第91話 千花……即落ち
久しぶりにベランダに出た気がする。辺りはすっかり暗くなって、街灯の光がチラホラと見える。
隣の家のベランダを見るとあの子がいる。主人公、いや、そんな認識ではいけない。千花ちゃんだ。
目元が隠れているから、表情が完全に読めないけど。彼女はコチラを見ている。千夏から待って居ると言う話を聞いてもしやと思って、来てみたのだが……結構な時間待って居たのだろうか?
「待ってました」
「ごめん」
「いいです。それより、久しぶりにお話ししましょう?」
「それは良いんだが、相談があるんじゃないのか?」
「はい。それもありますけど、それより僕は貴方との話を楽しみたいんです」
「……そうか」
高評価だな。一体いつから、こんなに信頼をされていたのだろうか。あ、きっと千春達が学校で一緒に話をしてたんだな。そこで、俺の事を色々聞いて……。
「魁人さんって、好きな人居ますか?」
「好きな人か」
「あ、
「言い方悪い! ……まぁ、うん。そう言う意味では居ないな。あとその言い方止めた方が良いぞ?」
「分かりました。でも、そうなんですね……居ないんだ……」
話はあまりテンポよく進むわけではなかった。ただ、単に言葉を交わすだけ。それだけだが不思議と心は和やかになる。
この子には不思議な魅力があるのだろう。
あ、変な意味ではないが。何となくだが、千春や千冬、千夏、千秋とも仲良くなってそうだな。そんな気がする。
「すいません。少し、重い話をしていいですか?」
「あぁ、構わないよ」
「僕……両親が厳しくて、それでその、あまり自由ではない時があって」
「……」
「でも、別に嫌いって訳じゃなくて……ただ、僕は誰かの人形って思いたくないって言うか……」
「自分で色々決めたいって事?」
「はい。自分で決めて、自分の為に行きたいって言うか」
「そうか……」
……この子は言って見れば他人のようなもの。おいそれと口を出すのはどうかとも思うが……。
ただ、俺に悩みを言う程に追い込まれているのか。あの子にとっても俺は他人だろう。だが、他人にすら頼らざるを得ない状況ともいえる。
追い込まれているのなら、千春達の友達なら少しでも力になれれば。
「……言ってみたらどうかな? 正直に……語ってみるしかないような気がする」
「……僕にはちょっと難しいかもしれません」
「そうか。でも、出来ると思う。ほぼ他人、さらに大人の俺とこんなに会話をするって普通は出来ないし、度胸もありそう」
「……両親に言う」
この子の両親ってどんな感じなのだろうか。そんなところまでは俺も知らない。ただ、厳しく躾をしてるのは感じるし、ゲーム知識だが知ってる。
躾をするって悪い事じゃない。その子を思っているなら当然のことだ。
「やっぱり難しいか?」
「……はい」
「あー、そうかもな……無理にさせるような事でもない気もするし、どうするかなー。俺は部外者同然だし」
そう、俺は部外者。他人の家の教育方針について、とやかく言うような身分でもない。ただ、この子も放っておけない。悩んでいると、急に声が聞こえて来た。
「千花、何をしている」
「……お、お父さん」
厳格そうな低い声。それが俺の耳にもこだました。足音が聞こえる。隣のベランダに出てきたのは、白髪の男性。顔立ちは整っており、背も高そう。
少し老けている印象もあるが、それでもエネルギッシュなオーラが出ていた。
「何をしている?」
「その、これは違くて……」
「何をしていると、私は聞いたのだが?」
「すいません……お父さん。お隣さんとお話をしていました……」
「私が何のためにお前に、鉛筆やノート、勉強用の机を買い揃えたと思っている? それは隣の家の良く知らない大人と話す為か?」
「いえ。違います……勉強のためです」
「なら、なぜ……いや、それは今はいい」
そう言うと、彼女の父は拳を握り。第二関節の部分を中心にして、彼女の頭に拳骨をした。僅かに鈍い音が鼓膜に響いた。
やり過ぎだ……だが、あれは他の家の子。家庭の事情に入り込むのはナシだ。それが常識なのだから。
「ぃッ……」
「私の言う事を素直に聞きなさい。それがお前の為だ」
「……はい」
彼女はそう言って、俯いた。それを溜息を吐いて見届けると、今度はコチラに顔を向ける。
「……君はどうして娘と話していたんだい?」
「……」
何と言うべきか。彼女に待って居ると言われたからと正直に話してもいいが、それは彼女の立場を悪くする気がする。
少しぼかして、事実を伝えるべきか。
「すいません。俺が悪いと言うか。夜風に当たるのが趣味なので、その時に勉強の息抜きの為に、風にあたっていた彼女と話していたんです。話していた理由はうちの子が同級生なので学校での様子を聞いていたと言うか…‥」
