第9話 光源氏レベル1

 4人が家に居候して数日が経過した。未だに2階の一室が彼女達の行動範囲の主軸であるが千秋と千春はリビングで偶にテレビを見るようになった。まぁ、千春の場合は千秋の面倒を兼任しているが。


『団地ともや君面白かった!』

『日本語で遊ぼうぜは良く分かんなかった……諸行無常? でも、億兆の次が京ってのは歌で分かった!』



 ただ、はしゃいでいる子供のように千秋は話す。千秋はテレビを一緒に見ようと千春、千夏、千冬を誘うが千夏と千冬の二人は部屋の中で良いと言うらしい。二人は基本的には部屋の中で話したり勉強をしたりすることしかしない。



 俺として二人にももっと外に出て欲しい。理由は単純に外の世界を知ると言うのは良い事だから。知りたくても知れなくて怖くて動けなかった前とは違う。


 一種の経験として姉妹以外の人とかかわる事は大きな意味があると思う。外が怖いのは分かるけどもっと自由になってもいいはず。だけど出来ないのは俺に最低限の信頼さえないからだ。


 ずっと部屋にいるのは健康に悪いと思う。体を動かして心身ともにリラックスをしてほしいけど……無理に俺が誘ったりするのもダメだろうな。気遣いされて逆にストレスとかになってしまう可能性もあるし。



難しい。どう、接するべきか非常に難しい。千夏と千冬も色々抱えているものがあるがだからと言ってそれに踏み込むのも良くない。


頭の中で色々考えているとテレビを見ていた千秋が俺に話しかける。


「カイト! 今日の夜ご飯は!?」

「あー、まぁ、野菜炒めかな?」

「おー! やったぁ!」



この子、何を出しても喜ぶから作り甲斐がある。ご飯と食べた後にわざわざ下の階に降りてきてお礼を言って行くほどだ。この子を見ているとどんな便宜でも図ってあげたいと思ってしまう。


それほどまでにこの子は良い子なのだ。



ただ、やはり厨二的な行動には困らせられる。


『逆流性食道炎!!』

『それは……必殺技じゃいないんだが……』

『え? そうなの? じゃあ、……どんなのが良い?』

『え? そうだな……狂い咲き千本桜……とか?』

『おおおおお、何かカッケェ』


心臓が痛くなる。だが、そんなことは言えない。そして、何故か千春がライバル視をしてる様な気もする。


『むぅ、お姉ちゃんも考えられるよ?』

『どんな?』

『……逆流性食道炎』

『おお! それもいいな!』




俺もそんなに厨二的な物に詳しいわけではない。だから、そんなに厨二を振られても応えられるか分からない。そして、逆流性食道炎は必殺技じゃないだろう。


偶にだがテレビを見ているときに千秋を膝の上にのせて両手をシートベルトのようにお腹に回す。その様子を見ていると千春が『この子は渡さない』的な視線を向けてくることがある。


既に今日、二回あった。


獲るつもりもないんだが……ゲームをやっているときでも中々のシスコンっぷりだったがそれを間近で見ることはいつかあると思っていたが……実際に見るとやはり、ゲームの世界に居るんだなと感じる。



「からくり侍面白れぇ」



銀髪でオッドアイ、厨二と言う属性を詰めるに詰め込んだ女の子千秋。彼女は現在10歳だ。一般的に見たら年齢以上に幼く見えるのかもしれないが彼女は今まで子供の時を過ごせなかった。だから、これから思う存分過ごしてほしいものだ。



もう時間は5時半を回った。夕ご飯を作り始めようと台所に向かい、冷蔵庫から野菜を出し、肉を出し、テキパキと一口大に切り炒めているうちに時間は過ぎていく。料理に集中して気付かなかったが千春が側にいた。


