 奥からやってきたのだ。

 袴をはいた関口が。


「ようシュウ、調子にのってやがるらしいじゃねえか。ちょっとツラ貸せや」


「関口社長! 本物だ!」


「おう、君が咲良ちゃんかな?」


「そうです! あなたの茶碗のファンです!」


 茶碗?

 なんの話だ?

 すると関口はニヤーっと笑う。


「うれしいねえ。シュウ、こういうとこだぞ! 俺は陶芸もやってるの!」


 知らなかった……。


「あの……シュウくん……関口社長は芸術家社長で有名ですよ」


 楓にまで言われる。

 ハヤト! 貴様はどうなのだ!


「血走った目で助けを求めるな。知識として知ってたぞ。ただ俺には陶芸の善し悪しはわからんがな」


 裏切者!


「陶芸家で偉い社長。俺の偉大さがわかったか!」


「うわああああん! 関口さんだけは俺と同じクズだと思ってたのにーッ! アル中親父だと思ってたのにー!」


「うっわ、この野郎。人を自分のレベルまで落とそうとしやがった!」


「もう知らない! ポクおうちに帰る!」


 そう言って逃げようとすると襟をつかまれる。


「お前は道場な」


 病院に連れて行かれる子犬みたいになりながら、アジトの道場に連れて行かれる。


「さあ、得物を選べ」


 薙刀に槍。木刀に小太刀、短刀。

 杖や六角棒まである。

 それだけじゃない。ヌンチャクや三節棍、サイやトンファーもある。


「関口さん、いくつも使えない武器があるじゃん」


「俺も一年間遊んでたわけじゃねえってことよ」


 なるほど。


「じゃあこれ」


 直刀で両刃の木刀を取る。


「それじゃあやるか。魔法は使用禁止。目、指、金的を狙うのは禁止。相手が大怪我したら負け」


「山神さん、どうして細かくルールを決めてるんですか?」


 楓がハヤトに質問する。


「あのバカは指定しないとどんな卑怯な手でも使うからだ」


 ひどすぎる!


