第18話 ヒーロー誕生 後編

 俺は【隠形】をかけ、中里めがけて跳んだ。

 勝負は一回。

 殺すつもりで行く。

 俺は中里の首めがけて斬りつける。

 動物は死ぬまで戦える説はあるが、人間型の生き物は首の筋肉を斬ってしまえば力が入らない。

 切断する必要はない。頸椎の神経に一撃を入れて、ついでに筋肉を引き裂けばいい。

 だが俺の手に伝わるのは弾かれた感触。


「ひゃははは! 容赦ねえな! お前も人殺しだったか!」


 俺の剣は包丁で弾かれていた。

 真穂の打った剣が包丁に弾かれた。あり得ない。

 強化魔法か!

 と思った次の瞬間、中里の手には炎の魔剣が握られていた。

 ですよねー! 武器が包丁だけなんてことないですよねー!

 バットで殴り殺したなんて嘘ですよねー!


「燃やせレーヴァテイン!」


 炎が俺めがけて飛んでくるのが見えた。

 だが俺はそれをせせら笑っていた。

 物語にも出てくるメジャーな剣。

 本物のはずがないからな!


「【光の精霊よ! 我らを守り給え!】」


 ハヤトが俺の前に立ち、炎を盾で防御する。


「ふひゃひゃ! いつまでも保つかよ! あと20秒!」


 そりゃ保たん。当たり前だろが。

 炎が容赦なく俺たちに襲いかかる。

 だから俺はハヤトの肩をつかみ、それをジャンプ台にして炎に飛び込む。

 レベル25アサシンのヒットポイントを信じて。


「【水の精霊よ! 我を守り給え!】」


 それと魔法も信じて!

 水が蒸発していき、俺の周りもどんどん熱くなっていく。

 蒸気で息苦しい。だが俺は走る。

 人質の女の子をつかむ手が見えた。

 蒸し焼きにされながら俺はその手首に斬りつけた。

 さくりと繊維や骨の手応えすらなく刃が通った。

 俺は余計なものを見せないように女の子の目を隠す。

 そのまま体を抱え、部屋に飛び込む。

 ガシャンとガラスを蹴破り、女の子がケガしないように優しく着地した。

 やはりだ。あの連中、攻撃中は防御魔法を発動できない。

 隙さえ突けば殺すことはできる!


「この子を頼む!」


 女の子を警察官に引き渡し、また戦いに向かう。

 一歩二歩、踏み込む足に力を入れ、三歩目で跳んだ。

 目標は中里の首、叩き落としてやる。

 俺は炎の中で振りかぶり、中里の首に叩きつける。

 俺の姿を見た中里は屋根に逃げる。

 俺の剣が空を斬った。


「あ、あはははは! こいつ、ためらいなく手首を切り落としやがった! マジかよ。痛てえな! 気絶するくらい痛てえよ! しかもまた首を狙ってきやがった! えげつねえ! 俺より殺し馴れやがるじゃねえか!」


「女の子の秘密を探るなんてエッチな子ね。って、ヒールをかけないと意識を失うぜ」


「そいつは困るな。エクストラヒール!」


 クソ、アホのくせに話について来やがる。

 中里の体が光り、手首が生えてくる。

 それをプラプラと振って俺たちに見せる。


「ほら、元通り! いいのか? チャンスだったんじゃねえか?」


「気にすんな。俺たちとお前の仲だろ? それにお前は二度と異世界に行くことはない。お前の人生で残ったのは俺らに倒されて無様に地面にキスする映像だけになる」


 ぎりっと中里の顔が歪んだ。

 どうやら思ったよりやつに残った余裕は少なかったようだ。


「そのお前のふざけた口を塞いでやる」


 中里が炎に包まれる。

 炎は勢いを増し、巨人の姿になった。


「召喚魔法か!」


 精霊の力を借り中里は炎の魔人と化したのだ。

 低レベルだった俺たちはさすがに召喚魔法の使い手とは戦ったことがない。

 絶体絶命。まさに外野のマスコミもそう思っただろう。

 確かに巨大なヴィランと対峙する小さなヒーローの図だ。


「知っているかアサシン? 喉の中を焼かれると喉の肉が腫れて息ができなくなる。そのとき面を取り上げてお前の絶望に染まった顔を眺めて笑ってやるよ。そしたら泣いて命乞いするその顔を潰してやる」


「きゃー怖い。シュウちゃん漏らしちゃう!」


 棒読みで答えると「くっくっく」とハヤトが笑う。

 え、そっち! そっちがツボに入っちゃうの!


