105話 救われた彼は
俺は千夏に救われ方のかもしれない。誰かに言って欲しかった言葉、彼女達の為に送っていた言葉が今俺の所に帰ってきた。
「えへへ、なんか恥ずかしい」
「……恥ずかしいか……でも、ありがとう。何か、嬉しい気がする」
「なら良かったわ。魁人が嬉しい方が私は幸せだもの。それに魁人のおばあちゃんにも言われてたし」
「そうなのか」
「あの子は自己評価低いから褒めて上げてって……でも、私はそれを言われなくても今の言葉を言っていたと思うわ」
大人の体で自慢げに胸を張る彼女。何故か彼女は自信満々だった。千夏はどうにも可愛らしいと思った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「……本当に救われたのは俺か」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「そう、じゃハグしてハグ!」
彼女はニコニコ笑顔で俺に抱き着いてきた。暫くして……千夏はまだ木にぶら下がるコアラのようにそのままだった。
「ねぇ、私って可愛い? この大人の姿でも可愛い?」
「勿論、可愛いと俺は思う」
「えへ、ありがと。秋と冬と春、よりも?」
「皆一緒だな。同じ位可愛い」
「む……まぁ、いいけど」
千夏は膨れっ面に僅かになったが直ぐに笑顔に戻る。この笑顔をずっと見ていたいと思えるほどに可愛いと思った。
「皆一緒……私はここにずっといるわよ」
「それは嬉しいよ、でも、旅がしたくなったらいつでも行ってくれ。俺は応援するからさ」
「私は旅はしたくない。魁人が居るもん、一人には出来ないし。支えるって誓ったもん」
支えてくれるか……そうか、最初は警戒心が強くて誰よりも怯えていた千夏が今では支えるために俺の側に居てくれるのか。
本当に成長をしたんだな……
「私が膝枕で子守唄を歌ってあげようか?」
「いや、普通に寝ようか」
「え!? 折角……じゃあ、隣で寝る」
千夏はそう言って隣に寝転んだ。赤い瞳が俺の眼を射貫く、金色の髪が微かに腕に当たった。僅かな月明かりがカーテンから漏れて、彼女の顔を照らして。
可愛い娘だと思った、千秋も千冬も千春も千夏も、打算的な意味で育てていた。でも、本当に大事であると思っている自分がやっぱり居た事に俺は安心をした。
「魁人」
「どうした」
「呼んだだけ」
「そうか」
「ねぇ、魁人は一緒に居るよね? ずっと一緒なのよね?」
「どうして、そんな事を聞くんだ?」
「偶に思うの、魁人って不思議だから……急に居なくなったりするんじゃないかなって……」
「安心してくれ。俺は千夏がが一緒に居たいと言ってくれる限り、ずっと一緒に居るから」
「……うん、絶対よ。大人になってもおじいさんになってもずっとずっと、一緒だからね」
「そうなったら、面白いかもな」
自分がおじいさんになる姿なんて想像できないが、千夏が一緒に居たいと何度も行ってくれることは嬉しいと思った。
◆◆
魁人は朝目覚めた。ベッドから起きて横を見る、そこには子供の姿の千夏が寝ていた。彼女は魁人の腕を枕のようにして寝ていたので起こさないようにそっと、頭を布枕に置いた。
パジャマのまま彼は下に降りた。リビングのドアを開けると……
「千春」
「おはよう、お兄さん」
千春がぼぉっとソファの上でコーヒーを飲んでいた。淹れたばかりなのだろう、コップからは白い湯気が立ち昇っている。
「コーヒー飲むイメージなかったな」
「心外だよお兄さん、うちはブラックだよ」
「そうだったのか。ココアとかが好きだと思っていた」
「……まぁ、そうなんだけどね。急に大人のふりをしてみたくなったのかも」
「大人のふりか」
「うん、なんか未来はどうなるのかなって……。もし、千夏、千秋、千冬が全員いなくなったら……今の子供の時分だと寂しいって思うような気がして」
「気持ちはわかるかもしれない」
「……大人になったらそんな寂しいなんて思いは消えるのかな」
「消えないさ。だって、俺も千春が居なくなったら寂しいと思うから」
「……そういうのやめて」
千春はちょっと怒ったようにそう言ってコーヒーを飲んだ。コーヒーを飲んだ後に僅かに舌を出した。
「にがッ……」
「砂糖入れたらどうだ」
「やめておくよ。うち、大人だから、お姉ちゃんでもあるし」
千春はそう言ってもう一口とコップを口へ運ぶ。
「……二人で住むにはちょっと大きいかな、この家は」
千春のその言葉が魁人に届くことはなかった。
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