「オラ! やるぞ。はいはじめ!」


 関口はいきなり木刀を振るってくる。

 これがただの汚い成金なら余裕でよけられる。

 だけど関口は異世界で殺し合いまでやった実力者。

 見えない。まったく見えない。

 なので勘でよける。

 木刀が髪の先をかすめていく。

 首にチリッと電気が走ったような感覚が走る。

 まずい。

 俺は身を屈める。


「きえええええええええええいッ!」


 次の瞬間、俺の首があった位置に突きが入る。

 関口がニヤッと笑う。

 俺はしゃがんだ状態から手をつき後方に跳ぶ。

 ガツンと音がした。

 関口の木刀の柄が床に突き刺さっていた。

 柄を俺の背中に落とそうとしたのだ。


「おっといけねえ。穴空けちまった」


「殺す気か!」


「うるせえ! 手加減しようとか考えてんじゃねえ! オラァ! 本気で来やがれ!」


 もうメチャクチャである。

 かと言ってやられっぱなしは面白くない。

 俺も攻撃を開始する。

 関口と正面からやり合うのは愚策だ。

 関口と技術でやりあうのは、ハヤトと力比べするようなものだ。

 鍵は戦闘スタイルの違い。

 俺は左手を床につける。


「おいおい! ナイフファイティングかよ! てめえにそれを教えたのは俺だぜ!」


「違うよ」


 そう言うと俺は一気に加速する。

 レベル25の限界のスピードを試してなかった。

 俺はアメフト選手のように走る。

 今まで見たことのない世界。

 今まで体験したことのない速さがあった。


「動きが直線的だ!」


 関口が俺の頭めがけて木刀を振り下ろした。

 ところが俺はしなやかな動きでサイドにまわる。

 体当たりが不発に終わった関口はバランスを崩す。

 俺は一呼吸で斬っていく。

 関口に教わったように。

 腕の内側を斬り。腿を斬りつけ。腹を斬り。脇の下に刃を入れ斬る。

 最後に首に一撃。

 それでも動くのならこめかみに一撃。

 最後に相手の利き手を踏みつけてから心臓を一突き。


「見事だ……」


 関口が大の字になった。


「はあ……はあ……」


 息が切れる。勇者より怖かった。

 要するにスピードによるごり押しである。


「シュウ、たまに運動するのもいいな」


「で、なんでこんなことしたんですかね?」


「そうだな。狙われてる女子二人に安心感を与えること。あとはお前に昔話をするためだ。戦った後でもないとお前は逃げるからな」


「で、昔話って」


「今から20年ちょい前の話だ。俺には婚約者がいた。ある日彼女は女友だちとハイキングに行って……失踪した。観光地化されてて失踪するような場所じゃないところでな。なんの痕跡も残さずいきなりだ」


「それってもしかしてミッドガルドに!」


「そう思って探したが、キャンプから出られなかった。ミッドガルドにいたとしても……おそらく死んでいるだろうな。俺たちはミッドガルドじゃ最大2年程度しか生きられない。レベルが上がり続けるダンジョンにいつか食われる。つまり……俺が言いたいのは……守れ。死んでも守れ。じゃないと後悔するぞ」


「ああ、絶対守る」


 そう言うとおっさんがにっこりとした。


「ところでよ、おまえ……真穂と咲良ちゃんのどっちが好きなんだ?」


「おっさん何を言ってやがる!」


「まあまあ怒るなって。お前だって知ってるだろ? 日常なんてすぐに壊れるって。壊れないうちに楽しく生きた方がいいと思うぜ。ま、こちらに戻ってきてだいぶ野蛮さが抜けてきたから言っただけだ」


 ぽんと肩を叩くと関口は道場を後にする。

 なんだあのおっさん。

 俺は大の字になって考えた。

 ヒーローなんて言われてるが、俺は正義の味方を名乗るつもりはない。

 ミッドガルドじゃダンジョン攻略キャンプの兵士を殺した犯罪者だ。

 日本でのヒーロー活動だって警察を味方にしてるから許されてるだけ。

 がっつり違法だ。

 日本政府の気が変わればすぐに捕まるだろう。

 俺は犯罪者、勇者と変わらない。

 ただ俺はミッドガルドの人殺し、やつらは日本でもミッドガルドでも殺人を楽しんでいるだけだ。

 ミッドガルドじゃ俺が悪。日本じゃあいつらが悪ってだけだ。

 そんな俺でも咲良や楓を助けたいのは本音だ。

 殺人も止めたい。

 今の俺たちにはその力がある。

 でも黒田たち勇者の規模すらわからない。

 どうすればいい?

 悩んでいるといきなり踏まれた。

 真穂だ。


「汗臭いぞ」


「だな、シャワー浴びてくる」


「なあシュウ、あんたまた面倒くさいこと考えてるんでしょ?」


「まあな。頭の中ぐるぐるしてる。なあ真穂。どうすれば黒田を探せると思う?」


「私に聞くなって。そうだな……システムに聞いてみるとか?」


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で回路が繋がっていく。

 そうか……どうしてシステムのことを疑わなかったのだろう?

 誰もだ。誰も疑ってない。

 あの疑い深い関口が疑問を持たないこと。それ自体が異常だ。

 俺の頭の血管がどくんと脈打った。

 頭の中でルーン文字が表示され、エルフ語で脳内に訴えかけてくる。


「【おめでとうございます。あなたは真実に近づきました】」


 システムの無機質な声ではない。生身の声だ。

 そう、よくよく考えればおかしいことだらけだった。

 なぜシステムは日本語で話しかけてくる?

 どうしてこの世界の人間は日本を話す?

 この世界にはエルフ語という言葉があるのに。

 ……システムはいったい誰なんだ?

 そしてエルフ語で話しかけてくるこの声はシステムじゃない!

 おいおい、ふざけんな! 誰だてめえ!


「【めめめめめめmメインkくくくくくクエスト:Oオぉおおおおお王族のn抹殺gがががががが発生しました】」

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