「お兄さん、何か手伝います」

「いや、大丈夫だ。千秋と一緒にテレビ見ててくれ」

「いや、でも」

「じゃあ、味見してくれ」



俺は野菜炒めを小皿に入れて小さいフォークと一緒に渡す。彼女はそれを受け取る。だが、これがお手伝いになるのかと言う疑問があるようで食べるのを一瞬渋る。


「遠慮せず手伝ってくれ」

「ああ、はい……美味しいです」

「味薄くないか?」

「丁度いいです」



彼女がそう言うとひときわ大きな声がリビングから聞こえてくる。


「ああ~! ずるい! 我も味見したい!」


こちらに指を差しズルいズルいと言いながらこちらに走ってくる。顔はむすっとしている。


「カイト! 我も味見したい!」

「分かったよ、千春その容器貸してくれ」

「はい」



俺は容器を返してもらいそこに野菜を再び乗せて千秋に渡す。彼女はフォークで野菜を指して口の中に入れる。何回か咀嚼してごくりと喉を通すとニッコリ笑顔になる。


「美味い……旨すぎて馬になりそう」

「味薄くないか?」

「んー、ちょっと薄いかも」

「塩コショウ入れるか……」



味を足して再び容器に野菜を乗せる。


「肉味見したい」


千秋はフライパンの中をのぞいて野菜以外にも肉が入っていることを確認している。だから、今度は野菜ではなく肉を食べたいと言う事だろう。野菜と一緒に炒めた薄いバラ肉もガラス容器の上に乗せる。



「ほい」

「うむ……美味しい……おいしすぎて……えっと……なんだろう……とにかくおいしい!!!」

「そうか、じゃあ、これでいいかな」



味を整えて料理をおえる。


「もう、夕ご飯か!?」

「ちょっと早いけど食べてもいいかもな」



俺はそう言っていつものようにトレイにご飯やら汁もの、野菜炒めと箸をおいて千春に渡す。


「ありがとうございます。お兄さん」

「ありがとうな! カイト!」



ピンク髪に碧眼の千春。銀髪にオッドアイの千秋。髪の色と眼の雰囲気も僅かに違うが顔の造形が似ている。性格も違うけど二人が並ぶと姉妹だなと感じた。




千春がトレイを持って千秋が彼女の背中を守るように出て行った。一体全体千秋は何を吹き込まれたのか……まぁ、大体予想はつく。



俺も野菜炒めを食べるかとダイニングテーブルにご飯を置いて適当にテレビのチャンネルを回す。すると、子どもの育成術と言う番組がやっていた。どうやら、若いアナウンサーが成金おばさんのような人にインタビューしている場面が写ったので気になって見る。


『どうやって、東大に合格を?』

『それはもう、幼いころからの勉強を』



勉強か……千春が一番頭がよくて、千冬は二番目なのは知っているが千夏と千秋は全くと言っていいほどできないんだよな。ゲームが始まるのは高校生からだが、主人公と一緒に勉強するイベントが起こるのだが鬼が付くことわざを答えなさいと言う問出て千秋は『鬼の眼を移植』とか答えるくらいだ。



これは勉強に力を入れるべきだろうか。ゲームが始まるときまでにこういった欠点を潰すことをしていいのか迷うところだがエンディングの後がゲームではないがこの世界ではあるはずだ。


今俺は彼女達の親の様な立ち位置、そこら辺も考えないと。取りあえず俺は子育てなんてやったことないからテレビを見て勉強しよう。


『我が家では一度も勉強しろなんて言ったことありませんの』

『ええ!? そうなんですか!?』

『勉強とは自分からやること。親がやれと言うなんて言語道断』



俺、前世からだが自分から勉強したことないんだが……そういう風に育てないといけないのだろうか?



無理じゃね?



勉強してない奴が勉強しろって言えるだろうか? 否、無理であろう。どうしたものだろうかと頭を悩ませているとリビングのドアが開く。



「カイト、ご馳走様! 美味しかった!」

「お兄さん、ごちそうさまでした」



千春がトレイを持って、千秋はニコニコ笑顔で部屋に戻ってくる。



「カイト! 明日はハンバーグが良いぞ!」

「考えておくよ」



何というか、推しがこんなに懐いてくれて尚且つ、ご飯を美味しいと言って食べてくれるとは何だか素直に嬉しい。



三人で少し話した後、千春と千冬は出て行った。


◆◆



『いっ、いだいよぉ』



肩を抑えてうずまる。ジンジンと痛みが広がり、瞳から涙が零れ落ちる。千春が我の頭を撫でる。千秋と千夏は部屋の端で震えて泣いている。


千春だけが立ち上がって……母と向かい合う



『もう、止めて上げて。皆限界だからっ』



 千春がいつも守ってくれた。ずっと、守ってくれて、慰めてくれた。それでも、怖かったのは変わりない。


 千春も千夏も、千冬も怖い。いつも泣いていた。千春は隠れていたけど泣いているの知っていた。超能力が目覚めて誰からも遠ざけられて。それで、自分たちが世界に受けいれられない事が悲しかった。


