第17話 ヒーロー誕生 中編

 関口は秋葉原で待っていた。例の長い車で。目立つやろが!

 道はかなり混んでいた。

 移動中、車内のテレビで事態を見守る。

 テレビでは警察の会見が中継されていた。


「えー、先ほど少年のご両親と警視庁の警官4人の死亡が確認されました……」


 青白い顔になった警察のお偉いさんが頭を下げつつ説明していた。

 実際には20人の警官が投入され、さらに6人が怪我をしたらしい。

 マスコミは大失態とテロップをつけて煽っていた。

 人質を無事に助けて、さらに魔法使えるやつを殺さずに捕まえるのは難しいよ。

 人質の命もあきらめて、遠くからライフルで頭をぶち抜けば制圧は可能だろうけど。できれば対物ライフルで。

 一年ほど兵士やったせいか警察のお偉いさんに感情移入していると、俺の話題になる。

 なぜか関口が俺から目をそらす。


「なにをした?」


「いいから見ろ」


 なにかやりやがったな。

 追求しようとするがハヤトが「見ろ」と言った。

 なにか動きがあったらしい。


「【アサシン】についてですが、彼はいわゆるヒーローというやつでして……えー、はい」


 記者がすかさず質問をする。

 よく見たら片岡嫁! 完全に仕込んでるやんけ!


「それは特撮ドラマのヒーローという意味ですか?」


「そのように解釈してもらっていいと思います。現在、アサシンのグループが事態の収拾のため現場に急行しております」


 ……俺は関口を見る。むしろガンをつける。メンチを切る。


「もう隠すのは無理だった。お前だってわかるだろ! 16人だぞ! 16人死んでるんだ! お前覚悟しとけよ。会見が終わった5分後にショッピングセンターで撮影した動画を流すことになったからな!」


「うわぁ……能面パーカーの変な集団が拡散されてしまう……」


 もうちょっとヒーローっぽいコスチュームはなかったのだろうか?

 かなり本気でやめて欲しい。


「俺は素顔だっつーの! でもよ……権力者に金をばらまいておいて正解だったぜ。お前……言っておくが殺すなよ」


「人質の扱い次第だ」


「クソ、この狂犬が! ハヤト! お前も黙ってないでなんか言え!」


「人質を殺したら俺がカメラの前で頭を潰してやる」


「うがぁ! お前ら似たものどうしか! まあいい、二人とも面をつけろ。誘導の車が来た」


 俺は般若の面をつける前に足に脚絆きゃはんを巻く。

 ステンレス入りのものだ。これでもミッドガルドで使っていたレガースよりは軽くて強い。

 外側は防弾チョッキにも使うアラミド繊維が何層にもなっている。

 足を斬られたら終わりなので念には念を入れておく。

 ハヤトは防具を着けると狐の面をつけた。

 そしてハヤトくらいしか使えない超硬合金製のクソ重い盾を保護ケースから出す。

 俺も般若の面をつけ剣のホルダーベルトを装着する。


「現場にはサポートとして片岡夫妻と高田、四宮を待機させてる。だが期待するな。あくまで人質奪還の要員だ。今回はカメラの前で二人の活躍を見せる。いいか、絶対に殺すな!」


