第7話 再帰還
俺は矢をつがえ弓を引く。
そのまま男の背中を射る。
冷酷に見えるだろうが、このヒャッハー世界で殺生を回避する術はない。
矢は肺を貫通。男は声を出すことができなくなった。
弓は難しい。
動いてる相手を狙うのが難しいし、止まっている的ですら上級者でも外す。
モンスター相手だと仕留め損なって、最後の力を振り絞って襲いかかってくる。
四人パーティーなら活躍できるのだろう。
だからここでインチキする。魔法だ。
俺は矢に電気を纏わせる言葉をエルフ語で紡ぐ。
魔道士はエルフ語の単語を丸暗記して魔法を行使する。
便利な呪文はそう多くないのでそれで充分。
単語を15も憶えれば使えてしまうのだ。
だけど俺はエルフ語が使えるのでやりたい放題できる。
矢に電撃を纏わせたり、毒を発生させたり。頭の中の構想はたくさんある。
今までは魔法使えなかったからできなかった。ようやく妄想が実現する。
たぶんこの世界でもレベルが上がるような転移者は同じ事をしてると思われる。
俺は小さな声でつぶやく。
「【雷の精霊よ。矢に力を】」
バチバチと光が走る。
目立つほどではない。
俺は矢を放つ。
そしてさらにつぶやく。
「【風の精霊よ。矢を正しく導き給え】」
矢は木より高く飛び上がる。
そして急降下。
盗賊のキャンプにある焚火に降りかかる。
「【雷の精霊よ。炸裂せよ】」
バンッと焚火が爆発し明かりが消える。
そして電気が拡散し、周囲の盗賊に襲いかかる。
電撃を受けた盗賊は7人。
動きを止めるつもりだったが、3人が生命活動を終了。
他は痙攣しながら口から泡を出していた。
思ったより威力が高い。
「なんだ! どうした! なにがあった!」
「おい、なんで暗くなったんだ!」
「こっちで誰か死んでるぞ!」
怒鳴り声があちこちから聞こえる。
パニックを起こしたのを確認してナイフを抜く。
すると怒号と松明の明かりがやって来る。
「オラアアアアアアッ!」
「てめえら生きて帰れると思うなよ!」
「ぶっ殺せ!」
ガンガンと木を叩きながら村人たちが盗賊のキャンプに突撃した。
盗賊は完全にパニックを起こし、我先にと逃げようとする。
俺は盗賊に矢を射っていく。
戦う前から総崩れだった盗賊が次々と捕縛されていく。
ハヤトもメイスを振り回す。
人間がふっ飛ばされ、木にビターンッと叩きつけられる。
どんだけSTR高いんだよ!
人間なの? ねえ、本当にあいつ人間なの!?
人類をやめた僧侶の活躍に村人は沸き立つ。
すると鎧を着た盗賊が怒鳴った。
「てめえらやる気出せ! そこの神官さえぶっ殺せば終わりだ!」
たぶん男は正規軍出身だ。
鎧を着用した姿がだいぶまともなのだ。
ちゃんと指導を受けた人間のようだ。
指揮もある程度はできている。立て直そうとしてるだけまだマシである。
これがただのチンピラなら真っ先に逃げてるだろう。
つまり盗賊のボスはあいつだろう。
俺は弓を引いた。
相棒はどうやら俺に気づいたようで、血まみれのメイスをボスに向けた。
「うおおおおおおおおおおおッ!」
ボスは雄叫びを上げた。
「【風の精霊よ。矢を正しく導き給え】」
俺は呪文を唱え矢を放つ。
卑怯? 知らんなぁそんな概念!
風の精霊の加護を受けた矢は味方をかいくぐってボスの肩に突き刺さった。
「ぐあッ! くそ! さっきのは魔法使いだったか!」
ハヤトは「くっくっく」と悪い声を漏らしながらメイス片手にボスに近づいた。
絶対アイツ悪役だよね。
間合いを詰めるとメイスを両手で下段に構え、思いっきり放つ。
「い、いや待て! 降参する! 降参するから! こうさ……」
かっきーん!
