第92話 千花ちゃんの野望

 千花と魁人が連絡先を交換した次の日。学校の準備をして、家を出る四つ子達。バスへ乗って、歩いて教室へと入る。彼女達の頭には昨日の千花の姿があった。一体全体どうなったのか、色々と気になって彼女を待つ。


 生徒が次から次へと入ってきて、教室の中は次第に賑わって行く。修学旅行とか、運動会とか、気になる話もあったので談笑しながら千花を待った。



「もう少しで、運動会だっけ? 早いわねー、季節が巡るのは」

「我、今年個人競技で一番になったら魁人にらーげんダッシュのアイス買って貰う約束する!」

「いいわね! 私はイチゴ味で買って貰うとするわ!」

「我、クッキークリーム味!」

「冬はどうするのよ?」

「千冬は……もしなれたら、チョコミントっス」

「通ね。春は?」

「うちは……マカダミアナッツ味だね」

「うんうん、美味しいわよね……」

「うぅ、我、それ聞いてたらどの味にしようか迷って来た……ハーフ&ハーフ売ってないかな」

「その味はないわよ」



 千秋がアイスの味がどれが良いのか迷っていると、教室のドアが開いて、千花が教室に入ってくる。四つ子たち以外の一部のクラスメイト達から話しかけられて挨拶を交わす。


 その後、四つ子たちに気付いて彼女はニコリと笑って挨拶をする。尚、彼女は笑顔が苦手なのでかなりぎこちないのだが。



「おはよう。千春さんと千夏さんと千秋さんと千冬さん」

「うん、おはよう。うち達全員の名前言うと長いから、三人の天使+千春さんおはようにすると良いと思うよ」

「うん。分かった。そうするね」

「いやいや、それは恥ずかしいのでやめて欲しいッス」

「そうね。しかも、結局長いし、四つ子ちゃんとかで良くない?」

「我は堕天使ならワンちゃん……」



 くすくすと笑いながらもどこかノリのいい千花に対して、少しだけ親しみを彼女達は感じた。昨日の事を少しだけ聞こうとしたが、そこで担任の先生が教室に入ってきたしまったので話はうちきりになった。



 一時間目は体育、体操着に着替えて急いで体育館に全員が向かう。準備運動をして、ドッジボールを行う。一旦休憩のチームがあるのでそのチームは座って仲の良いチームメイト同士で談笑をする。


 千秋と千花は同じチームで休憩なので一緒に座って試合を眺めていた。暫く見てると千夏が真っ先に外野へ行って千冬もボールをワンバウンドで相手にパスをし、外野へと送られる。千春がちょっと無双するが結局外野へ。


 応援をする千秋だが、三人が外野へ行ってしまうと声援が少し小さくなって次第になくなった。そして、隣の千花に向かって、おどおどしながら、気遣うように聞いた。


「昨日の……大丈夫? 頭とか……」

「心配してくれてるんだ……ありがと。僕は大丈夫」

「……そっか」



 そう言って千秋は無意識のうちに千花の頭を撫でた。以前カイトが自身にしたように、彼女も千花へ慰めるようにそれを行う。


「あ、ごめん」

「いいよ、なんか嬉しいから。千秋ちゃんは……」



(どんな両親だったのかみたいな質問は止めておいた方がいいかも……なんか、千秋ちゃん達って複雑な感じがするし……それより)



「魁人さんと千秋ちゃんはどのくらい一緒に暮らしたの?」

「うーん、もう少しで二年、かな?」

「へぇ……二年も居れば色々分かるでしょ? 魁人さんの好みとか」

「ふふふ、魁人は我が好きだぞ! よくそう言ってくれる!」

「へぇ……」

「千春も千夏も千冬もちゃんと好きだぞ!」

「そっか……」



(へぇ……やっぱり凄い愛されてるんだね。なるほどなるほど。良い家族の形な感じなんだね)



「他にも何でも聞いて良いぞ! カイトの得意料理とか!」

「ううん、これ以上は良いかな?」

「そう……」



(あ、露骨にしょぼくれた。話したいんだろうな。まぁ、しょぼくれた千秋ちゃん結構可愛くて好きだけど……折角連絡先貰ったんだし、自分で聞かないと損だよね?)



(話のタネ、無くなるの凄く持ったないしね)



(うんでも、ちょっと話してあげようかな?)



