第16話 ヒーロー誕生 前編

 いつものように咲良と歌音、それに楓を送り届ける。

 咲良にそれとなくお祖母さんのことを聞いたがなにもわからず。

 若くして病気で亡くなったらしく、咲良の母親ですらよくわからないらしい。

 楓も同じだった。

 出身はロシア人ということになっていて、革命によって向こうでの記録が喪失したらしい。

 40代後半で病気で亡くなった。当時としては短命というわけでもなかったとのことだ。


「ところでさ、なんでそんなこと聞くの?」


 咲良が俺に質問した。

 たしかにお祖母さんのこととか知ってたらそう思うよね!


「いやさ、調べてもらってるんだ。知り合いの警察的な人に。ストーカーに関係あるんじゃないかって思ってさ」


「楓の家の話でしょ? うちは関係ないと思うけど?」


 咲良が突っ込む。やめて、そこ突っ込まれると苦しいから。

 かと言って正直に話すのも難しい。

 さすがに異世界のことは言えないよね。

 変なやつだと思われてしまう。

 ハヤトもそう思っているらしくなにも言わなかった。

 く、俺に丸投げか!


「い、いや、ほら、咲良の親父さん社長じゃん。もしかすると楓じゃなくて、咲良が狙われてるのかなあと……一応ね」


 これは前に聞き出していた。


「関係ないと思うよ。セレブってほどじゃないし。楓はどう?」


 そう咲良が聞くと楓も考える。


「うちも普通かな。昔はお金持ちだったらしいけど。今はただの酒屋だし」


 楓も思い当たりはないらしい。

 異世界の聖女の子孫に、王位継承順位第6位という感じはない。


「……なに聞いてんのシュウちゃん……さすがに妹もどん引きだよ……」


「ちがいますー! 犯人が出てこないから調べただけですー!」


「ほんと、歌音ってお兄ちゃん好きだよね……」


「ち、ちがう! シュウちゃんはすぐに変なことするから私が監視してるの!」


「本当に仲良しだね」


「ちがうー!」


 歌音は顔を真っ赤にして否定した。ごまかすことに成功。

 二人を送り届け、歌音と家に帰る。


 現在24時間態勢で、警察と関口が雇った傭兵寄りの警備会社がちゃんと警護している。

 商店街やメイン通り、コンビニには監視カメラを設置。

 関口の会社の警備ドローンまで配備している。

 それをAIによって危険度を仕分けし警報を出すようにしている。

 最新技術によって監視する人数は少数ですんでいる。

 とんでもない金がかかっているような気がするが、関口に言わせれば「すぐに回収できる金」だそうだ。

 実際すでにオレオレ詐欺のグループの逮捕に貢献したらしく、問い合わせが殺到している。

 これ絶対、商人のジョブやスキルが現実に反映されてるよね……。

 というわけで俺たちも少し余裕ができた。

 暇すぎて相馬姉妹と同じ家庭教師による、俺への留年阻止作戦が決行されることになったほどだ。


 だから俺たちは非戦闘員の能力の検証をすることにした。

 関口のお金持ちパワーで占い師の満里奈と風水師の山本美香が呼び出される。

 二人とも仕事という体裁でここに来ているのだ。すげえぜお金持ち!

