第8話 三女とお兄さん

「姉上、背中は任せろ」

「うん、分かった」

「クククク、野菜人は全員皆殺しだ」

「皆殺しなんて怖い事言ったらだめだよ?」

「はーい、じゃあ、お命頂戴しますって言う!」

「うーん……まぁ、それなら……」



野菜人って誰なんだろう? うちが知らない様な事を知っていて凄いなぁと感心をしながら下の階に降りる。リビングに入ると先ほどまで起きていたお兄さんがソファに座りながら夕食を食べていた。うち達を同じハンバーグと白米など。



「食べ終わったの?」

「はい、ごちそうさまでした」

「そっか……ん?」



お兄さんがうちの後ろに隠れている千秋に気づく。千秋は先ほどまでの勢いは何処へやら、部屋に入った途端にいつものように背中に隠れてしまった。うちの肩に手を置いてひょっこり顔の一部だけ出してお兄さんを見る。その状態で緊張で手を震わせながら口を開く。


「あ、あの……ご、ごちそうさん……だ、だ、です……」

「美味しかった?」

「う、うむ」

「そうか、それは良かった」


千秋はコソコソしながらもお兄さんとしっかり話す。そして、千秋はリビングに置いてある机にグミが置いてあることに気づく。まだ封の開いていないグレープ味。


「これ、食べたいのか?」

「う、うん」

「姉妹で食べるだぞ」

「あ、ありがとう」



腕をわなわなと恐れるように出してグミを受け取る。すると早速開封音とグミの咀嚼音、幸せそうな美味しさを抑えられないような何とも言えない声が聞こえてくる。


「ありがとうございます。お兄さん」

「気にしなくていいぞ」


お兄さんと言葉を交わすと再び背中越しに千秋が口を開く。先ほどより出してる体の面積が大きい。


「あの……その……あるじのことは何と呼べばいい? これから一緒に暮らしてくれるなら、何か決めた方が良いと思って……」

「うーん、何でもいいけど……」

「じゃあ、ブラック……?」

「……カイトで頼む」

「分かった。カイト」



お兄さんはブラックと呼ばれると苦笑いをした。こんなことを思っていいのか分からないけどやっぱり変わってる。


「我、は千秋でいいぞ? それかサウザントハーベストか……」

「あー、じゃあ千秋で……」

「……そうか」



千秋はちょっと残念そうな顔をした。サウザントハーベストの方が良いのだろうか? 千秋の方がうちは可愛いと思うけど。千秋はそうだ、重要な事を言い忘れていたと再び口を開く。



「あ、あと、さっきの自己紹介で言えなかったけど我は天使と悪魔のハーフ、だから、そこのとこよろしく」

「そうか、奇遇だな。俺も氷の一族北海道民炎の一族沖縄県民のハーフなんだ」

「えっ! そうなの!」


千秋はお兄さんがハーフだと知ると背中から勢いよく飛び出した。炎と氷の一族とは千秋に合わせて言ったんだろうけど……なーんか、千秋の扱い方を心得てる様な気がする。


「ああ、だからハーフのよしみで遠慮せずこの家を使っていいぞ」

「おおおおーーー、! お前、超良い奴!」



千秋の会話についてくるのは殆どいなかった。姉妹でも偶にどう返していいのか分からない時があった。だから、息をするかのように自身と同じテンションで返してくれたのが嬉しいのだろう。


「お、おう……急に、凄いな……」



お兄さんもここまで千秋が活発化するとは思ってなかったようで僅かにたじろいている。


「ふふ、そうか。お前があの夢に出てきたアイツか……」

「え?」

「えっ……?」

「あー……コホン、可笑しいなあの時の記憶は消したはずなんだが……」



千秋が急に返事が難しそうな事を言うとお兄さんは一瞬、複雑な顔になる。だが、返事がもらえない千秋の悲しそうな顔を見ると右手で右目を抑えて声を低くしてそれっぽい回答をする。お兄さんノリが良いな……



「ふぁぁぁぁぁ!! ねーねー、コイツ凄い!」

「良かったね……」

「うん、ここに来てよかった!」

「そ、そう……」



何だろう、妹を取られたような、手を離れていくようなこの喪失感は。良いことのはずなのに、良いことのはずなのに……悲しいなぁ……


千秋も右手で紅の右目を抑える。


「ふっ、記憶は消せない。人間は一度会ったことは忘れない。ただ、思い出せないだけだ」



それを忘れたと言うんじゃ……




「なん、だと……」

「ムフフ、コイツすげぇとしか言いようがねぇ……」




ううぅ、寂しい……。お姉ちゃんだってそれくらいできる! お兄さん、そこ代われ……でも、千秋の楽しそうな顔を見るのは幸せな気分。うちが変わってもお兄さん以上のセリフが言えるとは思えない。天国と地獄とはまさにこのことだ。



「カイトすげぇ」




眼が、眼がキラキラしてる。星々の天の川を詰め合わせたような、太陽に照らされたハワイの海のような、彼女の眼には本当に輝きがあった。


千秋はきっと期待をしているのだろう。ご飯もお風呂も綺麗な部屋もある。優しくて、自身の好みにもあっている。この家に来て僅か数時間だけど、それでもこれからが今までない素晴らしいものになると感じたのだろう。