「もうすぐ、運動会だね」

「そう! カイトがね! 凄い美味しい弁当作ってくれるって!」

「そっか、後修学旅行とかあるね」

「今年京都らしい! でも……我、カイト居ないと寂しくて眠れないから心配なの」

「僕も家が恋しくなる時あるから気持ちわかるよ」



二人が話しているとドッジボールの試合が終わって二人のチームの出番がやってくる。


「そろそろ、試合だから行こう。千秋さん」

「うむ! 我無双する!」



そして、無双した。千秋もだが、千花もとんでもなく運動神経が良いので相手チームはボコボコにされ。


――千花と千秋は組ませてはならないという暗黙の了解が出来た




◆◆



 所沢市役所。そこで魁人が何やら針を持って縫物を行っている。オシャレな赤い服のボタンがほつれてしまっているので何とか直そうとしている。



「昼休みにそれやるか?」



 魁人の隣の席の佐々木が呆れた様子でカップラーメンをすすりながら呟いた。


「時間があるからな。これ千秋のお気に入りだから早めに直しておきたい」

「前から思ってたけど、過保護過ぎないか?」

「前から思ってたんだが過保護って、その基準って何だ?」

「えぇ、質問を質問で返すなよ……まぁ、お前みたいな奴が基準じゃないか?」

「小学生の頃から子供の裁縫って普通やらせないと思うがな。それに割と何処の家もこれくらいは普通だ」

「確かに俺も小さい時に、自分で自分の服を直すってあんまりしないな」

「洗濯だって、親がやってただろ? 食事だって親が用意してただろ? 割とそれが普通なんだ。俺が過保護なら皆か保護だ。親がどれだけ大変か、改めて全国の親御さんたちの凄さが分かる」

「そっかぁ、俺の家も過保護だったのか」

「それに、我が家は夜食を作ってくれたり、偶に朝食も作ってくれる。過保護ではないと証明できるな」

「そ、そうとも言えるのか?」

「そうとしか言えない」



魁人を見て、これは過保護ではなく親ばかなんだろうなと佐々木は感じる。カップラーメンを食べ終えて彼は思い出したかのように魁人に問う。



「夏にある社員旅行どうする?」

「俺は行かない。千春達は小学生だ。そんな四人は放っておけないし」

「そう言うと思った……でも、良いんじゃないか? 偶には一日二日くらい留守番させても。俺一人だと話せる人居ないしさ」

「お前の事情は知らんが……やっぱり家は空けたくないなぁ。心配なんだ」

「全然大丈夫だと思うが」

「その油断が怖い……よし、できた」



魁人は糸を切って裁縫道具やら何やらをしまう。そんな彼の姿を見てやはり、親ばかに完全に染まってしまったと佐々木は感じた。最近は運動会の為に高性能カメラを買ったとか言い出す始末。



「俺は親が家に数日いない時が小学生の時あったけどな」

「……俺も頻繁にあったよ。高校生とか中学生とかの時もあったけどさ。意外と寂しい物さ」

「いや、四つ子だろ。一人じゃないだろ」

「そうかもな……寂しいのは俺の方かもしれないな」



 そう言って全部をしまい終わって携帯をいじりながら魁人は昼ご飯を食べ始めた。今日は千夏特製、おかかおにぎりである。



 シンプルだが一生懸命千夏が、朝全く起きれない千夏が無理に起きて眠気でウトウトしながら作ったので魁人はありがたく噛みしめながらそれを食す。


「あ……」

「どうした?」



 魁人の顔が点のようになって、酷く間抜け面だったので佐々木が反応する。


「……祖母と祖父がこっち来るって」

「いいジャン別に。あ、そうだ! 預かって貰えよ! 社員旅行の際中!」

「いや……言ってないんだ」

「なにを?」

「千春達を引き取った事」

「……どう説明するの? 来ちゃうんだろ?」

「……誤魔化すか……いやでも、千春達は隠すような子達じゃないんだ。どこへだしても恥ずかしくないんだ!」

「いや、知らん。正直に言ったら?」

「……怒るだろうな。特に祖父の方が……」

「え? 怖いの?」

「怖いって言うより……この年で叱られたら恥ずかしいというのが二割、怖いのが八割」

「怖いんだな。どうする? 断るか?」

「いや、もう、来るって言うから……」

「彼女出来たって言えば? 同棲してるとか」

「その嘘はバレるな……多分……祖母がその辺鋭いから」

「どうするん?」

「取り合えず、断って見るか……いま、彼女が居て……」

「どうなるか。見ものだな」



 魁人の困った表情を見て、社員旅行に魁人が付いて来てくれたらボッチじゃなくて良いなと彼は感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る