「あきらめろ中里。俺たちは仲間がもっとひどい死に様をするのを見てきた。俺にも相棒にもこけおどしは通じない」


 中里は一瞬考えると口角を上げた。


「そうか……お前ら、勇者じゃなかったのか! 召喚されたのに能力を持ってなかったゴミどもか! あはははははははは! 雑魚が! 焼き尽くしてやる!」


 俺たちが勇者じゃないとわかると中里は蔑むような目に変わった。

 中里はミッドガルドに完全に染まっていた。

 もう中里の目には俺たちはゴミにしか映らない。


「【炎の精霊よ! 焼き尽くせ!】」


 俺たちに炎が襲いかかる。


「【水の精霊よ! 我らを守り給え!】」


 俺たちが防御した瞬間、事態は動いた。

「パーンッ!」という乾いた音が響いた。

 それは警察の狙撃だった。

 射殺の許可が出たのだろう。

 弾丸は中里の頭めがけて進んだ。

 だが炎に阻まれ溶けてしまう。


「ハエどもが!」


 一瞬、本当に一瞬だった。中里の意識が俺たちから離れた。

 それだけで充分だった。

 ハヤトはメイスを振りかぶると跳んだ。

 渾身の一撃。

 中里もさすがにこれはよける。

 ハヤトの一撃は外れ、屋根にメイスが振り下ろされる。

 バキリと音がして屋根が沈む。


「なにい!」


 足場を崩された中里がバランスを崩した。

 俺はすかさず呪文を詠唱する。


「【水の精霊よ! 分解せよ!】」


 大量の水が周囲にばらまかれ、炎によって一瞬で蒸気に変わる。

 もう一押し。


「【風の精霊よ。分解せよ! 集合せよ!】」


 二つ目。風が吹いた。

 周囲にホコリが運ばれ視界を暗くした。


「【目つぶしか! そんなもの効かん!】」


「【雷の精霊よ! 炸裂せよ!】」


 次は雷。電撃が駆け巡る。

 火花放電だ。

 屋根の残骸から出ようとしていた中里は完全に足を止め、雷を炎の剣で弾く。


「この程度の電撃が効くものか!」


 次の瞬間、ぼっと中里の周囲で小さな爆発が起きた。

 それを見た瞬間、中里の顔が驚愕の色に変わった。


「ま、まさか!」


「あばよ勇者! 【炎よ! 爆裂せよ!】」


 中里を中心として爆発が起きた。

 炎の巨人が屋根ごと吹っ飛んだ。

 精霊に命じたのは【分解せよ】。

 水をまき散らせって意味じゃない。

 水素をばらまいたのだ。

 あと風で酸素と空気中の粉塵を集めた。

 それに火をつけ爆発が起きた。

 閉鎖空間じゃないが威力は絶大だった。

 普通に爆発させたって当たっちゃくれない。

 だからトラップを仕込んだ。

 雷はただのフェイントだ。足止めてくれないと位置を指定するのが難しいんだわ。

 だから派手に放ってみた。火が付いたのは少し失敗。

 誤算は威力がデカすぎたこと。シールド解除しなくて良かった。

 危うく自分まで爆発に巻き込まれるところだった。

 そして俺が爆発にこだわった理由。

 それは中里の姿だった。爆風で中里はふっ飛んでいく。

 炎の巨人だったはずの中里は元の姿に。火は完全消火。

 さらに屋根から下の部屋に落下。大の字になって昏倒していた。

 ここまでやって死なないって勇者って凄えな。

 死んでもいいやって思ってたのに。


「炎を消すには爆発させよってね」


 呟きながら中里を見ていると殺気に気づいた。

 ハヤトがぷるぷると震えていたのだ。

 とっさに爆発を盾で防いだらしい。

 ブチ切れていらっしゃる!


「お前……俺まで巻き込みやがったな……」


 ハヤトが俺にメイスを向ける。


「あ、その、えーっと……あとで牛丼おごるから許して」


「寿司だ……いいな! 寿司だ!」


「……いえっさー!」


 いいもん。関口のおっさんに奢らせるもん。回らないやつ。

 警官たちが登ってくる。

 俺とハヤトは二階の部屋に降りる。

 俺が中里を引き渡すと口に猿轡さるぐつわをつけられる。

 すぐに起きた中里が暴れたが後頭部にスタンガンを食らって再び昏倒した。

 俺たちはそれを横目で見ながら下に飛び降りる。

 下に降りるとフラッシュで出迎えられる。まぶしいっす。


「アサシン! こっち向いて!」


「バーサーカー! お願い! 仮面を取って!」


「関口さん! ぜひご説明を!」


 仮面外したら次の瞬間からメディアリンチが始まるわ!

 俺は無視して歩く。関口のおっさんが見たので近づく。

 お金持ちの人! 寿司奢ってください!

 関口が手を上げた。はーい、ハイタッチっと!


「よくやった二人とも。どちらにも死人が出なかった。パーフェクトな成果だ」


「きょうのごはんはおすしがいいです」


「お前なあ……マスコミが張り付いててメシなんか食いに行けるわけねえだろ……いや、アジトに職人呼んでやる! 食え! 死ぬほど食え!」


 関口はバンバンと背中を叩いた。

 俺はハヤトに親指を立てる。

 ハヤトも親指を立てた。

 回らないお寿司確定。


【勇者中里翔真を討伐しました。クエスト【人質奪還作戦】クリア】

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