 今回は二人の検証。正確には満里奈姐さんの占いの検証である。

 占いは正直言ってわけのわからない能力である。

 検証せずにはどう使っていいかわからない。

 とはいえ、恥を知り尽くされている戦友相手に普通の占いをやっても面白くない。

 だから関口が東京の地図を持ってくる。


「満里奈、失せ物の占いはどうやる?」


「卜占やタロットでもできるよ。ただこういう解釈ものは実際は思い出す手伝いをしているだけだから未知のものを探すのは難しいのよ」


「じゃあミッドガルドではどうしていた?」


「砂占いかな。砂を落としてその模様から判定する。こっちとは違って魔力をこめるから解釈の間違いは起きなかったかも」


「やってみてくれ。探すのは『罪を犯した勇者』だ」


 そう言うと関口は金色に輝く壺を置いた。


「……先に調べて入手しておいた。呪術に使う砂だ」


 最初から計画は決まっていたらしい。

 道具を用意していたのだ。

 きっと金額を聞いたら頭の血管が切れてしまうに違いない。


「あ、うん、了解。あ、でもこんなのじゃなくて普通のカラーサンドでよかったんだけど……」


 満里奈は困った顔をしていた。

 そりゃいきなりお高いものを出されても困るだろう。


「今はそれしかない」


「ま……いいか」


 満里奈はあきらめて東京の地図の上に砂を撒く。

 そしてエルフ語でつぶやく。

 歌穂の片言の歌と同じように、これもエルフ語を理解しているわけではなくプリセットの魔法だ。


「【運命の精霊よ。指し示せ】」


 満里奈の体が光り魔法が発動する。

 すると砂が動き始める。

 しばらくするとある一点にだけ砂の山ができあがる。

 墨田区だ。


「罪を犯した勇者が具体的に何を指すかわからないからここまでかな」


 満里奈はため息をついた。

 いやいやそこまで特定できるだけでも凄いから!

 すると風水師の山本美香が身を乗り出した。

 美香のジョブ「風水師」は、日本や中国で言う風水師ではなくミッドガルドのジョブである。

 実は何している人かよくわからない謎の職業である。


「ちょっと待って、私もやってみる【龍よ。地脈を辿り穢れを示せ】」


 するとバラバラと地図のページがめくれ、両国の地図が出る。

 そして砂がいくつかの地点で山を作った。


「……ここで最近人が殺された」


 美香が心底嫌そうに言った。


「それは本当か?」


 関口はあえて言った。

 だがその目は二人を信じているものだった。


「ええ、龍脈に穢れができてる。ごく最近、人が殺されたんだと思う」


「わかった」


 そう言うとスマホから誰かに連絡する。


「お忙しいところを失礼します。ええ、例の件で有力な情報が入りました。ですが超常の力によるものですので警察に確認をお願いしたいと思います。いえいえ、私どもも事件の解決を願っております。ではすぐに資料をお送り致します……」


 通話の相手はどう考えても偉い人である。

 通話が終わると関口は俺たちに向き直った。


「調べてくれることになったぞ」


「電話の相手は」


「警察に指示できる偉い人」


 いつも関口はこうだ。

 賄賂や人脈、貸し借りで人に融通を利かせてもらう。

 それで死を免れたメンバーは多い。

 商人は俺たちにはできない魔法を使うのだ。


「驚いたか? 俺の能力はお金持ち。俺の戦闘能力じゃ勇者相手では役に立たん。だがこういうやり方でクランに貢献できる」


 そう言いながら関口は写真を撮り、パソコンで文書とともに送る。

「機密すぎて秘書にやらせるわけにはいかない」とのことだ。

 おっさん……本当におっさんは偉いと思う。


 警察に送った文書、それは俺では為し得ない効果を生んだ。

 次の日、SNSは大騒ぎだった。

 10件の殺人事件が起きたことを警察が発表したのだ。

 容疑者は17歳のフリーター。中里翔真なかざとしょうま

 高校一年のときにケガで野球を退部。

 そこから素行が悪くなり退学。

 この部分はネットにリークされた情報だけどね。

 警察の優秀さが止まらない。

 警察が逮捕状を請求してるとか。

 今回は俺の出番はないな。

 と、お茶を飲んでいたらハヤトから電話がかかってくる。


「お、おい! テレビ見ろ!」


 そう言われて半ばゲーム機専用モニターと化しているテレビをつける。

 ヒステリックな声でアナウンサーが実況していた。


「殺人事件の容疑者とみられる17歳の少年が民家で立てこもっています! 今朝、少年を逮捕に向かった警官を少年がバットのようなもので襲撃、現在警官4人と少年の両親が意識不明の重体……」


 すると子どもの首に包丁を突き付けた少年が映る。


「アサシンを呼べ! ショッピングセンターで仲間を倒したアサシンを呼べぇッ!」


 俺のコードネームが連呼される。

 その後、アナウンサーが「アサシンってなんでしょうね?」と言った。


「うそだろ……」


 慌てる俺にハヤトは冷静に言葉をかける。


「関口さんに電話する。準備していつもの場所に集合」


「ああ、わかった!」


 俺はこれからどうなるのか?

 それが頭の片隅にこびりついた。

 だが俺は頭を振り、その考えを振り払う。

 今は人質のことだけ考え、ただ精神を集中すればいい。

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