人間って結構な距離飛ばせるんだね。びっくり。
10分後に隠れていた最後の一人が捕まって戦闘終了。
盗賊は30人ほどいた。5人死亡して終了。
ボスは奇跡的に生存。まあ縛り首だろうけど。生き残った連中もね。
この世界には裁判を受ける権利も人権も存在しない。
村に帰るとすぐに血を落とす。
武器も、鎧もだ。
ここに来るときに着ていた服は乾いただろう。
俺はハヤトを見つけると頭を下げる。
「ガン●ム先輩、ちーっす」
「殴るぞてめえ。神聖魔法の肉体強化を使ったんだ。お前の方がふざけた火力だからな! なにあの魔法!」
「なんとなくできちゃいましたー♪」
「よし殴る」
「冗談だって。エルフ語で精霊に指示を出したらできたんだって」
「エルフの強さの秘密はそれか……ってなんでお前、そんなこと知ってるんだ?」
「エルフに教わった。エルフ語で精霊に指示出してたからマネしてみた」
ハヤトは「釈然としねえ」という顔をしている。
じゃれていたら村長がやって来て頭を下げた。
「ご助力誠にありがとうございます。おかげで被害が出ずにすみました。少ないですがお収めください」
村長は機嫌がよかった。
結構な重さの袋を寄こした。
「ありがたく頂戴します。我々は明日出立します。クマの肉はそちらでご処分ください」
ハヤトの言葉に村長の顔がほころぶ。
俺たちへの報酬入れても大儲けだからね。
被害もなかったし。
「では、クマ肉の代金を明日までに用意しましょう」
俺たちは会所で眠りについた。
少し前に日本でベッドで寝てしまったのがまずかった。
あの生活水準になれてしまってはミッドガルドでは暮らせない。
要するに眠れなかったのだ。
しかたないのでボーイズトークだ。
「ねえねえ、ハヤトちゃん。好きな子っている?」
「頭かち割るぞ」
ひどいレスが返ってきたが空気など読まずに続ける。
「菊池と喧嘩したときに金髪の娘いたじゃん……拙者、ちょっとときめいてしまいまして……」
「キモ! ガチの恋愛相談キモッ!」
ひどいヤツである。
俺が歯ぎしりをしていると、ハヤトが真面目な声に変わる。
「……まあ、俺たちはいつ死ぬかわからん。悔いのないようにしておけ」
「だな」
俺はたちは眠りに就いた。
次の日、報酬を受け取り村を出る。
するとシステムの声が聞こえた。
【クエスト:村を守れ達成。帰還します】
システムが俺たちになにを期待しているのか?
二人ともそれを話題に出さなかった。
俺たちは光に包まれる。
【称号:英雄を取得しました】
気が付くと秋葉原にいた。
殺人をしたばかりだというのに心は揺れなかった。
ダンジョンの中でもキャンプでも殺人は慣れっこだ。
返り討ちにしたのも一度や二度じゃない。
だが日本に帰ってきたせいか少しばかり居心地は悪かった。
【クエストが発生しました。真田咲良を守れ。成功条件、真田咲良の生存】
ああん!
おいおいおいおいおいおいー!
咲良ちゃんを守るのかよ!
俺が慌てているとハヤトが肩を叩く。
「良かったな。連絡する大義名分ができたぞ」
「ハヤトぉ……どうすればいい?」
「いいから連絡しろ。ストーカーして守り通せ」
おま!
身も蓋もない言い方しやがって!
家に帰りSNSでニュースを見る。
東北三県で相次いで女性の白骨化死体が見つかったという話題で賑わっていた。
死体からは肋骨がなくなっていた。警察は殺人事件と断定。大規模な捜査本部を設立したそうだ。
ここ数年でも大きな事件らしい。
大きな事件があるとみんな探偵になって犯人捜しをする。
やれ、地元のヤンキーが犯人だの。現場のオタクを見かけただの。とても楽しそうだ。みんな退屈なのだろう。
平和だ……すんげえ平和だ。
壊滅させた盗賊団だって何人殺してるかわからない。
連中は村を襲って失敗した。欲張らなければ何年も行商人を襲うなんていうのは可能だ。
要するにミッドガルドでは警察は機能してない。犯罪もやり放題。
俺たちによる盗賊狩りなんて完全に合法どころか賞賛される話だ。
その点、日本は最高だ。安全が当たり前なのだ。
日本大好き!
俺はスマホを消して勉強を始める。
すでに頭の中から殺人事件は消えていた。
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