「前向きに考える」


 俺たちはパトカーに先導され現場に入る。

 その異様さは嫌でも目立つ。

 すぐに生放送される。


「俺が先に出る。100数えてからお前らも出ろ」


 運転手がドアを開け、関口が外に出ると満面の笑みでメディアの記者たちに手を振った。

 それをテレビ越しに見ている俺たちはカウントする。


「関口さん! ヒーローってどういうことなんですか! 本当に存在するんですか!?」


「存在しますよ。今準備してます」


「売名行為ですか!?」


「結果を見てご判断ください」


 雄弁に語るかと思えばそっけない。

 これが手なのだろう。


「99……100」


 数え終わると運転手さんがドアを開けてくれる。


「さあ、彼らがヒーローです。般若の方がアサシン、狐の方がバーサーカーです」


 カメラのフラッシュが俺たちに浴びせられた。

 いくつものマイクを向けられるが無言で通る。

 警察官が俺たちを囲み、記者たちを引き離す。


「こちらです」


 そう言われて現場に案内される。

 内心面白くないだろうと思ったが、そんなことはなさそうだ。

 進んでいくと民家のベランダで幼稚園児くらいの女の子の首に包丁を突きつける少年が見えた。

 髪は短髪というかスキンヘッド。

 その荒んだ目は同世代のものとは思えなかった。


「オラァ! アサシンを呼べ!」


 少年は興奮した様子で怒鳴っている。


「【風の精霊よ。我を運び給え】」


 俺は跳んだ。

 まるで重力が存在しないような高い跳躍。

 俺は一瞬で少年のいる家の屋根に到達、そのまま音も立てずに着地した。


「来てやったぞ。その子から手を離せ」


 俺を見た女の子は目に涙をためながら声を押し殺していた。

 彼女は生き延びようと必死だったのだ。

 その姿にさすがに胸が痛んだ。


「お前がアサシンか。玲二とマサルをやったのはお前か?」


「新條もだ」


「誰だそいつ?」


 おー……ミッドガルドで戦った新條は仲間じゃなかったらしい。

 よかった殺さないで。

 ガシャンと音を立ててハヤトもやって来る。


「お前はもう終わりだ。16人も殺しておいて警察が黙っているはずがない。死にたくなければ投降しろ」


「あはは。お前らもつまらないやつだったか」


「黒田の手下に言われたくねえな」


 ぎょろっと目が動いた。


「は、ははは。知ってたのか……そうか、お前らもミッドガルドの人間だったのか……」


「なんでもいい。その子を放せ」


 そう言いながら俺は【索敵】をかけた。

 二階の部屋に味方の表示が見える。

 おそらく中里を警官が説得していたのだろう。


「まあ待てよ。話を聞け。俺はお前らとしゃべりたい。もし拒否したらこのガキの首を落とす」


「その子に傷一つでもつけてみろ! 指と耳削ぎ落としてやる!」


「落ち着けバカ!」


 俺の発言を聞いたハヤトがいきなり俺の脇腹にヒザ蹴りを入れる。

 酸っぱいものが逆流してきた。

 ちょ! なにすんの!


「相手のペースに巻き込まれてる。思い出せ、お前は常にふざけたことを言うタイプだろ」


 確かにその通りだ。

 俺は気持ちを切り替える。


「は、ははは。そうだな。そうだよなー。おっし、翔真っち。レスバトルしようぜ。賞金はその子とお前の命な」


 そう言ってから俺は人質の女の子に手を振る。


「おう、俺アサシン。少し待っててくれな。悪いやつはぶっ飛ばしてやっから」


 人質の少女はコクコクと首を縦に振った。


「ふざけた野郎だ……なあ、どんな気持ちだ? 人間を超えた存在ってのは? 俺は最高に気持ちいい!」


「俺はエロ動画鑑賞中に母親が部屋に入ってきた気分だぜ。しかも熟女ものな。恥ずかしいんだよ、お前ら勇者はよ!」


「はははははは……面白いやつだ。本当は……俺も楽しくなかった。勇者になったからって野球を取り戻せるわけじゃねえ。頭が良くなったわけじゃねえ。異世界じゃやりたい放題だったのにな……」


 中里の目が濁る。


「だけど母親を殺したときに気づいたよ。俺は本当にあんたを殺したかったんだってな! ああ、これでこっちの俺はエンディングを迎えたんだってな!」


 中里から瘴気が立ち上った。


「なあアサシン、この世界の俺は終わった。でも俺にはミッドガルドがある。もう一度ミッドガルドに行くにはもっとたくさん人を殺してレベル40に到達しなきゃならねえ。レベル30から上がらなくなったが、お前らを殺せばきっと40になれるよな? このガキの首を切り落としたら経験値入るよな?」


「自分の首でも切り落とせっての。レベル1億になるかもよ」


「あはははは! それもいいかもな!」


「はいはーい! そんな翔真っちに提案。今からお前ぶっ殺すから、その子殺すの30秒待ってくれない? あたいアサシン。レベル25の清純派グラビアアイドル。その子より経験値多いよ」


「はははは! ふざけた野郎だ。いいぜ! やってみろよ!」


 俺は剣を抜き、ハヤトは盾とメイスを構えた。

 中里の手には人質。中里の気が変わる前に取り戻さなければならない。

 残り時間は30秒。

 俺は集中した。

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