「……そうかい……千花、それで間違いはないんだね?」
「……」
僅かに首頷いた。彼女がコクリと頷く。
「はい……」
「そうかい……。君は恥ずかしくないのか?」
「え?」
「こんな時間に、他人の娘に話しかけて談笑をする。それを言っている」
……確かにこんな日が沈んでしまった時間に、小学生の女の子にベランダから話しかけるのは良い事ではないとも思う。
「すいませんでした。以後気を付けます」
「金輪際、私の娘にそんな軽率な行為は慎んでくれ」
「はい……」
「はぁ、嘆かわしい。これが未来を背負う若者か。私の若い時はね、夜遅くになったら部屋に帰って勉強。君みたいに夜遅くに不埒な事はしなかった。まさかとは思うが、妙なことを言ってはいないだろうね」
「はい。言ってはいないと思います」
気持ちは少しだけわかる。俺にとって、あの子達が大事な用に、この人にとっても千花が大事なのだろう。だから、檻の中で大事に育てたいのだろう。その気持ちが分かってしまうから。
俺は何も言えない。それに他人の家の事情だ。
「はぁ。あのね、君の家の事情は知らない。だが、年齢的に一緒に住んでいる子も娘ではないのだろう? 今の君を見ていたら、察するよ。甘やかして、碌な教育をしていないと」
あぁ、そうかもしれない。俺は甘やかすことしかしていない。言われていることに怒りが湧くが言い返す気にはならない。
「あれくらいの年齢の子は自分を律することはできない、更に言えば君のような軽率な事をする子は碌な子にならない。気を付けた方が良い。それにああいう子達は尚更だ」
「……それは、どういう意味ですか?」
思わず、聞き返してしまう。あちらの事情は分かる。夜に十二歳の娘が、二十歳超えている大人に話しかけれた。
その青年に注意をして、二度と同じような事を起こさせない。娘を守りたいと言う意思は俺にも分かる。
だから、俺は何も言わないつもりだった。でも、あの子達を引き出されては理性を保てない。
「そのまんまだ。昔から、特殊な事情を持った子は健全な成長が難しいと言うだろう。だから、そう言う意味だ」
「……すいません。良く分かりません」
「……はぁ」
眼の前の男が溜息を溢す。俺の心は冷えていく。理解力が無くて申し訳ない。だが、俺には何を言っているのか理解できない。
「あの子達が……普通の幸福を得るのは難しいと言いたいんですか?」
「……その可能性は高いだろうね。何をされたかは知らないが」
「俺の事はどうこう言ってもいいですよ。俺が軽率だったのも認めます。でも……あの子達だけは気軽に語るな」
冷えた声だった。俺は自分がこんなにも冷たい声を出せるのかと驚いた。ほぼ、逆上に近いのかもしれない。でも、それでも、出てしまった。流石に相手も失望するだろう。
あぁ、我慢できなかった。
「……はぁ、もう、私の子には」
「――うっさい馬鹿!」
声が響いた。
「カイトを悪く言うな! カイトはそんなんじゃない! 悪く言うな!」
千秋だった。いつの間にか。後ろに居た。
「それに、なんだよ! あれ! 拳骨ってすっごい痛いんだぞ! 悲しくなるんだぞ! そんなのを娘にするな!」
「……これは躾だよ。それに私の若い頃は」
「関係ない! 自分のされたことだからって、人にやって良いなんてことないんだぞ!」
千秋が泣きながら、それを言った。ジッと見つめて、その視線に千花も泣き出す。
「……ごめんなさい。お父さん」
「……」
「僕が魁人さんとお話ししたいって言ったの」
「……ッ」
「僕には相談したいことがあって」
「……どうしてそれを私に言わない」
「だって、言えるわけないから。僕は……僕の悩みはもっと自由に生きたいってことだったから」
「――ッ」
先ほどまでの厳格な顔が消える。何と表現していいのか分からない。苦虫をかみつぶしたような顔に近い。
「僕……拳骨嫌だ。すごく痛い……それに塾も辛い。勉強はこれからもするけど……でも、もっと何処かに遊びに行ったり、お父さんは不健全って言うけど、マンガとかゲームもしたい……この年でも恋愛が不純って言うけど、それもしてみたい」
「……」
「お父さんが僕の将来の事を考えてくれるのは分かる。嬉しい。でも、もう少しだけ、僕のやりたいようにさせてくれませんか……」
「……勝手にしなさい」
静かにそう言って彼は去った。
「ごめんなさい、僕のお父さん。悪い人ではないんだけど……その、頭が昭和のステレオタイプのテレビって言うか、バブル弾ける前のおっさん価値観と言うか……」
「あぁ、そうだね。悪い人ではないのは分かる」