苦笑いをしながら千秋に付き合うお兄さん。


「我が眷属よ……なぜ、頬を膨らませているんだ?」

「べっつに……」



千秋が首をかしげる。そのままうちの頬をぷにぷに触る。


「おお、フグのようだな」

「うちは魚介じゃない」

「分かっているぞ?」

「むっすー」



お兄さんは微笑ましそうな顔で見て何も言わなかった。そのままうちはフグのママ、リビングを出て部屋に戻った。



ちょっと、面白くないけど。でも、千秋が心を許せる人が増えたのは嬉しかった。





◆◆




 食器を返してくれた二人が2階に戻って行った。てっきり長女だけか、来るとしても千冬かと思っていたが、三女で厨二の千秋が来たので僅かに驚いた。


 何となく話せるくらいにはなりたいから言葉を交わしてみた。それで少しでも仲良くなればよかったと思ったからだ。


 ずっと堅苦しいのは疲れてしまう。同じ家にいるのだから、家ですれ違った時、鉢合わせた時、洗面台で歯磨きをするとき一緒になったりするたびにに気まずいのは精神が擦り減っていく。


 だから、それらを未然に防ぐために何となく気がれなく話しができるように、彼女が好きな厨二的な話し方をしたのだが思ったより効果があって少々驚いた。少々で済んでいないような気もするが……


 あの、仲間を見つけた見たいなキラキラした目で見られたらいやでも厨二を演じなければならないと言う使命感が湧いてしまう。



 ……これから常にあの感じで行かないといけないのであろうか……?



 キッツいなぁ……まぁ、なるようになるか。あんなに喜んでくれたわけだし……しかし、心を開いてくれるのは嬉しいけどあんなに急に懐くとは……



 うん、まぁ、ゲームでも好感度が上がりやすいキャラではあったけれども。


 ゲームでは好感度を上げる方法は3つあった。まず一つはイベントが起こりそれを乗り越えたり、経験したり、協力したりすることで上げる方法。2つ目は単純にプレゼントを上げる事。3つめは触れ合いモードと言う方法。



 イベントやヒロインによって好感度上がり方に差異があったりはするが、千秋はかなりスムーズに好感度が上がりやすい。『響け恋心』で俺が一番最初に攻略したのが千秋だったのを覚えている。


 このまま行ったら……ままままま、まさか俺が千秋の攻略を……!?


 なーんて、あるわけない。そう言った要素で好感度が上がるのは主人公だから上がるのであって、俺がいくらプレゼントをしても幾分か上がる程度で恋愛対象になるには程遠いだろう。


 


 と言うかあり得ないだろう。そもそもこの世界は百合ゲーなんだし、最終的には主人公がフィニッシュを決めるだろう。俺としてはそのフィニッシュをハーレムルートでお願いしたいが……それは今考えても仕方ないか。


 何にせよ、千秋が過ごしやすくなったのは良い傾向だ。このまま姉妹全員がそうなってくれるのを願うばかりだ。



◆◆



 ふかふかのお日様の香りがする布団。クーラーが使えて部屋の中が涼しい。部屋の電気はオレンジの光の常夜灯。


 今までの夏は蚊が居て暑苦しいから寝苦しくて、うちが部屋の一部を凍らせたっけ……。千秋が寝相が悪くてお腹を出してしまうからそれをしまってあげて千夏が夜は怖いからと甘えてきて、千冬は気を遣って甘えたいのに甘えなくて。


 お腹が空いて皆眠れない日もあった。


 でも、今は違う。千夏はお腹いっぱい食べて気持ちよく寝ている。千秋も枕を抱き枕にして寝ている。


 あの時とは違う。親から虐待され、超能力が目覚めて放逐されて、彷徨っていた時とは違う。今は最高の幸せに近い。


 

 境遇が違いすぎて僅かな違和感が湧いてなかなか眠れない。ぼーっとオレンジの常夜灯を見上げていると隣から声が聞こえてきた。


「春姉……起きてるっスか?」

「うん、起きてるよ」



千冬も眠れないようでうちに声をかけたようだ。彼女の方を向くと薄暗いが彼女も自信を見ているのが分かる。



「眠れないの?」

「そうっスね……」

「そう、うちも眠れないよ」

「いろいろ違いすぎるからっスか?」

「そうだね……体がびっくりしてるんだと思う」



千冬は確かにと同調しつつ会話を続ける。


「でも、秋姉はかなり馴染んでるような感じっスね」

「そうだね、千秋は素直だし人を見る眼があるから直ぐにここが理想の場所って気付いたんだろうね」

「……直ぐに信じれる秋姉は凄いっスね」

「うん……」



その後は千冬は何も話さなくなった。千冬は……きっと羨ましいんだね。自分にない、自分にしかない物を持っている千秋が。



でも、それを口には出せない。うちが普通を欲しいと彼女は知っているから、憧れていると知っているから。それを言えない。



うちも千冬には何も言えない。彼女が特別を求めているから、そこにどのように踏み入って良いのか分からないから。異端である自分が彼女にかける言葉は彼女からしたら同情のようにしか聞こえない耳障りな物だから。



難しいなと感じて、でもこれからどうするか、どのように向き合っていくか考えながらうちもきっと千冬も重くない瞼を無理やり閉じた。






ー―――――――――――――――――――


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