 暗い中に居た。我も、千春も千夏も千冬も。寒い、お腹が空いた、怖い、寂しい。狭くて、小汚い部屋、四人で一緒の時は楽しいけど何処かにいつも負の感情があった。


 お腹いっぱいにご飯を食べたい、お日様のにおいのする布団で寝たい、安全で清潔な家に住みたい。暖かい目で自分たちを見て欲しい。


 ずっと、願っていた。


……皆で幸せでになりたい。




「……んんっ」




我は目覚めた。上にはオレンジの光、下は布団。近くには長女の千春、一応姉の千夏、妹の千冬が気持ちよさそうに寝ている。変な夢を見て自分だけ起きてしまった。



もう一度、寝ようと思ったがいつもすぐに眠れるのに不思議と眠れない。



そして、徐々に不安が湧いてくる。今は幸せだけどそれがいつまで続くなんてわからない。また、辛い日々が来るのでないかと。



幸せからの絶望は一番つらい。一度知ってしまった幸せの味は忘れられない。



また、皆が泣く姿は見たくない。




心がざわついて眠るなんて気に全くならなくなってしまった。それでも寝ないといけない。明日から新しい学校に通わないといけないからだ。



寝ないといけないのに……不安がドンドン大きくなっていく。雪が降り積もるように心に負担が積もっていく。




ダメだ、眠れないと思った時にふと下の階から音が聞こえてきた。まだ、カイトは起きているのだろうか。



カイト……優しくて、ご飯を食べさせてくれる。この家に住まらせてくれて、ご飯を食べさせてくれる。


今まで会って来た大人の中で一番やさしくて安心する人。カイトも本当の我らを知ったら拒絶するのだろうか。父や母のように親族のようになってしまうのだろうか。



そう考えると益々怖くなり居ても立っても居られない。部屋を出て、下に降りていく。リビングはまだ電気付いており中に入る。



「あれ? 眠れないのか?」

「……うん」



カイトはどうしたと言う心配の眼を向ける。膝を地面に下ろして目線を合わせる。優しい眼だ、これが変わってしまうと思うと、元の生活に戻ってしまうと思うと怖くて、怖くて、皆がまた泣いてしまうと思うと、悲しくて悲しくて涙が溢れてくる。




「大丈夫か? 何かあったのか言ってみてくれ、最後まで聞くから」

「うっ、うん」




 寄り添ってくれる。自分たちを同じ目線に立ってくれる。そんな人と巡り会えたこは自分達四姉妹にとって数少ない幸運なのだろう。だからこそこの人から見放されて、過去に戻ることがこんなにも怖い。



「あ、あの、カイトには感謝してるッ……ご飯も布団も部屋も、全部。面倒を見てくれて、感謝してるッ」

「……うん」

「それでね、ずっと泣いてた千春も千夏も千冬も今じゃ泣かないの。安心して皆眠れるのッ。凄く毎日が楽しくて嬉しくて幸せだから。カイト……」



 自分でも何が何だか分からず、言葉が上手く出てこない。頭の中に伝えたいことがあるのに繋がらずちぐはぐになってしまう。でも、それでもただ、伝えたくて口を開いて紡いだ。


「――我らを捨てないでくださいッ」


 

 自分がどんな顔をしているか分からない。きっと大きく歪んでいるのかもしれない。涙があふれて、嗚咽もして、鼻をすすってしまう自分は良くは映っていないと言うのは分かる。