「本当にごめんなさい。嘘ついて庇って貰ったのに……」
「いや、謝ることは無いよ。俺が勝手にしたことだし」
「千秋ちゃんもありがとうね」
「うん……大丈夫! 千花は頭大丈夫?」
「ありがと。大丈夫だよ」
「そっか、我だけじゃなくて、千春達も心配してたぞ!」
後ろを見ると三人が顔を窓から出していた。きっと、いや、ずっと全てを見ていたのだろう。
「ごめんなさい。今日はこの辺で、色々ありがとうございました」
そう言って頭を下げると、彼女は去った。この後、どうなるのかは俺には分からないが、きっと彼女は本心を語る覚悟が出来たのだろう。
■◆
僕にとって、両親は大事な人だ。愛情を注いでくれているのも分かっている。だけど、そこから自由になりたいとも思った事がある。
僕もこんなに成長したよと表現したいこともある。でも、選択肢とかが絡んでそれをする事を諦めていた。言う事を聞くのが当たり前になっていた。
でも、魁人さんと言うイレギュラーと会って、それをきっかけに何かを変えたいと思った。
だけど、それはそう簡単に行かない。
今もそう。魁人さんに嘘をつかせて、庇って貰って、千秋ちゃんも出てきて、泣いて、庇ってくれている。
このまま、言いたいことを言えずに終わって良いのか。僕の中で衝動が走る。この機会を逃したら、もう二度と変革は無いと。
お父さんは、金輪際関係を断つだろう。
そうしたら、僕は魁人さんに……、そう思うと衝動が強くなって……
思わず、全てをぶちまけてしまった。
あぁ、僕はなんて、単純な……
そして、なんて、チョロいんだろう。
魁人さんたちにお礼を言って、家に入る。そして、お父さんの元に向かう。
お父さんの後を追う。そして、言いたいことを……
■◆
とある夜。月の明かりが魁人を照らす。彼はただ、風に吹かれていた。先ほど、彼女の父に言われたことは、四つ子のこと以外、的を得ている気がしたからだ。
もっと、いいやり方が、方法が。そう思って何度も後悔をする。気持ちを変えたいと、こんな心情では四人に無下な心配をかけると。だから、綺麗な月でも見て、気持ちを切り替えないと
ただ、そう思って、月を見る。
終わりのないような時。何度も何度も、言われたことが彼の中で蘇っていた。
そんな時、隣の家の窓が開いた。ベランダに通ずるその窓から、何かをやり終えた少女が彼に話しかける。
こんな時間にいいのか? と彼は思う。
「関係ないです。僕が決めた事。話したいから話す。それだけです」
少女は笑った。美しいエメラルドのような眼が風に吹かれて見える。少し、遠慮しながらも魁人も笑った。
きっと、語り合うことが出来たのだと察する。
だが、彼は色々と気にしてしまう性格で直ぐにその場と立ち去ろとする。
「ごめん。やっぱり今日は戻るよ」
「待ってください」
「……?」
「スマホ、持ってますか?」
「……持ってるけど、どうしたの?」
「やっぱり……」
少女はやはりと言う顔をする。あの時、嘘をつかれたと勘付いてはいた。だから、その事実に驚きはない。寧ろ、既知のような安堵があった。
少しだけ、頬を染めた。そんなことを自分から、自分の想いで、自分の為に言うのは初めてだったから。
「――あの、もしよかったら連絡先、交換しませんか?」
そう言って、彼女はスマホを彼に向けた。
―――――――――――――――――
重要なお知らせ
書籍化の情報はもう少しお待ちください。僕の担当者さんはアニメ化担当らしくて、忙しいようです。
――それと、息抜きのつもりで、とある小説サイトで、新作を投稿してから3日で週間1位を記録しました!
余りに凄い人気で、自信が出たのでこちらのサイトにも載せておきます。いや、自分で言う事ではないのですが、本当に凄い。今まで執筆してきて、ここまで伸びは一度もないです。
そちらのサイトでも見ている方は知っていると思いますが、僕ってこの『百合ゲー世界なのに男の俺がヒロインを幸せにして」と言う作品をそのサイトから、書き始めたんですよね。
一年かけて、ブクマ数15000程なのですが、新作は三日で5000(笑)。
恐らくですが、読んでクソとはならないと思う事を約束します。是非どうぞ! お時間がありましたなら、是非見てください!!
タイトル↓
『自分の事を主人公だと信じてやまない踏み台が、主人公を踏み台だと勘違いして、優勝してしまうお話です』
https://kakuyomu.jp/works/16816700427392241098/episodes/16816700428338747995
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます