第7話 三女千秋

 夜ご飯はお兄さんが手作りのハンバーグを作ってくれた。お兄さんはうち達の部屋に運んでくれてのでそれを食べた。まだ、リビングでお兄さんと一緒に食べるのは抵抗がある……それをお兄さんも分かってくれているのだろう。


 テーブルに料理を置くと三人は一目散にご飯を口に運ぶ。特に千秋の料理が乗っているお皿が掃除機のように減って行く。横でそれを見ながら千夏が小声でフードファイターか、と突っ込んで、千冬は確かにそう見えると千夏に同調しクスクスと笑っている。その光景が微笑ましい。


 食べ終えると千冬が千秋が口に周りにソースをつけまくっていたのでそれを拭いてあげる。本当はうちが拭きたかったのだが……ちょっと残念な気持ちになる。


「妹に拭いてもらう姉ってどうなのよ?」

「五月蠅い」

「これくらい、普通っスよ」

「そうかしら? まぁ、千秋は幼過ぎるから仕方ないよね」

「な、何だと!!」

「あら? 本当の事を言っただけよ?」

「千夏、口にハンバーグのソースがついてるから拭いてあげる」

「あ、ありがとう、千春……」



千夏の口にもソースが付いていたのでそれをうちがティッシュで拭きとった上げる。千秋のを拭きとれなかったから代わりと言うわけではないがふき取る。姉妹のお世話をするのが自分の中でトップレベルで楽しい。



「ブーメランで草」

「う、うっさい!」



千夏の口を綺麗にしてティッシュをごみ箱に捨てる。ふと、千冬を見ると千冬のくちにも僅かにソースが付いているのが分かった。


「千冬、拭いてあげる」

「え? 自分で……」

「いいからじっとして」

「んッ……どうもっス……」



子ども扱いが嫌いな千冬は気まずそうな顔をするがそれもまた可愛い。さて、姉妹全員が食べ終わったのであるからトレイに使った容器を置いて下の階に持っていかないといけない。



うちがトレイを持っていこうとすると


「我が持っていこう」



三女、千秋が立ち上がりトレイを掴んだ。彼女の顔は何故かドヤ顔であり両目のオッドアイも輝いている。トレイを持っていくと言う事はお兄さんと自ら接する機会を作ると言う事だ。


どうやら彼女は餌付け……ではなくお兄さんを信頼した。姉妹にしか話そうとしなかったあの千秋が自分から進んで何かをしようとするなんて、お姉ちゃん涙が出てきちゃうよ……



「……千秋、アンタ、ビビりの癖に行けるの?」

「行けるとも」

「ふーん……」


千夏は不機嫌そうにそっぽを向いた。千夏はお兄さんを信用できないのに、千秋は信用をし始めているのが心のどこかに引っかかりがあるだよね?


千夏は十歳だけど分かっている。姉妹は一番の理解者だけど姉妹の中でも共感できない事は必ずある。


それは分かっているけど、いざ目の前にすると心がざわついてしまう。何でも一緒が良いと思ってしまう。自分達には自分達しかいない、自分たちだけが真の理解者であるから。


異端な自分たちを受け入れるの人は居ないから、存在しないから。それが少しでも遠ざかると思うと寂しくてどうにかなってしまうから。


千夏はそっぽを向いているがその背中からは僅かな、いや多大な寂しさを感じる。千冬もそれを感じて何か声をかけた方がいいのではないかと悩ましく考えている。


うちも姉としてこういう時は何かを言わないと……


「なーに、このハンバーグと作ったシェフに挨拶をするだけだ。すぐに戻ってくるから安心しろ」



そう言って千秋が安心させるように笑った。千秋は偶に変わった事を言ったり、こちらが予想もしない様な事を言う凄い子、唯一無二の子。そして、何より凄いのは場の空気を簡単に変えられる事。



昔らか暗い中に居たうち達にとって光であり続けたのが千秋だった。寂しくても痛くても悲しくてもこの子はそれらを吹き飛ばすことができる。吹き飛ばし続けてきてくれた。



それを聞いて先ほどまで悲しそうな千夏がクスリと笑みを溢す。



「ふふ、そう……じゃあ、せいぜいお皿落として割らない様に気を付けることね」

「ふっ、あたぼうよ」

「……それ、意味わかって使ってる?」

「知らない。カッコいいから使った。逆に千夏は知ってるのか?」

「知らないけど?」

「あたぼうよって確か当然とか、当たり前だ、とかの意味っス」

「おお、流石千冬やるな。まぁ、知ってたけどね。敢えて、知らないふりをしただけだから」

「勿論、私も知ってたわ。三女と四女を試したのよ」

「へぇー、そう何スか……」



魔法使いと言っても過言じゃない。流石千秋。うちや千夏、千冬が場の空気を換えたいときはどうしても齟齬が合わないような、違和感を残してしまう。それを一切残さない正に匠の技。お姉ちゃんは今感動している。



「では、行ってくる」

「うちも付いてくよ。何かあったらあれだし」

「気にするな、一人で行ってくる」

「でも、お皿溢したら危ないよ?」

「あたぼうだから大丈夫」


千秋がドヤ顔でそう告げた。だが、トレイを持つ手が少し震えて心配だ。


「何か、使い方違くないっスか?」

「気にするな」


そう言いながら彼女は両手でトレイを持って部屋を出る。だが、そこでやはり震えている手が気になってしまった。千秋がお兄さんと接して何かしらの良い経験を積むことは良いことだと思う。千秋が自分から姉妹だけの内でなく外の何かと交流をドンドンしていくのは良い事だと思う。でも、もし、階段で落としてガラスが散らばりその上に千秋が落ちたらと考えると体が勝手に動いてしまう。


「やっぱり、お姉ちゃんが持っていくよ」

「え? いや、だからべらぼうだから……」

「うんうん、危ない」

「いや、だから、べらぼうだって……」

「危ないよ」

「だから、べら」

「危ないから寄越して」

「……はい」


心臓を蜂に刺されたかのようにちくりと痛みがするがこれはしょうがないのだ。万が一怪我でもされたら大変。怪我の可能性があるならうちは未然に防がないといけない。


「春姉って偶に凄い過保護っスよね?」

「私もそう思ってたのよ……」

「まぁ、でも千冬たちを思ってのことっスから」

「そうなんだけどね……」



後ろでひそひそと声が聞こえてくる。うちは全然過保護じゃないと思うけど、そう見えるのだろうか? まぁ、姉妹でも多少の感性は違うものだ。気にしなくてもいいだろう。


「……べらぼうなのに」

「ごめんね。でも、怪我したら危ないから」

「むすぅ」

「膨れないで?」

「だって……」

「じゃあ、一緒に行こう? 役割分担してさ……うちがこのトレイを持つから、このフォーク四本持って貰っていい?」

「ねーねーはいつもそうやって全部一人でやる……」



……どうしよう。いじけてしまった。流石にまずかったか……でも、怪我したら危ないのだ、そこは分かって欲しい。でも、こんな状況でも偶にしか言ってくれないねーねーが嬉しくて喜んでしまう自分が居る。


ねーねーかぁ。昔は凄い頻度でそう呼んでくれたのに……最近では眷属とか姉上とか、呼び捨て……はぁ、昔みたいにねーねー、ねーねーと呼んでくれないかなぁ?


ねーねー、たった四文字でこれ以上の無い満足感。低GI食品より満足する。うちは何を考えているのだろう……いけない。千秋をいじけさせてしまったのに……どうすれば……はっ!



「……お姉ちゃんの背中を守る係やって貰っていい?」

「それ、どんなの?」

「もしかしたら、急に堕天使とか悪の科学者とかがお姉ちゃんを後ろから襲ってくるかもしれないからそれを守って欲しいの」

「……おお、それやる!」

「うん、お願いね?」


さり気なくフォークを貰い、トレイに乗せ部屋を後にする。後ろから千秋が付いてくる。



「偶に秋姉が……心配になるっス」

「……そうね。私もそう思う」



コソコソと千夏と千冬が話しているがよく聞こえなかった。




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