 カイトは近くにあるティッシュ箱から数枚紙を取って我の涙を拭いた。怖くて目線が合わせられなかったがふと目を上げるとカイトはぎこちない笑みで真っすぐ我を見ている。



「捨てないさ。絶対に。引き取りたいと言ったのは俺だから、俺からは投げ出したりはしない。約束する」

「本当に?」

「嘘ついたら、針を千本飲んでやるさ」

「絶対?」

「絶対だ」



 ジッと見つめ合う数秒間。カイトが嘘を言っていないのが分かった。完全にじゃない、でも、少しだけ安心と嬉しさがこみ上げある。


「鼻水出てるからチーンしようか」



カイトがティッシュを取って我の鼻にあてる。そこにチーンをして後は涙を再び涙を拭いてもらった。



「夜泣くと明日の朝、顔が腫れるんだよな……」



カイトがごみ箱にティッシュを捨てながらそう口からこぼす。その後、再び目線を近づけた


「千秋。俺は何があっても捨てないし、何が分かってもそれがどんな事実であれ、捨てはしない。千秋たちが笑ってハッピーエンドを迎えるまで」

「……ハッピーエンドになったら捨てちゃうの?」

「いや、そういう事ではないんだが、何というか親の手を離れると言うイメージ……難しいかもしれないが……」

「イヤだ! 我はカイトと一緒にいるぞ!」

「……娘が好きなるパパの気持ちが分かった気がする……えっと、まぁ、千秋が心配しているような事にはならないから安心していいぞ?」



そう言って再び出る涙をティッシュで拭く。


「だから、もう泣くな。明日から学校なのに顔が腫れちゃうぞ?」

「うん……でも、カイトが変な事言うから」

「それは悪かった……えっと、さっき言った通り捨てないし投げ出さないから安心して寝てくれ。分かったか?」

「うん……」




再び、涙を拭き、チーンをしてそれをごみ箱に捨てるカイト。カイトはこちらを見ずに恥ずかしいことを言うようにそっぽを向いたまま話した。



「千秋たちは辛い経験があったと思う」

「……うん……今でも忘れられない、忘れたいのに」

「そういうつらい経験は忘れることは難しいと思う」

「そうなのか……」

「だから、ここで姉妹たちと楽しく過ごして一つでも多く幸せな経験をしてくれ。そうして、思い出を増やして、辛い思いで以上の思い出の数にして。最後に詰まらない事があったなとか、面白いあんなことがあったなと笑えるくらいにさ……なればいいと思わないか?」

「ッ。そう思う!」

「だよな……」

「我、そうできるように頑張る!」

「……俺も協力するよ」

「本当か!」

「ああ。だから、今日は寝るんだぞ? 明日学校だからな」

「うん、了解した!」



我はリビングのドアを開けて外に出る。


「我、カイトの事が大好きになったぞ! おやすみ!」

「お、おう……これが、娘を過保護にしてしまいそうになる父親の気持ちか……」




手を振って二階に上がって行く。気持ちが軽くて顔がニヤニヤしてしまう、心が躍って、どうしようもない。


結局、そのせいで夜は中々眠りにつけなかった





◆◆




 何か良いこと言って安心させたくて……それっぽいことを言ったんだが、何か恥ずかしさが湧いてくる。



 ああいうの苦手なんだよな。



 泣いている千秋を見てどうしても安心させてあげたい欲のような物が出てしまった。頭を撫でることで安心させようと思ったが流石にそれは何か出来なかった。よく、アニメとか漫画でNaturalに出来る奴がいるが……どういう心境でやっているんだ?


 まぁ、そこはどうでもいい。



 問題は千秋が可愛すぎると言うことだ。俺は、断じて、全く、これっぽちも、微塵もロリコンではない。


 可愛いと言うのは娘として見てと言う事である。よく、アニメとかで過保護な父が娘に嫌われると言うのがあるが、どうして過保護になっていしまうのか良く分かった気がする。


 引き取ったからには責任もある。だからこそ、俺は四姉妹の理想の父ポジを目指そう。


 そうすれば、最終的にゲームが始まった時に腕を組んで、後ろでニヤニヤしながら見守ることも出来る。


 よし……


 ――理想の父に、俺はなる



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